先生、おねがい。

あん

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183-高谷広side

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 「お帰り……って戸塚君?」


 鍵を持って出たはずの心がインターホンを鳴らしたから、不思議に思ってドアを開けると、心の後ろに怪我をした戸塚君が立っていた。切れた口端を見て驚いていると、腰にヒシッと巻きつく細い腕。


 (戸塚君がいるのに……)


 人前で甘えてくるなんて心らしくない。困惑した表情を戸塚君に向けると、戸塚君は何か話しがあるようなそぶりを見せた。


 「……」


 俺はとりあえず目で返事をして、心を落ち着かせるように優しく頭を撫でた。


 「心、おかえり」

 「ただ、いま……です」

 「うん。一日中動いてて、汗かいたろ?風邪引いたら困るから、シャワー浴びておいで。湯船入りたいなら、準備するけど……」


 すると、心は俺に抱きついたまま、ふるふると首を振る。そして腕の力をギュウッと強めた。


 (これは……けっこう)


 酷いくらい情緒不安定になってしまってる。何が原因かは分からないが、確実に何かがあったのだろう。


 「戸塚君、上がってて。心を風呂に入れてくる。適当に座ってて良いから」

 「ああ」

 「ごめんな。心……おいで」


 自分では動きそうにない心を抱き上げる。心は俺の首に抱きついて、甘えるようにギュウッと力を込める。俺は頭を撫でながら、風呂場へ向かった。

 洗面所で心を下ろし、しゃがんで顔を覗き込む。今にも泣き出しそうな、悲しい顔。


 「自分で洗える?」

 「あら、う……あらうけど……」

 「……うん」

 「もっかい、ぎゅって、して……」

 「……うん」


 望み通りに抱き締める。心も力を込めて、それはまるで離すまいとしているようだった。


 (一緒にいてやりたいけどなぁ……)


 戸塚君は心の前では話したくない様子だったし、心がこんなでは何があったか自分から話してくれる気もしない。それに、心の背中には変な汗が滲んでいて、本当に風邪を引くのではないかと心配だった。


 「心……ちゃんと、待ってるから。頑張れる?」

 「……」

 「良い子だから……な?」

 「……ん」


 寂しそうな顔をしているものの、心は手の力を弱めた。そのまま触れるだけのキスを落として、心を風呂場に送り込む。シャワーの音がしたのを確認して、俺は戸塚君が待つリビングに向かった。


 
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