先生、おねがい。

あん

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 鍵を開けて家に入り、トタトタとリビングに向かう。数秒歩けば良い距離を小走りするほどに、俺は早く先生に会いたかった。


 「心?どうした?そんなに急いで……」


 ガチャっとドアを開けると、ソファに座っていた先生が不思議そうに立ち上がる。カバンを床に置いた俺は、先生の胸に子どものようにすがりついた。


 「海っ。先生も行けるって聞いてっ」

 「ああ、うん。その日は講習もないし、有給が取れそうで……」

 「〰︎〰︎っ!」


 (嬉しいっ、嬉しいっ!)


 改めて先生の口から直接聞くと、ぎゅうぅう、と喜びの感情が込み上げてきて、俺は先生の服を握りながら小さく足踏みをした。


 (どうしよ……によによが止まらないっ)


 「えへへ……楽しみ」


 だらしなくほっぺを緩めて喜ぶ俺に、先生が「んんー」と苦しげな声を出した。顔を見ると、どこか困惑している様子だ。


 「先生……?」


 何か失礼なことをしてしまったのかと心配になるけど、俺はただ先生と夏休みにお出掛けできることを喜んでいただけだ。

 そう。ひたすらに喜んだだけ。それだけ。


 「……ぁ」


 (もしかして俺……子どもみたいにはしゃいでた……?)


 そんな懸念はすぐに確信に変わり、俺はボボっと一気に顔を赤らめた。


 (はっ、恥ずかしいっ)


 「あっ、あー、俺、夕食の準備しますねっ……」


 いたたまれなくなった俺は、棒読みの言葉とともにクルッと先生に背を向けて、台所へ逃げようとした。しかし、後ろから先生にギュッと抱きしめられ、俺の現実逃避は呆気なく終わってしまう。


 「せ、せんせっ、ご飯っ……」

 「帰ってくるなりあんな可愛いことされて、そう簡単に行かせるわけないだろ」

 「かわっ!?」


 (良かった、呆れられてなかった……じゃなくて!)


 二度同じ失態を犯したくなかった俺は、危うく緩みそうになった頬を慌てて引き締めた。


 「で、でもっ……」

 「それに、夕食ならもう出来てる」


 耳にチュッとキスをされてビクッと震えながら、なんとか視線だけをテーブルに向けると、そこには美味しそうな料理を乗せたお皿が並んでいた。


 (そ、そうだった……今日は先生が)


 「じゃ、じゃあ……」


 食べましょう、と言おうとしたのだけど──


 「ひゃあっ」

 「でも、ちょっと食べるの遅くなるな」


 俺の言葉を遮るように耳を甘噛みした先生が、そのまま耳元で色っぽく囁き、俺はクルリと身体を回されてしまった。


 (は、反則っ……)


 残念ながら、先生の少しばかり意地悪な行為を咎める人は、ここにはいない。

  
 「心……目、閉じて」


 先生の顔が近づいてくる。その端整な顔立ちに思わず後ずさると、ソファに足が引っかかって、俺はごく自然にストンと腰を下ろしてしまった。先生はそんな俺の上に覆いかぶさってきて、軋んだソファとともに俺の心臓がギュンと悲鳴をあげる。


 「ま、まま待ってくださいっ……心の準備がっ」

 「んー……ごめん。無理」

 
 (無理っ!?)


 先生の胸を押し返そうとした手は、絡め取られソファに押し付けられた。


 (こっ、恋人繋ぎっ……)


 指と指が密着し合い、前には先生が覆いかぶさっている。手も背中も腰も、全部ソファに阻まれて、俺の逃げ場はもうなかった。
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