先生、おねがい。

あん

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 「ふふ。いい歳して泣くなんて恥ずかしいわね。お布団敷いてくるわ」
 
 「俺、自分でやりますっ」

 「いいのよ。すぐ終わるから、好きなだけ見ててちょうだい」


 そう言って、叔母さんは二階に上がってしまい、それとすれ違うように首にタオルをかけた先生が戻ってきた。

 眼鏡の奥の瞳が、俺と目があった瞬間、優しく細められる。それに胸がキュンと鳴り、やっぱり好きだなって当たり前のことを思った。


 「母さんは?」

 「お布団、敷いてくれてます」

 「そっか。風呂、心もどうぞ」

 「は、はいっ、ありがとうございます……あ、でも」

 「ん?」


 俺の視線につられて、先生の視線もテーブル上のアルバムに。


 「……あ。やっぱり見てた」

 
 (そういえば、先生は見せなくていいって言ってたんだった……)


 「ごめんなさい……」


 シュン、と謝れば、先生は苦笑しながら俺の横に腰を下ろした。


 「はは。怒ってないよ。これ恥ずかしかっただけだから」


 これ、と指差したのは学ラン──中学時代の写真。


 「反抗期って……」

 「そ。なんでか紛らわしかったんだよな」


 「馬鹿だよな」って自虐的に笑う先生に、俺はふるふると首を振る。

 確かに、叔母さんにとっては大変だったかもしれないけど、馬鹿だなんて思わない。反抗期って大事だってどこかで聞いたことがある。大人になるのに必要な時期って。


 (それに──)


 「俺、今日は先生のこといっぱい知れて、嬉しかったです」


 俺が知り得なかった昔の話とか。お母さんには少しつっけんどんになる、男の子っぽいところとか。中辛のカレーが好きなこととか。

 先生の新たな一面を見られたことが、すごく嬉しい。


 「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」


 少し照れくさそうに笑う先生に、胸がきゅうんと締め付けられる。


 「でも、俺欲張りで……」

 「欲張り?」

 「だって、先生のこと知れば知るほど、もっと知りたいって」


 もっと、先生のことを知りたい。

 世界中で誰よりも、先生のことを知っていたい。

 だって、先生は俺のことをなんでも分かってくれる。寂しいときとか、甘えたいときとか、苦しいとき。先生はすぐに感じ取ってくれて、素直になれない俺の代わりに、抱き寄せてくれる。

 大丈夫。大事だよ。好きだよ。って俺の欲しい言葉をいっぱい囁いてくれて、俺を安心させてくれる。

 俺も、先生にとって、安心できる存在になれたら──そんな、おこがましいことを思ってしまうんだ。


 「だから……先生のこと、もっと教えてください」


 恥ずかしくて、上目がちになってしまう。

 俺は今、すごく大胆なことを言っている。その自覚はある。だけど、これが俺の本心だから。


 「先生の、全部、知りたい」

 「心……」


 見つめ合う瞳は、相手のことしか映していない。まるで世界に二人だけのような、そんな甘く静かな空間──


 「ぐぁああ」

 「……っ」


 突如、部屋に響いたのは、ソファで潰れていた叔父さんのいびき。それのおかげで、俺は正常な思考を取り戻し、どんどん顔に熱が集まっていく。


 「あ、あ、あ、俺……」


 (俺は、先生の実家でなんてことをっ……)


 先生が仕事から帰ってきたときも我を忘れてた。一度じゃなく二度までも、なんて、恥ずかしくて情けなくて自分が嫌になる。

 そんな俺の頭に、先生は心配そうに手を伸ばしてきた。


 「心?大丈夫。ただのいびきだから──」

 「お、俺っ、お風呂で、頭冷やしてきますっ!」


 俺はガタッと席を立ち、逃げるようにお風呂場へと向かった。

 
 (もうっ!穴があったら入りたい……っ)
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