布団の中に

麦野夕陽

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1話完結

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「……んだコレ、汚ねぇな」
 無精髭を生やした男がひとり部屋でつぶやく。男が毛布をめくると、布団に小さな甲虫が一匹。男は、黒いその小さな点を見やる。甲虫はとっくに死んでいた。眉間にシワをよせ、乱雑に手ではらいのけ男は床についた。
 
 その時は気にも留めていなかった。その時までは。



 七日後、いつものようにパチンコで負け苛立つ男が帰宅する。アパートの薄い扉が甲高い音をたてて閉まる。
 男は鬱憤がたまっていた。風呂も歯磨きもせずそのまま寝ようとした。しかし、毛布をめくった男は舌打ちをする。
 手のひらほどの黒い虫が死んでいた。何の虫か考えることすら、今の男にとっては苛立ちを募らせる。
 男は窓を開けて虫を外に投げ捨てた。手を洗いもせずにそのまま床につく。



 七日後、男は酒をたらふく飲んで帰ってきた。足取りもおぼつかない。上機嫌の男は布団に倒れこむ。
 違和感を感じた。毛布の下に何かある。
 酒臭いため息をつきながら身を起こし、躊躇なく毛布をめくる。
 死んでいた。布団の中で黒猫が死んでいる。男は猫を飼っていない。むしろ毛嫌いしていた。「あの目が気に食わない」と言って。
 酔っ払っている男は「なぜ猫がここで死んでいるのか」深く考えもせず、窓から遠く投げ捨てた。


 
 七日後、男は競馬で一発当て、鼻歌をうたいながら帰ってきた。いままでにないほど上機嫌だった。
 しかし、家に入った男はあることに気づく。布団がやけに膨らんでいる。虫や猫ではありえない。それは丁度、“人間一人分”の大きさだった。
 泥棒か、強盗か、男は包丁を手に取り布団に近づく。そして一気に毛布を剥ぎとり、包丁を振りかざした。


 男は硬直する。中には確かに人間がいた。しかし泥棒でも強盗でもない。

 男はその“女”をよく知っている。

 知っているからこそ、その女がここにいる事実が明らかにおかしいとわかった。



 
「“また”包丁で殺すの?」




 女は血走った眼玉を動かし男を見る。女の服は赤く染まっていた。出血箇所は背中だと男は知っていた。男だけが知っていた。



 パチンコで大負けしたその日、ひどくイライラしていた。店で散々怒鳴り散らしても気分はおさまらなかった。
 ぶつぶつと悪態をつき帰る道中、すれ違った女に睨まれた。虫けらを見るような眼、猫が人間を見下すようなその眼に、何かの糸がブチリと音を立てて切れた。


 家に引きずり込み、包丁で刺した。
 処理に困り布団でぐるぐる巻きにして“七日間”放置した。
 臭いが酷くなったため、誰もいない山奥に穴を掘って“投げ捨てた”。




 男は手が震える。逃げることも、眼をそらすこともできない。
 発狂した男は包丁を振りかざした。
 



 その七日後、アパート管理会社に「異臭がする」とクレームが入る。




 了
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