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秋のお話

さよなら捨てニャンズ【視点混合】

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 後日。私は本当に、事務所の社長に

「予定より早くて申し訳ありませんが、これ以上は限界なので引退させてください」

 と話しに行った。

 社長はまず

「えっ? 彼氏と付き合いはじめたのって去年じゃなかったっけ? まだしていなかったの?」

 私が律儀に約束を守っていたことに驚いた。

 私と誠慈君が清い関係と言えるかはさておき、辛うじて本番はしていない。なので特に訂正しなかった。

 社長は改めて

「前にも言ったけど、暗黙の了解と言うか、遊びではなく普通の交際なら、ファンにバレないようにしてくれれば大丈夫だよ。それでも引退したいの?」

 以前の私なら、無職を恐れて心が揺れていただろうけど

「もうこれ以上嘘を吐きたくないし、人目を気にして彼と自由に歩けないのは嫌なので」

 優柔不断な私には珍しくキッパリ返事すると

「そっか」

 社長は意外とあっさり受け入れて

「じゃあ、今度の2周年記念ライブで萌乃にゃんは引退しようか」

 「今までお疲れ様」と快く許してくれた。


【卯坂視点】


 2周年記念ライブを控えた9月下旬。

 私は事務所の社長から、次のライブを最後に萌乃にゃんが引退すると聞かされた。

 社長は萌乃にゃんが引退する理由を

「普通の女性として、彼氏と自由に付き合いたいそうだ」

 オブラートに包んで私とまもにゃんに伝えた。

 でも自由に付き合いたいって、絶対エッチ禁止を解きたいだけだよね!? 9月は先輩の誕生日だったし「そろそろ先に進みたいね」みたいな会話が絶対にあったんだ!

 アイドルを引退して萌乃にゃんが自由になったら、とうとう誠慈先輩が食べられてしまう。

 やだ! 先輩のはじめては私がもらうんだもん! 中学からずっと狙っていたのに、ぽっと出の女に奪われたくない!

 とは言え、もともとアイドルに執着の無い萌乃にゃんに、引退を思い留まらせるのは難しい。


 だから私は誠慈先輩のほうに働きかけることにした。

 先輩がバイトしている花屋に行って、休憩時間に店の裏に呼び出すと

「先輩。自分のために、彼女にキャリアを捨てさせる意味を分かっていますか? このまま捨てニャンズとして活動を続ければ、萌乃にゃんもテレビに出られるほどのアイドルになれるかもしれないのに」

 本当の狙いは隠して、あくまで萌乃にゃんを心配している風を装いながら

「もし後で別れることになったら、萌乃にゃんは恋だけじゃなく仕事も失うんですよ? 誠慈先輩は萌乃にゃんの人生に責任を取れるんですか?」

 先輩のプレッシャーを煽って、交際を辞めさせる作戦だった。

 流石に相手の人生を背負わなきゃいけないほどの重圧をかければ、真面目な人ほど逃げたくなるでしょ!

 内心は悪女のように高笑いしながら、表向きは真剣に忠告する。

 責任を問われた人間は普通、不快か不安を表す。

 けれど誠慈先輩は顔を曇らせるどころか

「ありがとう、卯坂。そんなに萌乃を心配してくれて」

 かえって晴れやかな表情で

「でも大丈夫。少なくとも俺のほうから萌乃と別れるなんて絶対に無いから。もし彼女が許してくれるなら結婚して、どれだけ苦労しても一生幸せにする」

 穏やかなのに、揺るぎない覚悟を感じさせる眼差しで

「責任とかじゃなくて俺自身の願いとして、そう思っているから大丈夫だよ」

 過去イチ綺麗な顔で笑った。

 そこには自分の選択に対する不安や迷いは微塵も無かった。

 一生や絶対なんて、他の男の言葉なら信じない。

 だけど誠慈先輩は、自分の言葉や行いに必ず責任を取る人だ。

 「ずっと好きでいる」なんて、大抵の人には実現不能な綺麗ごとも、この人ならあっさり叶えてしまいそう。

 それがどれだけ稀有なことかも気づかずに。

「うっ……」
「卯坂?」

 俯いて嗚咽する私に、先輩はキョトンと首を傾げた。謙虚と紙一重の無自覚が、今はいっそう腹立たしくて

「初恋の人とはじめてのお付き合いで結婚して、一生幸せなんてあり得ませんから! そんな夢見がちな恋愛、絶対どこかで破綻しますよ! いつか萌乃にゃんに振られてバツイチになった先輩を指さして笑ってやりますからね! バーカ! バーカ!」
「ひ、酷い……」

 胸にグサッと来た様子の先輩を置いてダッシュで逃げる。

 運よく結婚できたって、世の中には離婚ってものがあるんですからね。相手が生きている限り、可能性はゼロじゃない。

 例え結婚したって、しつこくチャンスを狙い続けてやる! と私は決意を新たにした。


【萌乃視点】


 私の引退にともない『捨てニャンズ』も解散することになった。

 その際、社長はまもにゃんとらみにゃんにも、今後の進路を尋ねた。

 活動当初は2人とも、アイドルを本業にする気は無いようだった。けれど約2年のアイドル活動の結果。

 まもにゃんは就活をやめて、アイドルを続ける決意をした。

 なぜまもにゃんの気が変わったかと言うと

「これ、ファンの女の子から、お手紙をもらったんだ」

 その手紙は小学4年生の女の子からもらったもので、まもにゃんへの憧れと好意がたくさんつまったメッセージの中に

『私もまもにゃんみたいなアイドルになりたいです!』

 と書かれていた。

「私自身はステージに立ちながらも、流石に一流のアイドルにはなれないって見切りを付けていたのに。この子はそんな私をいちばん好きだと言ってくれて、自分もアイドルになりたいと思ってくれたんだ」

 まもにゃんは少し複雑そうに微笑むと

「自分の人生が誰かの夢に繋がっているなら、中途半端なところで諦めたくない。アイドルを夢見るこの子に「絶対になれるよ!」って返せるように、まずは私がもっと全力でがんばりたいんだ」

 そう語るまもにゃんの笑顔は、今まででいちばん輝いていた。

 アイドルのいちばんの仕事は美しいことではなく、誰かの心を照らすことだと思う。

 だとしたら間違いなく、アイドルはまもにゃんの天職だと、眩しい気持ちで彼女を見つめた。

 ちなみに、らみにゃんもアイドルを続けるようだ。その理由は

「しょせん地下アイドル程度の肩書きじゃ、人の心を動かすには足りないんですよ。だから私は、もっと上を目指します! 私の市場価値が、誰もが手を伸ばさずにはいられない一等星に変わるまで!」

 まもにゃんの気持ちを夢と呼ぶなら、らみにゃんは野望って感じだ。

 でも無気力な私からすれば、野望に燃える人ってカッコいい。

 女の子の夢を背負って歌うキラキラのまもにゃんと、野望を抱いて高みを目指すギラギラのらみにゃん。

 この2人で新ユニットを組んだら、芸能界で天下を取れるかもしれないな。


 デビュー2周年記念ライブは、捨てニャンズの解散ライブになった。

 ファンの人たちはショックを受けていたけど、メインのまもにゃんとらみにゃんは新ユニットとして活動を続けると聞いて

「新ユニット楽しみ!」
「2人なら頂点を目指せる!」

 と前向きに盛り上がってくれた。


 ライブ後。斉藤さんが経営するメイド喫茶で私の送別会が開かれた。

「まもにゃんたちの再出発は楽しみですが、萌乃にゃんは今日で最後なんですね。気に病ませてはいけないんですが、2年も成長を見守って来た萌乃にゃんと、もう会えないなんて寂しいです」

 田中さんの言葉に、私は沈痛な面持ちで

「ずっと応援していただいていたのに、自分の都合でやめちゃって、すみません……」
「いえいえ! こちらこそ暗い顔をしてすみません!」

 ブンブンと手を振って否定する田中さんに続いて

「ファンのいちばんの願いは、推しの幸せだから。萌乃にゃんは自分のいちばんの幸せを選んでいいんだよ」

 斉藤さんの優しい言葉。年齢がかなり離れているせいか、ファンとアイドルというよりは、後進を見守る先生のようだった。

 湿っぽい空気を吹き飛ばすように、田中さんは打って変わって笑顔になると

「と言うわけで誠慈君は、全力で萌乃にゃんを幸せにしてくださいね! あり得ないとは思いますが、もし萌乃にゃんを不幸にしたら末代まで祟りますぞ!」
「はい! 例え自分がバラバラになっても、萌乃には絶対に苦労させません!」

 誠慈君がバラバラになるって、どういう状況だろう?

 どれほどの苦労を想定しているんだろうと瞠目する私をよそに

「よく言った、誠慈君! それでこそ私たちが見込んだ男だ!」

 斉藤さんは誠慈君の背中をバシバシと叩いた。

 とうとうアイドルを辞めたことについては、巨大な肩の荷が下りた感覚だ。

 自分が思う以上に負担だったのだと実感した。

 だけど、こんな優しい人たちとお別れすることだけは、とても寂しい。

 絶対的に向いていないアイドル活動。でも、この2年間のおかげで誠慈君や田中さんたちに会えた。

 私自身についても、ほんの少し体力や社交性が身に着いた。

 流されて進んだ道だけど、いつの間にか多くのものを得ていたんだなと、私を温かく見送る人たちを見て思った。
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