11 / 16
看病編
簡単美味しい朝ご飯(嘉門視点)
しおりを挟む
体は丈夫なほうだが、やはり40度近い高熱が出ると思考や判断力が鈍る。そのせいで昨日は何も考えずに丸井さんを家に入れてしまった。リビングに置きっぱなしの彼女のグッズも片づけずに。
朝になって、急にミスに気付いた俺は
「わっ、ビックリした。どうしたの?」
勢いよくリビングのドアを開けると、丸井さんが驚いた顔で出迎えた。その膝には彼女をデフォルメしたヌイグルミが乗っている。
「いや、それ、その……」
「あっ、ゴメン。勝手に触っちゃって」
慌ててヌイグルミをソファに戻そうとする丸井さんに
「いえ、触るのはいいんですが。勝手に写真やヌイグルミを飾られているの、気持ち悪いんじゃないかって」
「全然。本当に応援してくれているんだなって、むしろ嬉しかったよ」
丸井さんはニコニコしながら「嘉門君のおうちに置いてくれて、ありがとう」とヌイグルミにしゃべらせた。
咄嗟にそんな振る舞いができるなんて可愛いの塊かな? 『心を掴む』という表現があるけど、今日だけでなく、丸井さんのふとした仕草にリアルに胸がギュッとなる。ツブヤイターとマイチューブのフォロワーが、それぞれ300万人越えしている人は、やっぱり違うなと感心した。
「気持ち悪くなかったら、ご飯を食べる? 私も食べたいから一緒に食べよう」
せっかくの申し出だし、確かに昨日と違って空腹だったが
「でもうち料理ができるような材料は何も」
俺の言葉に、丸井さんはむしろキラッと目を光らせて
「ふふっ、私に任せたまえ。ズボラ食いしん坊の本領をお見せしましょう!」
まだ朝早くてスーパーが開いている時間ではない。でもコンビニなら24時間やっている。丸井さんは俺が起きる前に、すでにコンビニで材料を買って来てくれたようだった。
塩むすびやチルドの焼き鮭を器に入れて水でほぐし、同じくコンビニで買えるインスタントのスープで味付け。溶き卵を混ぜてレンチンしたら、あっという間に雑炊ができた。
「美味しい……料理、上手なんですね」
俺の感想に、丸井さんはなぜかちょっと驚いてから笑顔になって
「調理工程を見ていたのに、料理上手って言ってくれるの優しい。料理と呼ぶのは憚られる簡単手抜き雑炊ですが、お口にあって良かったです」
丸井さんは謙遜しているが、レシピに忠実に手間暇かけて作ることも、パパッと美味しくアレンジできることも、同じくらいすごいと思う。
いつもは1人の食卓で、丸井さんと向かい合って食事をするのが、なんだか不思議で
「人と食事するの、久しぶりです。いつも1人だから」
「そっか。嘉門君のご両親は海外だもんね。ちょっと会って一緒に食べようってわけにはいかないよね」
両親のことは尊敬しているが、俺にとっては叱られるほうが多い相手なので「ちょっと会って一緒に食べよう」と誘われたら緊張する。誰でもいいわけじゃなくて、丸井さんだから心地いいんだろうなと思っていると
「よかったら今度はうちに来て、一緒にご飯を食べる?」
「えっ? いいんですか、そんな。丸井さんは1人暮らしじゃ?」
同性ならともかく、他に誰も居ない家に異性を入れるのは抵抗があるんじゃないかと思ったが
「もちろん外食でもいいんだけど、嘉門君はお店のじゃなくて、おうちのご飯を誰かと食べたいのかなって。それに外で食べるよりは、うちで食べるほうが人に見られる可能性も低いから、いいかと思ったんだけど」
俺やファンの気持ちを考えて提案してくれた丸井さんは
「お呼ばれって気を遣うよね? 迷惑だったら……」
「迷惑じゃないです。嬉しいです。すごく」
撤回されそうな気配を感じて慌てて遮ると
「……本気にしてもいいんですか?」
俺はこれまでほとんど人付き合いをして来なかったので、本気と社交辞令の区別がつかない。こんなに嬉しい誘いを真に受けていいのかと問うと、丸井さんは彼女らしい弾けるような笑顔で
「いいよ! でもご飯を食べにおいでとか言いながら、私の料理はどれも大雑把な大皿料理なので。今日のこの簡単雑炊くらいハードルを下げておいてね」
「丸井さんが作ってくれたら、なんでもご馳走です」
俺はお世辞ではなく本気で言ったのだが、丸井さんはジーンとした様子で
「いい子だね、嘉門君。そのうち私以外の友だちもできるといいね」
こちらに身を乗り出して頭を撫でてくれた。丸井さんに触れられると、嬉しくて心がホワッとする。
ただ俺は別に芸能界でも私生活でも、友人や先輩は欲していない。人恋しいのではなく、丸井さんだから慕わしくて懐きたくなる。しかし「丸井さんだけでいいです」と言うと、社交的な丸井さんに心配をかけてしまいそうなので、この場は黙っておいた。
朝になって、急にミスに気付いた俺は
「わっ、ビックリした。どうしたの?」
勢いよくリビングのドアを開けると、丸井さんが驚いた顔で出迎えた。その膝には彼女をデフォルメしたヌイグルミが乗っている。
「いや、それ、その……」
「あっ、ゴメン。勝手に触っちゃって」
慌ててヌイグルミをソファに戻そうとする丸井さんに
「いえ、触るのはいいんですが。勝手に写真やヌイグルミを飾られているの、気持ち悪いんじゃないかって」
「全然。本当に応援してくれているんだなって、むしろ嬉しかったよ」
丸井さんはニコニコしながら「嘉門君のおうちに置いてくれて、ありがとう」とヌイグルミにしゃべらせた。
咄嗟にそんな振る舞いができるなんて可愛いの塊かな? 『心を掴む』という表現があるけど、今日だけでなく、丸井さんのふとした仕草にリアルに胸がギュッとなる。ツブヤイターとマイチューブのフォロワーが、それぞれ300万人越えしている人は、やっぱり違うなと感心した。
「気持ち悪くなかったら、ご飯を食べる? 私も食べたいから一緒に食べよう」
せっかくの申し出だし、確かに昨日と違って空腹だったが
「でもうち料理ができるような材料は何も」
俺の言葉に、丸井さんはむしろキラッと目を光らせて
「ふふっ、私に任せたまえ。ズボラ食いしん坊の本領をお見せしましょう!」
まだ朝早くてスーパーが開いている時間ではない。でもコンビニなら24時間やっている。丸井さんは俺が起きる前に、すでにコンビニで材料を買って来てくれたようだった。
塩むすびやチルドの焼き鮭を器に入れて水でほぐし、同じくコンビニで買えるインスタントのスープで味付け。溶き卵を混ぜてレンチンしたら、あっという間に雑炊ができた。
「美味しい……料理、上手なんですね」
俺の感想に、丸井さんはなぜかちょっと驚いてから笑顔になって
「調理工程を見ていたのに、料理上手って言ってくれるの優しい。料理と呼ぶのは憚られる簡単手抜き雑炊ですが、お口にあって良かったです」
丸井さんは謙遜しているが、レシピに忠実に手間暇かけて作ることも、パパッと美味しくアレンジできることも、同じくらいすごいと思う。
いつもは1人の食卓で、丸井さんと向かい合って食事をするのが、なんだか不思議で
「人と食事するの、久しぶりです。いつも1人だから」
「そっか。嘉門君のご両親は海外だもんね。ちょっと会って一緒に食べようってわけにはいかないよね」
両親のことは尊敬しているが、俺にとっては叱られるほうが多い相手なので「ちょっと会って一緒に食べよう」と誘われたら緊張する。誰でもいいわけじゃなくて、丸井さんだから心地いいんだろうなと思っていると
「よかったら今度はうちに来て、一緒にご飯を食べる?」
「えっ? いいんですか、そんな。丸井さんは1人暮らしじゃ?」
同性ならともかく、他に誰も居ない家に異性を入れるのは抵抗があるんじゃないかと思ったが
「もちろん外食でもいいんだけど、嘉門君はお店のじゃなくて、おうちのご飯を誰かと食べたいのかなって。それに外で食べるよりは、うちで食べるほうが人に見られる可能性も低いから、いいかと思ったんだけど」
俺やファンの気持ちを考えて提案してくれた丸井さんは
「お呼ばれって気を遣うよね? 迷惑だったら……」
「迷惑じゃないです。嬉しいです。すごく」
撤回されそうな気配を感じて慌てて遮ると
「……本気にしてもいいんですか?」
俺はこれまでほとんど人付き合いをして来なかったので、本気と社交辞令の区別がつかない。こんなに嬉しい誘いを真に受けていいのかと問うと、丸井さんは彼女らしい弾けるような笑顔で
「いいよ! でもご飯を食べにおいでとか言いながら、私の料理はどれも大雑把な大皿料理なので。今日のこの簡単雑炊くらいハードルを下げておいてね」
「丸井さんが作ってくれたら、なんでもご馳走です」
俺はお世辞ではなく本気で言ったのだが、丸井さんはジーンとした様子で
「いい子だね、嘉門君。そのうち私以外の友だちもできるといいね」
こちらに身を乗り出して頭を撫でてくれた。丸井さんに触れられると、嬉しくて心がホワッとする。
ただ俺は別に芸能界でも私生活でも、友人や先輩は欲していない。人恋しいのではなく、丸井さんだから慕わしくて懐きたくなる。しかし「丸井さんだけでいいです」と言うと、社交的な丸井さんに心配をかけてしまいそうなので、この場は黙っておいた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
【R18】とあるあやしいバイトで美少年に撮影される
河津ミネ
恋愛
依(より)はいま何故か美少年の前で自慰をしていた。
とあるマンションの一室で、ベッドの上で足を開いて自分を慰めている姿を美少年がスマホで撮影している。
それというのも、同棲している彼氏がギャンブルにはまって依の大学の学費を使い込んでしまったからだ。
数日以内に前期の学費を振り込まなくては退学になってしまう。
そんな困っている依のところにあやしいバイトの話がやってきた。
一晩依頼主の言う通りにすれば大金が手に入るというのだ。
背に腹は変えられず、依はその依頼を受けることにしたのだったが――。
※キーワードにご注意ください。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる