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季節序 春
伝言
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そういえば、と蒼は酷い有様となっている宴の間をぐるりと見回した。今朝元気のなかった、あの侍女の姿が無い気がする。
そこへ、一人の侍女が、蒼の方へそろそろと近付いて来た。蒼は知らず知らずのうちに、身構えていた。その緊張を解くように、正座の姿勢から額を床につけて、侍女が深く一礼する。
「…蒼様」
「何ですか?」
「今朝気に掛けてくださっていた侍女、夢のことをお捜しでしたら、誠に申し訳ございません」
「何…?」
「申し遅れました、わたし、朔と申します。夢と同じ侍女の一人でございます。…そして、夢のことですが、今日は気分が優れないそうですので、今は部屋で休んでおります」
蒼はそうか、と納得した。だからあんなに苦しそうな顔をしていたのか、と。
「わざわざありがとう。夢に会ったら、早く元気になってください、と伝えてください」
「はい、必ず夢に伝えます。それでは、わたしは片付けに戻ります。失礼致します」
朔はもう一度深く一礼して、蒼の前から足早に去っていった。朔の向かうその先には、片付けの真っ最中の侍女達の姿があった。他の侍女と一言二言言葉を交わした朔が、その侍女達の群れの中へと消えていく。
次々と起き始める侍女も手伝い始め、ものの一刻(※約二時間)程で片付けは終わった。それは料理や机の片付けは勿論のこと、兄弟や父、起きない侍女達も各部屋へと運ぶことも含まれる。その後で掃除も行われ、何故だか蒼はその一部始終を隠れて見詰めていた。こうして、長い長い宴は漸く終わりを告げたのである。
それは油菜の花が舞散る、穏やかな春の日のことだった。
そこへ、一人の侍女が、蒼の方へそろそろと近付いて来た。蒼は知らず知らずのうちに、身構えていた。その緊張を解くように、正座の姿勢から額を床につけて、侍女が深く一礼する。
「…蒼様」
「何ですか?」
「今朝気に掛けてくださっていた侍女、夢のことをお捜しでしたら、誠に申し訳ございません」
「何…?」
「申し遅れました、わたし、朔と申します。夢と同じ侍女の一人でございます。…そして、夢のことですが、今日は気分が優れないそうですので、今は部屋で休んでおります」
蒼はそうか、と納得した。だからあんなに苦しそうな顔をしていたのか、と。
「わざわざありがとう。夢に会ったら、早く元気になってください、と伝えてください」
「はい、必ず夢に伝えます。それでは、わたしは片付けに戻ります。失礼致します」
朔はもう一度深く一礼して、蒼の前から足早に去っていった。朔の向かうその先には、片付けの真っ最中の侍女達の姿があった。他の侍女と一言二言言葉を交わした朔が、その侍女達の群れの中へと消えていく。
次々と起き始める侍女も手伝い始め、ものの一刻(※約二時間)程で片付けは終わった。それは料理や机の片付けは勿論のこと、兄弟や父、起きない侍女達も各部屋へと運ぶことも含まれる。その後で掃除も行われ、何故だか蒼はその一部始終を隠れて見詰めていた。こうして、長い長い宴は漸く終わりを告げたのである。
それは油菜の花が舞散る、穏やかな春の日のことだった。
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