花の舞散る季節

色音花絵

文字の大きさ
上 下
99 / 101
季節終 春

滴る赤

しおりを挟む
 それから間もなく、智と繭が春の部屋へと辿り着いた。その襖には「立入禁止」と書かれた貼り紙がある。それを見て繭は少し躊躇したが、その隣で智は間髪入れずに襖を引いた。其処に広がる光景に、智は気を失ってしまった。繭は倒れたその身体を、壁にもたれ掛かれさせるように部屋の外に座らせて、何事かと部屋を覗き込む。
 部屋の至る所に血が飛び散り、異様な程に生臭い匂いが立ち込めている。そしてその部屋の真ん中で、何かを囲うようにして、医者と雪が座り込んでいた。其処に何があるのか気にはなったが、見てはいけないような気もして、繭はその場から動くことが出来なかった。
 漸く視線に気付いたらしい雪が、振り向いてその目に繭の姿を捉えた。その振り返った顔も、衣服も血に塗れ、繭はますますこの部屋で何が起きたのか解らなくなっていた。
 雪が何事か医者に一言耳打ちして、繭の方へ向かって来た。いつものように無表情のまま、赤く染まった雪が迫ってくることに恐怖を感じてしまう。背中が壁にぶつかって、繭は初めて後退りしていたことに気が付いた。
 いつもは雪に恐怖など感じたことの無い繭だったが、この時ばかりは怖くて仕方が無かった。雪が怖いと他の侍女が言っていたことを思い出して、その言葉の意味をこんな状況で理解する。智に寄り添うようにして、その隣で繭もまた同様に意識を失った。
 その行動を最後まで見ていた雪は、襖まで歩いて来た足を止めて溜息を付いた。部屋の外に首だけ出すと、外側の襖にきちんと貼り紙がしてあることを見届けて、襖を閉める。可哀想ではあるが、気を失った二人に気を掛けている時間は無い。外の出来事には背を向けて、雪は医者と春の元へ戻った。
「どうですか……?」
 血を止めようと必死に手を動かしている医者に、恐る恐る聞いてみる。医者の顔には無数の脂汗が浮き、その表情は真剣そのものだった。
「手は尽くしていますが、残念ながら……」
 医者の言葉で、しんと静まり返った部屋の空気が更に重くなり、一瞬にして冷えてしまった。その沈黙を破るように、荒い息と一緒にか細い声が二人の耳に届いた。
「っ、な…な……」
 二人が驚いて春の顔を覗き込むと、春の口はまだその続きを紡いでいた。聞き逃さないようにと、雪がその唇に付いてしまう程近くに耳を寄せる。赤い泡を口から出しながら、それは意味のある言葉として発せられた。
「七を、此処へ…」
 その言葉で、雪はすぐに立ち上がった。医者はそれでも手を止めることは無く、ただ春の命を繋げようと、出来ることを続けている。血の付いた衣服と顔はそのままに、蹲る二人に目もくれずに、雪は部屋を飛び出していく。雪が通ったその道には、赤と透明の雫が点々と残されていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...