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季節終 春
滴る赤
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それから間もなく、智と繭が春の部屋へと辿り着いた。その襖には「立入禁止」と書かれた貼り紙がある。それを見て繭は少し躊躇したが、その隣で智は間髪入れずに襖を引いた。其処に広がる光景に、智は気を失ってしまった。繭は倒れたその身体を、壁にもたれ掛かれさせるように部屋の外に座らせて、何事かと部屋を覗き込む。
部屋の至る所に血が飛び散り、異様な程に生臭い匂いが立ち込めている。そしてその部屋の真ん中で、何かを囲うようにして、医者と雪が座り込んでいた。其処に何があるのか気にはなったが、見てはいけないような気もして、繭はその場から動くことが出来なかった。
漸く視線に気付いたらしい雪が、振り向いてその目に繭の姿を捉えた。その振り返った顔も、衣服も血に塗れ、繭はますますこの部屋で何が起きたのか解らなくなっていた。
雪が何事か医者に一言耳打ちして、繭の方へ向かって来た。いつものように無表情のまま、赤く染まった雪が迫ってくることに恐怖を感じてしまう。背中が壁にぶつかって、繭は初めて後退りしていたことに気が付いた。
いつもは雪に恐怖など感じたことの無い繭だったが、この時ばかりは怖くて仕方が無かった。雪が怖いと他の侍女が言っていたことを思い出して、その言葉の意味をこんな状況で理解する。智に寄り添うようにして、その隣で繭もまた同様に意識を失った。
その行動を最後まで見ていた雪は、襖まで歩いて来た足を止めて溜息を付いた。部屋の外に首だけ出すと、外側の襖にきちんと貼り紙がしてあることを見届けて、襖を閉める。可哀想ではあるが、気を失った二人に気を掛けている時間は無い。外の出来事には背を向けて、雪は医者と春の元へ戻った。
「どうですか……?」
血を止めようと必死に手を動かしている医者に、恐る恐る聞いてみる。医者の顔には無数の脂汗が浮き、その表情は真剣そのものだった。
「手は尽くしていますが、残念ながら……」
医者の言葉で、しんと静まり返った部屋の空気が更に重くなり、一瞬にして冷えてしまった。その沈黙を破るように、荒い息と一緒にか細い声が二人の耳に届いた。
「っ、な…な……」
二人が驚いて春の顔を覗き込むと、春の口はまだその続きを紡いでいた。聞き逃さないようにと、雪がその唇に付いてしまう程近くに耳を寄せる。赤い泡を口から出しながら、それは意味のある言葉として発せられた。
「七を、此処へ…」
その言葉で、雪はすぐに立ち上がった。医者はそれでも手を止めることは無く、ただ春の命を繋げようと、出来ることを続けている。血の付いた衣服と顔はそのままに、蹲る二人に目もくれずに、雪は部屋を飛び出していく。雪が通ったその道には、赤と透明の雫が点々と残されていた。
部屋の至る所に血が飛び散り、異様な程に生臭い匂いが立ち込めている。そしてその部屋の真ん中で、何かを囲うようにして、医者と雪が座り込んでいた。其処に何があるのか気にはなったが、見てはいけないような気もして、繭はその場から動くことが出来なかった。
漸く視線に気付いたらしい雪が、振り向いてその目に繭の姿を捉えた。その振り返った顔も、衣服も血に塗れ、繭はますますこの部屋で何が起きたのか解らなくなっていた。
雪が何事か医者に一言耳打ちして、繭の方へ向かって来た。いつものように無表情のまま、赤く染まった雪が迫ってくることに恐怖を感じてしまう。背中が壁にぶつかって、繭は初めて後退りしていたことに気が付いた。
いつもは雪に恐怖など感じたことの無い繭だったが、この時ばかりは怖くて仕方が無かった。雪が怖いと他の侍女が言っていたことを思い出して、その言葉の意味をこんな状況で理解する。智に寄り添うようにして、その隣で繭もまた同様に意識を失った。
その行動を最後まで見ていた雪は、襖まで歩いて来た足を止めて溜息を付いた。部屋の外に首だけ出すと、外側の襖にきちんと貼り紙がしてあることを見届けて、襖を閉める。可哀想ではあるが、気を失った二人に気を掛けている時間は無い。外の出来事には背を向けて、雪は医者と春の元へ戻った。
「どうですか……?」
血を止めようと必死に手を動かしている医者に、恐る恐る聞いてみる。医者の顔には無数の脂汗が浮き、その表情は真剣そのものだった。
「手は尽くしていますが、残念ながら……」
医者の言葉で、しんと静まり返った部屋の空気が更に重くなり、一瞬にして冷えてしまった。その沈黙を破るように、荒い息と一緒にか細い声が二人の耳に届いた。
「っ、な…な……」
二人が驚いて春の顔を覗き込むと、春の口はまだその続きを紡いでいた。聞き逃さないようにと、雪がその唇に付いてしまう程近くに耳を寄せる。赤い泡を口から出しながら、それは意味のある言葉として発せられた。
「七を、此処へ…」
その言葉で、雪はすぐに立ち上がった。医者はそれでも手を止めることは無く、ただ春の命を繋げようと、出来ることを続けている。血の付いた衣服と顔はそのままに、蹲る二人に目もくれずに、雪は部屋を飛び出していく。雪が通ったその道には、赤と透明の雫が点々と残されていた。
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