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6話
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「その椅子に座ればいいよ」
部屋に入ると、ジュンはベッド、美子はジュンの椅子にそれぞれ腰をかけた。
美子は部屋を見渡しながら、どういう風に切り出そうかと考えていた。しかしそれ以上に、ジュンの部屋がとても気になっていた。
これが全国1位の成績を取る人の部屋…
もっと辞書や参考本でぎっしりなのかと思ったら、とてもスッキリしてるのね…
机にはノートパソコン1台と大学ノートが数冊。ペンなんて2種類しかない。
壁には世界地図のポスターと、隣にリュックサックが一つ掛けられてる。
あとは4段の本棚が一つだけ…
本棚の一番上のあれ…料理の本…?
間違いない、料理の本がたくさんある。
料理が好きだなんて、超意外だわ。
二段目には農作物とか園芸…?の本がたくさん…
これも意外。自給自足でもするつもりなのかしら…
三段目は…東洋医学…?
そういう類の本で埋まってる。
現実主義っぽいのに東洋医学にも興味を持ってるのね…
四段目は…
あ、世界史。世界史でいっぱい。やっとそれらしき本があったわ。
でも漫画とか小説は一冊もない。
私とは対照的な本棚ね…
ハッ…
っていうかどうしよう…
何から切り出せばいいのか…
曖昧に話したり言葉に詰まったりすると簡単に反論されちゃうわ…
下手すれば帰される…
「で、嘆願書はみんなで提出できたの?」
突然ジュンに話し掛けられ、美子はびっくりした。
「えっ!?た…嘆願書!?うん、あ、えーと…実はまだなの!」
「まだ?じゃあもっと必要なものがあったとか?」
「うん、えっ、いや、必要なものというか…」
ダメだわ
これじゃ埒が明かない
ここはもうストレートに問い詰めるしかない
そもそもこの人相手に理屈でどうにかしようなんて無理な話だわ
「ジュン君!」
美子はいきなり声を張った。
「急に大きい声を出さないでよ。それにさっきから何か緊張してるよね。展開的に先に言っとくけど、告白とかは無意味だよ。君に異性としての興味はない」
「ち…違うわよ…ある意味告白になるのかもしれないけど…逆に、あなたに告白してもらいたいの!」
美子は体から汗が滲み出てくるのを感じた。
「僕が告白?何を?」
美子は小さくて深い深呼吸をした。
そして絞り出すような声でジュンに問いかけた。
「私が今日来たのは、嘆願書でも勉強のことでもないの。あなたに聞きたいことがあって来たのよ……ジュン君、5人を殺したのは…あなたね…」
美子は単刀直入に質問をぶつけた。
ジュンは何も言わず、美子の顔をしばらく見つめたままだった。
美子もジュンの目をじっと見つめ続けていた。
そして静寂が10秒ほど過ぎた頃、ジュンは大きくため息をつき、口を開いた。
「大橋さん…僕は忙しいんだよ。全国で1位を取り続ける人間が、どんな生活を送っているのか君は知らないよね」
美子は黙って聞いていた。
「君のために費やす予定の1時間。1時間あれば、僕がどれだけのものを理解し、どれだけのものを覚えられるか、君にはわからないよね。いくら記憶力がいいといっても、永遠に覚えていられるわけじゃない。砂に描いた絵が風で吹かれて飛ぶように、少しずつ薄れていくんだ。だから定期的に復習する。そして記憶力だけじゃトップにはなれない。どんな複雑な応用にも対応できる力がいるんだ。教科書にも教材にも載ってないような難問。そういうものをクリアしていくには、こういう些細な時間も無駄にはできないんだよ」
黙っている美子に構わず、ジュンは話し続けた。
「そんなバカなことを言うためにわざわざここへ来たのなら、本当いい迷惑だよ。教師の次は僕が犯人?5人を殺した?何をどう考えればそんなトンチンカンな結論に至るのか。それに人を人殺し呼ばわりして、それ自体が罪になるのはわかってる?」
ここでやっと美子も口を開いた。
「違ってたらごめんなさいって謝るわ…私この前、竹内真以外の現場を見て廻ったの。そして気づいたのよ。あなたの遺族への説明、あれは全部現場にいないとわからないことばかりよ!」
ジュンはポカンと口を開けた。
「ちょっと待ちなよ…まさかあの説得の話だけで僕を犯人だと決めつけたってこと?もしそうなら君、無茶苦茶だよ?犯人しか知り得ない情報、そう捉えるのはわかる。けど僕は遺族を説得させるために、あえて信憑性の高い言い方をしてたんだよ」
ジュンは制服を脱ぎ、ベッドの上へ放り投げながら話を続けた。
「言わなかっただけで、前提として『現場を見ている』という意味を含ませてたんだよ。全てわざとだ。段差とか川とか暗さとか、そんなものは曖昧な表現でも大抵の事は当てはまる。そんな事に相手もいちいち突っ込んでこない。その程度のことは訪問前からわかってたことじゃないか。そもそも僕が彼らを憎む理由はない。もちろん殺す理由もないし、殺したいとも思わない。人を殺すなんてそう単純じゃないことくらいわかるだろう?勘違いも度を超えたらただのバカだよ、大橋さん」
少しずつ強い口調になっていくジュンに、美子は言葉に詰まった。
フラッシュは言葉のニュアンスの乱れを読み取る。嘘を見抜くことができる。
でもそれは説明できない。
「超能力で過去を見てきた」と言い張るくらいの理屈。
美子はフラッシュのことは言いたくても言えなかった。
「た…確かにあなたの言うことは最もよ…けど…」
けど私の直感があなたを犯人だと言ってる…
確かにフラッシュは100%じゃない
でも初めてリアルで起こったフラッシュ…
本や映画の時より鮮明で強烈だった
間違ってるとは思えない
ただ…確かにこの人には動機がない
彼らと話してるのも見たことがない
そもそも18歳のこんな優等生が5人も殺すなんて無茶苦茶な話…
直感で犯人だなんていう事自体も…
やっぱりこの人は殺してなんか…
「冷静になってくれたかな。落ち着いたのなら、今日はもう帰ってほしいんだ。嘆願書や勉強の事もここに来るための嘘だったみたいだしね。幼馴染が死んで混乱していたって事にしてあげるよ」
美子は俯いたまま下唇を噛み締めていた。
これ以上ジュンを問い詰める材料がない。
ジュンの想像と現実が一致してた事実自体も、根拠としては成り立たないレベル。
万が一ジュンがボロを出せばという程度の薄いもの。
美子はこれ以上何も出来ないことを悟った。
「ご…ごめんなさい…」
美子はジュンの顔を見れずに小声で呟いた。
「わかってくれたのならもういいよ。あとついでに言っておくけど、実は僕も遺族の家を廻った翌日、君と同じように4件の現場に行ってるんだ」
「え…」
「遺族の嘆願書で警察が動いてくれなかった場合、学校で署名運動して千人規模の署名を集めるつもりだったからね。その案内書を作るなら、きちんと現場を見といた方がいいと思って」
すでに美子には小さな罪悪感が生まれていた。
「そ…そうなの…そんなに真剣に考えてくれてたんだ…」
遺族の嘆願書が反故された時のことまで考えて…
もしこの人が犯人なら、警察が動けば自分にも少なからずリスクがあるはず…
嘆願書を出そうとするのは本気なんだわ…
やっぱりこの人は…
犯人じゃない…
「変なこと言って本当にごめんなさい。じゃあ私…帰るね…」
美子はバツの悪そうな顔をしてドアの方へ歩き始めた。
「とりあえず嘆願書を出して警察の対応を待てばいいよ。監視カメラもない所だったから、とにかく警察の力が必要だよ」
「え…?」
美子はドアの前で立ち止まった。
「ジュン君…今、なんて…?」
「ん?警察の力が必要だと言ったんだよ」
「違う、その前…」
「ああ、監視カメラもないって所?」
美子は体ごと振り返り、ジュンを凝視した。
「カメラ…なかったの…?」
「……?」
ジュンは美子が何にそんなに食いついているのかわからなかった。
「4人の現場とも詳しく調べたけど、周囲にカメラはなかったよ」
その時、美子にゾクリと寒気が走った。
部屋に入ると、ジュンはベッド、美子はジュンの椅子にそれぞれ腰をかけた。
美子は部屋を見渡しながら、どういう風に切り出そうかと考えていた。しかしそれ以上に、ジュンの部屋がとても気になっていた。
これが全国1位の成績を取る人の部屋…
もっと辞書や参考本でぎっしりなのかと思ったら、とてもスッキリしてるのね…
机にはノートパソコン1台と大学ノートが数冊。ペンなんて2種類しかない。
壁には世界地図のポスターと、隣にリュックサックが一つ掛けられてる。
あとは4段の本棚が一つだけ…
本棚の一番上のあれ…料理の本…?
間違いない、料理の本がたくさんある。
料理が好きだなんて、超意外だわ。
二段目には農作物とか園芸…?の本がたくさん…
これも意外。自給自足でもするつもりなのかしら…
三段目は…東洋医学…?
そういう類の本で埋まってる。
現実主義っぽいのに東洋医学にも興味を持ってるのね…
四段目は…
あ、世界史。世界史でいっぱい。やっとそれらしき本があったわ。
でも漫画とか小説は一冊もない。
私とは対照的な本棚ね…
ハッ…
っていうかどうしよう…
何から切り出せばいいのか…
曖昧に話したり言葉に詰まったりすると簡単に反論されちゃうわ…
下手すれば帰される…
「で、嘆願書はみんなで提出できたの?」
突然ジュンに話し掛けられ、美子はびっくりした。
「えっ!?た…嘆願書!?うん、あ、えーと…実はまだなの!」
「まだ?じゃあもっと必要なものがあったとか?」
「うん、えっ、いや、必要なものというか…」
ダメだわ
これじゃ埒が明かない
ここはもうストレートに問い詰めるしかない
そもそもこの人相手に理屈でどうにかしようなんて無理な話だわ
「ジュン君!」
美子はいきなり声を張った。
「急に大きい声を出さないでよ。それにさっきから何か緊張してるよね。展開的に先に言っとくけど、告白とかは無意味だよ。君に異性としての興味はない」
「ち…違うわよ…ある意味告白になるのかもしれないけど…逆に、あなたに告白してもらいたいの!」
美子は体から汗が滲み出てくるのを感じた。
「僕が告白?何を?」
美子は小さくて深い深呼吸をした。
そして絞り出すような声でジュンに問いかけた。
「私が今日来たのは、嘆願書でも勉強のことでもないの。あなたに聞きたいことがあって来たのよ……ジュン君、5人を殺したのは…あなたね…」
美子は単刀直入に質問をぶつけた。
ジュンは何も言わず、美子の顔をしばらく見つめたままだった。
美子もジュンの目をじっと見つめ続けていた。
そして静寂が10秒ほど過ぎた頃、ジュンは大きくため息をつき、口を開いた。
「大橋さん…僕は忙しいんだよ。全国で1位を取り続ける人間が、どんな生活を送っているのか君は知らないよね」
美子は黙って聞いていた。
「君のために費やす予定の1時間。1時間あれば、僕がどれだけのものを理解し、どれだけのものを覚えられるか、君にはわからないよね。いくら記憶力がいいといっても、永遠に覚えていられるわけじゃない。砂に描いた絵が風で吹かれて飛ぶように、少しずつ薄れていくんだ。だから定期的に復習する。そして記憶力だけじゃトップにはなれない。どんな複雑な応用にも対応できる力がいるんだ。教科書にも教材にも載ってないような難問。そういうものをクリアしていくには、こういう些細な時間も無駄にはできないんだよ」
黙っている美子に構わず、ジュンは話し続けた。
「そんなバカなことを言うためにわざわざここへ来たのなら、本当いい迷惑だよ。教師の次は僕が犯人?5人を殺した?何をどう考えればそんなトンチンカンな結論に至るのか。それに人を人殺し呼ばわりして、それ自体が罪になるのはわかってる?」
ここでやっと美子も口を開いた。
「違ってたらごめんなさいって謝るわ…私この前、竹内真以外の現場を見て廻ったの。そして気づいたのよ。あなたの遺族への説明、あれは全部現場にいないとわからないことばかりよ!」
ジュンはポカンと口を開けた。
「ちょっと待ちなよ…まさかあの説得の話だけで僕を犯人だと決めつけたってこと?もしそうなら君、無茶苦茶だよ?犯人しか知り得ない情報、そう捉えるのはわかる。けど僕は遺族を説得させるために、あえて信憑性の高い言い方をしてたんだよ」
ジュンは制服を脱ぎ、ベッドの上へ放り投げながら話を続けた。
「言わなかっただけで、前提として『現場を見ている』という意味を含ませてたんだよ。全てわざとだ。段差とか川とか暗さとか、そんなものは曖昧な表現でも大抵の事は当てはまる。そんな事に相手もいちいち突っ込んでこない。その程度のことは訪問前からわかってたことじゃないか。そもそも僕が彼らを憎む理由はない。もちろん殺す理由もないし、殺したいとも思わない。人を殺すなんてそう単純じゃないことくらいわかるだろう?勘違いも度を超えたらただのバカだよ、大橋さん」
少しずつ強い口調になっていくジュンに、美子は言葉に詰まった。
フラッシュは言葉のニュアンスの乱れを読み取る。嘘を見抜くことができる。
でもそれは説明できない。
「超能力で過去を見てきた」と言い張るくらいの理屈。
美子はフラッシュのことは言いたくても言えなかった。
「た…確かにあなたの言うことは最もよ…けど…」
けど私の直感があなたを犯人だと言ってる…
確かにフラッシュは100%じゃない
でも初めてリアルで起こったフラッシュ…
本や映画の時より鮮明で強烈だった
間違ってるとは思えない
ただ…確かにこの人には動機がない
彼らと話してるのも見たことがない
そもそも18歳のこんな優等生が5人も殺すなんて無茶苦茶な話…
直感で犯人だなんていう事自体も…
やっぱりこの人は殺してなんか…
「冷静になってくれたかな。落ち着いたのなら、今日はもう帰ってほしいんだ。嘆願書や勉強の事もここに来るための嘘だったみたいだしね。幼馴染が死んで混乱していたって事にしてあげるよ」
美子は俯いたまま下唇を噛み締めていた。
これ以上ジュンを問い詰める材料がない。
ジュンの想像と現実が一致してた事実自体も、根拠としては成り立たないレベル。
万が一ジュンがボロを出せばという程度の薄いもの。
美子はこれ以上何も出来ないことを悟った。
「ご…ごめんなさい…」
美子はジュンの顔を見れずに小声で呟いた。
「わかってくれたのならもういいよ。あとついでに言っておくけど、実は僕も遺族の家を廻った翌日、君と同じように4件の現場に行ってるんだ」
「え…」
「遺族の嘆願書で警察が動いてくれなかった場合、学校で署名運動して千人規模の署名を集めるつもりだったからね。その案内書を作るなら、きちんと現場を見といた方がいいと思って」
すでに美子には小さな罪悪感が生まれていた。
「そ…そうなの…そんなに真剣に考えてくれてたんだ…」
遺族の嘆願書が反故された時のことまで考えて…
もしこの人が犯人なら、警察が動けば自分にも少なからずリスクがあるはず…
嘆願書を出そうとするのは本気なんだわ…
やっぱりこの人は…
犯人じゃない…
「変なこと言って本当にごめんなさい。じゃあ私…帰るね…」
美子はバツの悪そうな顔をしてドアの方へ歩き始めた。
「とりあえず嘆願書を出して警察の対応を待てばいいよ。監視カメラもない所だったから、とにかく警察の力が必要だよ」
「え…?」
美子はドアの前で立ち止まった。
「ジュン君…今、なんて…?」
「ん?警察の力が必要だと言ったんだよ」
「違う、その前…」
「ああ、監視カメラもないって所?」
美子は体ごと振り返り、ジュンを凝視した。
「カメラ…なかったの…?」
「……?」
ジュンは美子が何にそんなに食いついているのかわからなかった。
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