ギフテッド

habatake

文字の大きさ
上 下
6 / 9

6話

しおりを挟む
「その椅子に座ればいいよ」

部屋に入ると、ジュンはベッド、美子はジュンの椅子にそれぞれ腰をかけた。
美子は部屋を見渡しながら、どういう風に切り出そうかと考えていた。しかしそれ以上に、ジュンの部屋がとても気になっていた。


これが全国1位の成績を取る人の部屋…
もっと辞書や参考本でぎっしりなのかと思ったら、とてもスッキリしてるのね…
机にはノートパソコン1台と大学ノートが数冊。ペンなんて2種類しかない。
壁には世界地図のポスターと、隣にリュックサックが一つ掛けられてる。
あとは4段の本棚が一つだけ…

本棚の一番上のあれ…料理の本…?
間違いない、料理の本がたくさんある。
料理が好きだなんて、超意外だわ。

二段目には農作物とか園芸…?の本がたくさん…
これも意外。自給自足でもするつもりなのかしら…

三段目は…東洋医学…?
そういう類の本で埋まってる。
現実主義っぽいのに東洋医学にも興味を持ってるのね…

四段目は…
あ、世界史。世界史でいっぱい。やっとそれらしき本があったわ。 

でも漫画とか小説は一冊もない。
私とは対照的な本棚ね…

ハッ…
っていうかどうしよう…
何から切り出せばいいのか…
曖昧に話したり言葉に詰まったりすると簡単に反論されちゃうわ…
下手すれば帰される…


「で、嘆願書はみんなで提出できたの?」


突然ジュンに話し掛けられ、美子はびっくりした。

「えっ!?た…嘆願書!?うん、あ、えーと…実はまだなの!」

「まだ?じゃあもっと必要なものがあったとか?」

「うん、えっ、いや、必要なものというか…」


ダメだわ
これじゃらちが明かない
ここはもうストレートに問い詰めるしかない
そもそもこの人相手に理屈でどうにかしようなんて無理な話だわ


「ジュン君!」

美子はいきなり声を張った。

「急に大きい声を出さないでよ。それにさっきから何か緊張してるよね。展開的に先に言っとくけど、告白とかは無意味だよ。君に異性としての興味はない」

「ち…違うわよ…ある意味告白になるのかもしれないけど…逆に、あなたに告白してもらいたいの!」

美子は体から汗が滲み出てくるのを感じた。

「僕が告白?何を?」

美子は小さくて深い深呼吸をした。
そして絞り出すような声でジュンに問いかけた。

「私が今日来たのは、嘆願書でも勉強のことでもないの。あなたに聞きたいことがあって来たのよ……ジュン君、5人を殺したのは…あなたね…」

美子は単刀直入に質問をぶつけた。
ジュンは何も言わず、美子の顔をしばらく見つめたままだった。
美子もジュンの目をじっと見つめ続けていた。
そして静寂が10秒ほど過ぎた頃、ジュンは大きくため息をつき、口を開いた。

「大橋さん…僕は忙しいんだよ。全国で1位を取り続ける人間が、どんな生活を送っているのか君は知らないよね」

美子は黙って聞いていた。

「君のために費やす予定の1時間。1時間あれば、僕がどれだけのものを理解し、どれだけのものを覚えられるか、君にはわからないよね。いくら記憶力がいいといっても、永遠に覚えていられるわけじゃない。砂に描いた絵が風で吹かれて飛ぶように、少しずつ薄れていくんだ。だから定期的に復習する。そして記憶力だけじゃトップにはなれない。どんな複雑な応用にも対応できる力がいるんだ。教科書にも教材にも載ってないような難問。そういうものをクリアしていくには、こういう些細な時間も無駄にはできないんだよ」

黙っている美子に構わず、ジュンは話し続けた。

「そんなバカなことを言うためにわざわざここへ来たのなら、本当いい迷惑だよ。教師の次は僕が犯人?5人を殺した?何をどう考えればそんなトンチンカンな結論に至るのか。それに人を人殺し呼ばわりして、それ自体が罪になるのはわかってる?」

ここでやっと美子も口を開いた。

「違ってたらごめんなさいって謝るわ…私この前、竹内真以外の現場を見て廻ったの。そして気づいたのよ。あなたの遺族への説明、あれは全部現場にいないとわからないことばかりよ!」

ジュンはポカンと口を開けた。

「ちょっと待ちなよ…まさかあの説得の話だけで僕を犯人だと決めつけたってこと?もしそうなら君、無茶苦茶だよ?犯人しか知り得ない情報、そう捉えるのはわかる。けど僕は遺族を説得させるために、あえて信憑性の高い言い方をしてたんだよ」

ジュンは制服を脱ぎ、ベッドの上へ放り投げながら話を続けた。

「言わなかっただけで、前提として『現場を見ている』という意味を含ませてたんだよ。全てわざとだ。段差とか川とか暗さとか、そんなものは曖昧な表現でも大抵の事は当てはまる。そんな事に相手もいちいち突っ込んでこない。その程度のことは訪問前からわかってたことじゃないか。そもそも僕が彼らを憎む理由はない。もちろん殺す理由もないし、殺したいとも思わない。人を殺すなんてそう単純じゃないことくらいわかるだろう?勘違いも度を超えたらただのバカだよ、大橋さん」

少しずつ強い口調になっていくジュンに、美子は言葉に詰まった。

フラッシュは言葉のニュアンスの乱れを読み取る。嘘を見抜くことができる。
でもそれは説明できない。
「超能力で過去を見てきた」と言い張るくらいの理屈。
美子はフラッシュのことは言いたくても言えなかった。

「た…確かにあなたの言うことは最もよ…けど…」


けど私の直感があなたを犯人だと言ってる…
確かにフラッシュは100%じゃない
でも初めてリアルで起こったフラッシュ…
本や映画の時より鮮明で強烈だった
間違ってるとは思えない

ただ…確かにこの人には動機がない
彼らと話してるのも見たことがない
そもそも18歳のこんな優等生が5人も殺すなんて無茶苦茶な話…
直感で犯人だなんていう事自体も…

やっぱりこの人は殺してなんか…


「冷静になってくれたかな。落ち着いたのなら、今日はもう帰ってほしいんだ。嘆願書や勉強の事もここに来るための嘘だったみたいだしね。幼馴染が死んで混乱していたって事にしてあげるよ」

美子はうつむいたまま下唇を噛み締めていた。
これ以上ジュンを問い詰める材料がない。
ジュンの想像と現実が一致してた事実自体も、根拠としては成り立たないレベル。
万が一ジュンがボロを出せばという程度の薄いもの。
美子はこれ以上何も出来ないことを悟った。

「ご…ごめんなさい…」

美子はジュンの顔を見れずに小声で呟いた。

「わかってくれたのならもういいよ。あとついでに言っておくけど、実は僕も遺族の家を廻った翌日、君と同じように4件の現場に行ってるんだ」

「え…」

「遺族の嘆願書で警察が動いてくれなかった場合、学校で署名運動して千人規模の署名を集めるつもりだったからね。その案内書を作るなら、きちんと現場を見といた方がいいと思って」

すでに美子には小さな罪悪感が生まれていた。

「そ…そうなの…そんなに真剣に考えてくれてたんだ…」


遺族の嘆願書が反故ほごされた時のことまで考えて…
もしこの人が犯人なら、警察が動けば自分にも少なからずリスクがあるはず…
嘆願書を出そうとするのは本気なんだわ…
やっぱりこの人は…
犯人じゃない…


「変なこと言って本当にごめんなさい。じゃあ私…帰るね…」

美子はバツの悪そうな顔をしてドアの方へ歩き始めた。

「とりあえず嘆願書を出して警察の対応を待てばいいよ。監視カメラもない所だったから、とにかく警察の力が必要だよ」

「え…?」

美子はドアの前で立ち止まった。

「ジュン君…今、なんて…?」

「ん?警察の力が必要だと言ったんだよ」

「違う、その前…」

「ああ、監視カメラもないって所?」

美子は体ごと振り返り、ジュンを凝視した。

「カメラ…なかったの…?」

「……?」

ジュンは美子が何にそんなに食いついているのかわからなかった。

「4人の現場とも詳しく調べたけど、周囲にカメラはなかったよ」

その時、美子にゾクリと寒気が走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

時雨荘

葉羽
ミステリー
時雨荘という静かな山間の別荘で、著名な作家・鳴海陽介が刺殺される事件が発生する。高校生の天才探偵、葉羽は幼馴染の彩由美と共に事件の謎を解明するために動き出す。警察の捜査官である白石涼と協力し、葉羽は容疑者として、鳴海の部下桐生蓮、元恋人水無月花音、ビジネスパートナー九条蒼士の三人に注目する。 調査を進める中で、葉羽はそれぞれの容疑者が抱える嫉妬や未練、過去の関係が事件にどのように影響しているのかを探る。特に、鳴海が残した暗号が事件の鍵になる可能性があることに気づいた葉羽は、容疑者たちの言動や行動を鋭く観察し、彼らの心の奥に隠された感情を読み解く。 やがて、葉羽は九条が鳴海を守るつもりで殺害したことを突き止める。嫉妬心と恐怖が交錯し、事件を引き起こしたのだった。九条は告白し、鳴海の死の背後にある複雑な人間関係と感情の絡まりを明らかにする。 事件が解決した後、葉羽はそれぞれの登場人物が抱える痛みや後悔を受け止めながら、自らの探偵としての成長を誓う。鳴海の思いを胸に、彼は新たな旅立ちを迎えるのだった。

【毎日20時更新】怪盗ジェスターと人食い鬼

ユーレカ書房
ミステリー
帝都を騒がす神出鬼没の義賊・怪盗ジェスター。 彼が持つもうひとつの顔こそ、私立探偵の橋本雅文である。 あるとき、帝都で発生した宝石商襲撃事件の犯人としてジェスターの名が挙がっているという話を聞いた雅文は、襲撃された宝石商・宮園家の生き残りである美月の護衛として、彼女が世話になっている小野寺家に潜り込む。〈偽ジェスター〉が彼女にさらなる危害を加えることを危惧する雅文だったが、小野寺家に隠されていたのは彼の懸念を上回るおぞましい秘密だった……。 【登場人物】 橋本雅文/怪盗ジェスター・・・探偵と怪盗の顔を使い分け、理不尽な境遇に陥れられた人々を救い出すことを信条としている青年。義賊として広く知られており、司法の光が届かない難解な事情を抱えた人々からの依頼を請け負うことが多い。自分の名を騙って宮園家の当主夫妻を殺害した〈偽ジェスター〉を追うため、宮園美月の護衛となる。 宮園美月・・・・・宝石商・宮園家の令嬢。ある晩突如両親を〈ジェスター〉に殺害されてしまい、家を継ぐには若すぎたため、ひとまず遠縁の小野寺家に引き取られる。読書家で、自分でも探偵小説を書いている。以前から義賊のジェスターに憧れを抱いていたのだが……。 小野寺誠三・・・・小野寺家の当主。画商、画家。両親を失った美月を保護し、養父として養育する。不眠に悩まされているらしい。 小野寺加代・・・・誠三の妻。引き取られてきた美月に対して小野寺家で唯一厳しくあたり、家事を言いつけたり外出を管理したりする厳格な人。 松田晴海・・・・・小野寺家に雇われたばかりの使用人。美月に襲撃事件のことを根掘り葉掘り聞いてしまったため、彼女から敬遠されている。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

孤島の洋館と死者の証言

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽は、学年トップの成績を誇る天才だが、恋愛には奥手な少年。彼の平穏な日常は、幼馴染の望月彩由美と過ごす時間によって色付けされていた。しかし、ある日、彼が大好きな推理小説のイベントに参加するため、二人は不気味な孤島にある古びた洋館に向かうことになる。 その洋館で、参加者の一人が不審死を遂げ、事件は急速に混沌と化す。葉羽は推理の腕を振るい、彩由美と共に事件の真相を追い求めるが、彼らは次第に精神的な恐怖に巻き込まれていく。死者の霊が語る過去の真実、参加者たちの隠された秘密、そして自らの心の中に潜む恐怖。果たして彼らは、事件の謎を解き明かし、無事にこの恐ろしい洋館から脱出できるのか?

人形の家

あーたん
ミステリー
田舎に引っ越してきた ちょっとやんちゃな中学3年生の渚。 呪いがあると噂される人形の家があるその地域 様子のおかしい村人 恐怖に巻き込まれる渚のお話

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

迷子の人間さん、モンスター主催の『裏の学園祭』にようこそ

雪音鈴
ミステリー
【モンスター主催の裏の学園祭について】 ≪ハロウィンが近い今日、あちら側とこちら側の境界は薄い――さあさあ、モンスター側の世界に迷い込んでしまった迷子の人間さん、あなたはモンスター主催のあるゲームに参加して、元の世界に帰る権利を勝ち取らなくてはいけません。『裏の学園祭』が終わる前にここから抜け出すために、どうぞ頑張ってください。ああ、もちろん、あなたがいるのはモンスターの世界、くれぐれも、命の危険にはご用心を――≫

処理中です...