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4話
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ジュンは驚いて立ち止まった。
「僕も一緒に!?」
「うん…こんな事ジュン君に頼むのはお門違いで、面倒臭いと思われるのはわかってるんだけど…」
「……」
「ジュン君が一緒に遺族の人に言ってくれたら、遺族の人も協力してくれやすいと思うの」
「ああ、1人より2人ってこと…」
「ううん、そうじゃなくて。ジュン君3年間ずっと成績が1位じゃない。そんな頭のいい子が事件かもって言ってくれたら、遺族の人達もそうかもしれないと考えてくれると思うのよ」
「ああ、なるほどね…」
「ジュン君が全国レベルでトップにいることは生徒の親でも知ってるほど有名なことだから、ジュン君の言葉は凄く説得力があるの。だからお願い、付いてきてくれない?」
「……」
実際に警察が動いたとすれば、この女の言う通りまずは教師を調べ始めるだろう。
だが教師のアリバイが成立して証拠も出なければ、捜査は打ち切りとなり偶然の事故だったと片付けられる。もう調べる対象者などいないからだ。
警察は遺族の嘆願を無下にはできない手前、街をうろつく警官や監視カメラを増やすくらいはするだろう。
面倒くさいと言って断ってもいいが…
ここは敢えて教師を調べさせ、偶然の事故だったと不可逆的に結論づけてもらうのが得策だ。
今はこの大橋美子に協力し、適当な所で離れることにするか…
「わかった、一緒に行ってあげるよ」
「ほんとッ?ありがとうジュン君!」
「でも横にいるだけだよ。長く話し込んだりはしない。事件の可能性があるってことを伝えるくらいで、さっき君が話した事を根拠にさせてもらうよ」
「うん、それで充分よ!私が言うよりジュン君に言ってもらう方が効果的だもの」
そうして2人は午後から被害者宅を訪ねていくこととなった。
美子はジュンに事故の状況を把握してもらうため、記録していたそれぞれの被害者の詳細を見せて説明した。
ーーーーー
1人目ー石井涼子
4月16日夜8時頃、電話を操作しながら歩行中、道路脇の溝へ足を滑らせ転倒。その際に頭を強打して気を失い、水の中に顔を浸けたまま溺死。
電話を操作しながらというのは警察の推測だが、電話のフリップが開いて落ちていたため。
2人目ー竹内真
5月22日夜9時頃、町外れの工場に忍び込み、地下ピットに降りた際に配管から漏れていたCOガスにより酸欠のため即死。
窃盗目的なのかは不明。
3人目ー松木典子
6月14日夜8時頃、自転車で走行中に前輪が溝に落ちて前方へ転倒。頭部を強打した際に突起物が脳に達して死亡。
4人目ー成田遼一
7月8日夜11時頃、閉店後のスーパー3階の駐車場から転落死。検死でアルコールが大量に検出されたため、酩酊状態での行動と思われる。
5人目ー真鍋一希
8月12日夜8時頃、足首を毒ヘビに噛まれたまま自転車で走行中、川へ転落して死亡。噛まれた場所は不明。
ーーーーー
「これが事故の詳細。携帯電話を持たせてもらってたのは石井涼子だけで、電話の中にも誰かと会う形跡は見当たらなかったわ。家に入る前にもう一度見せるね」
「いや、見せなくていい。覚えたよ。行こうか」
「は?覚えたって…メモ見て1秒くらいしか経ってないわよ!?覚えたってどういうこと!?」
「そのまんまの意味だよ。暗唱しようか?」
「え…あ…あなた…そんなの頭がいいとか勉強できるとかの次元じゃないじゃない…記憶したって……パソコンが画像を保存するみたいに…?ずるいわよ…ホントに人間なの…?」
「一度訪問したみたいだから5人の家は知ってるよね?今日中に終わらせよう」
淡々と進捗させようとするジュンに驚きながら、美子は遺族の家へ案内を始めた。
ー
今僕は、僕が殺した人間の遺族に事件だと説きに行こうとしている…
フフ…
妙な気分だ
遺族は僕が犯人と知らずに僕の話を真剣に聞くということか…
フフフ…
面白い光景だな
ー
フフッ
………
「ん…?ジュン君、今笑った?」
「え?……いや、笑ってないよ」
ーそして6時間後。
時刻は18時過ぎたばかりだった。
やはりジュンがいることが大きかったせいか、遺族6人分の署名捺印が入った嘆願書が2人の手元にはあった。
「今日はホントにありがとうジュン君。最初はみんなビックリしてたのに、やっぱりジュン君の説明ですぐ納得してくれてたね。誘って大正解、効果絶大って感じよ。殺人なら犯人を殺してやる、なんて怖いこと言う親もいたけど…、まあ当然よね」
「嘆願書は遺族6人で警察署へ行って提出した方がいいよ。あれは絶対的なものではなく、ただのお願い用紙だから。警官の心を動かすつもりで出さなきゃならない」
「うん。提出には私も一緒に行くつもりだから、それは私から伝えておく。じゃあ、何か進展があったらまた言うね。教室では必要以上に話し掛けないから安心して」
「そうしてくれるとありがたいよ。じゃあ、僕はもうこれで帰るね」
「うん、本当にありがとう。気をつけて」
ジュンは笑顔もなく、面倒な仕事を一つ片付けた男の顔になっていた。
ー本当は面倒臭かったんだろう
美子はそんなジュンの心境がわかっていた。
振り返ることなく帰っていくジュンを、美子はしばらく見つめていた。
本当はメモを一瞬で記憶できた理由を聞きたかったが聞くのをやめていた。
根掘り葉掘り聞かれるのは嫌がるだろう
そんな気遣いだった。
ーありがとうジュン君。
遺族への説得…完璧だった。
私の根拠以上に…
その時突然、美子の頭の中が真っ白になり、声と残像が凄まじいスピードで脳内を交錯した。
『あんな段差に』
『暗くて見えにくい場所』
『ガス漏れの警報装置』
『酩酊で階段を』
『浅瀬の川』
『全員が容疑者に』
『犯人は天才的』
『可能性は1%』
カメラのフラッシュのように、ジュンの言葉の断片が美子の頭の中でチカチカと瞬時に再生された。
「え…フラッシュ…どうして…」
美子は深妙な顔になり、小走りで家に帰った。
美子の家はジュンと別れた場所から徒歩15分ほどの場所にあった。
「ただいま!」
玄関を開けると美子はすぐ自分の部屋へ入り、先ほど再生した言葉を殴り書きでノートに書き込んだ。
「そんな……ジュン君…あなたが殺したっていうの…?」
美子は顔が青ざめ、しばらく呆然としていた。
「僕も一緒に!?」
「うん…こんな事ジュン君に頼むのはお門違いで、面倒臭いと思われるのはわかってるんだけど…」
「……」
「ジュン君が一緒に遺族の人に言ってくれたら、遺族の人も協力してくれやすいと思うの」
「ああ、1人より2人ってこと…」
「ううん、そうじゃなくて。ジュン君3年間ずっと成績が1位じゃない。そんな頭のいい子が事件かもって言ってくれたら、遺族の人達もそうかもしれないと考えてくれると思うのよ」
「ああ、なるほどね…」
「ジュン君が全国レベルでトップにいることは生徒の親でも知ってるほど有名なことだから、ジュン君の言葉は凄く説得力があるの。だからお願い、付いてきてくれない?」
「……」
実際に警察が動いたとすれば、この女の言う通りまずは教師を調べ始めるだろう。
だが教師のアリバイが成立して証拠も出なければ、捜査は打ち切りとなり偶然の事故だったと片付けられる。もう調べる対象者などいないからだ。
警察は遺族の嘆願を無下にはできない手前、街をうろつく警官や監視カメラを増やすくらいはするだろう。
面倒くさいと言って断ってもいいが…
ここは敢えて教師を調べさせ、偶然の事故だったと不可逆的に結論づけてもらうのが得策だ。
今はこの大橋美子に協力し、適当な所で離れることにするか…
「わかった、一緒に行ってあげるよ」
「ほんとッ?ありがとうジュン君!」
「でも横にいるだけだよ。長く話し込んだりはしない。事件の可能性があるってことを伝えるくらいで、さっき君が話した事を根拠にさせてもらうよ」
「うん、それで充分よ!私が言うよりジュン君に言ってもらう方が効果的だもの」
そうして2人は午後から被害者宅を訪ねていくこととなった。
美子はジュンに事故の状況を把握してもらうため、記録していたそれぞれの被害者の詳細を見せて説明した。
ーーーーー
1人目ー石井涼子
4月16日夜8時頃、電話を操作しながら歩行中、道路脇の溝へ足を滑らせ転倒。その際に頭を強打して気を失い、水の中に顔を浸けたまま溺死。
電話を操作しながらというのは警察の推測だが、電話のフリップが開いて落ちていたため。
2人目ー竹内真
5月22日夜9時頃、町外れの工場に忍び込み、地下ピットに降りた際に配管から漏れていたCOガスにより酸欠のため即死。
窃盗目的なのかは不明。
3人目ー松木典子
6月14日夜8時頃、自転車で走行中に前輪が溝に落ちて前方へ転倒。頭部を強打した際に突起物が脳に達して死亡。
4人目ー成田遼一
7月8日夜11時頃、閉店後のスーパー3階の駐車場から転落死。検死でアルコールが大量に検出されたため、酩酊状態での行動と思われる。
5人目ー真鍋一希
8月12日夜8時頃、足首を毒ヘビに噛まれたまま自転車で走行中、川へ転落して死亡。噛まれた場所は不明。
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「これが事故の詳細。携帯電話を持たせてもらってたのは石井涼子だけで、電話の中にも誰かと会う形跡は見当たらなかったわ。家に入る前にもう一度見せるね」
「いや、見せなくていい。覚えたよ。行こうか」
「は?覚えたって…メモ見て1秒くらいしか経ってないわよ!?覚えたってどういうこと!?」
「そのまんまの意味だよ。暗唱しようか?」
「え…あ…あなた…そんなの頭がいいとか勉強できるとかの次元じゃないじゃない…記憶したって……パソコンが画像を保存するみたいに…?ずるいわよ…ホントに人間なの…?」
「一度訪問したみたいだから5人の家は知ってるよね?今日中に終わらせよう」
淡々と進捗させようとするジュンに驚きながら、美子は遺族の家へ案内を始めた。
ー
今僕は、僕が殺した人間の遺族に事件だと説きに行こうとしている…
フフ…
妙な気分だ
遺族は僕が犯人と知らずに僕の話を真剣に聞くということか…
フフフ…
面白い光景だな
ー
フフッ
………
「ん…?ジュン君、今笑った?」
「え?……いや、笑ってないよ」
ーそして6時間後。
時刻は18時過ぎたばかりだった。
やはりジュンがいることが大きかったせいか、遺族6人分の署名捺印が入った嘆願書が2人の手元にはあった。
「今日はホントにありがとうジュン君。最初はみんなビックリしてたのに、やっぱりジュン君の説明ですぐ納得してくれてたね。誘って大正解、効果絶大って感じよ。殺人なら犯人を殺してやる、なんて怖いこと言う親もいたけど…、まあ当然よね」
「嘆願書は遺族6人で警察署へ行って提出した方がいいよ。あれは絶対的なものではなく、ただのお願い用紙だから。警官の心を動かすつもりで出さなきゃならない」
「うん。提出には私も一緒に行くつもりだから、それは私から伝えておく。じゃあ、何か進展があったらまた言うね。教室では必要以上に話し掛けないから安心して」
「そうしてくれるとありがたいよ。じゃあ、僕はもうこれで帰るね」
「うん、本当にありがとう。気をつけて」
ジュンは笑顔もなく、面倒な仕事を一つ片付けた男の顔になっていた。
ー本当は面倒臭かったんだろう
美子はそんなジュンの心境がわかっていた。
振り返ることなく帰っていくジュンを、美子はしばらく見つめていた。
本当はメモを一瞬で記憶できた理由を聞きたかったが聞くのをやめていた。
根掘り葉掘り聞かれるのは嫌がるだろう
そんな気遣いだった。
ーありがとうジュン君。
遺族への説得…完璧だった。
私の根拠以上に…
その時突然、美子の頭の中が真っ白になり、声と残像が凄まじいスピードで脳内を交錯した。
『あんな段差に』
『暗くて見えにくい場所』
『ガス漏れの警報装置』
『酩酊で階段を』
『浅瀬の川』
『全員が容疑者に』
『犯人は天才的』
『可能性は1%』
カメラのフラッシュのように、ジュンの言葉の断片が美子の頭の中でチカチカと瞬時に再生された。
「え…フラッシュ…どうして…」
美子は深妙な顔になり、小走りで家に帰った。
美子の家はジュンと別れた場所から徒歩15分ほどの場所にあった。
「ただいま!」
玄関を開けると美子はすぐ自分の部屋へ入り、先ほど再生した言葉を殴り書きでノートに書き込んだ。
「そんな……ジュン君…あなたが殺したっていうの…?」
美子は顔が青ざめ、しばらく呆然としていた。
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