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音楽とオートバイ
しおりを挟むめぐは、ピアノを習ってたので
オルガンを弾くのは、そんなに辛くなかった。
パイプオルガンだったら、ロックは
難しかっただろうけど(笑)。
だから、プロコルハルムあたりに
なっちゃったかもしれない。
と、思い返すと
リチャード・ティーも、そういえば
バッハみたいにオルガンを弾いていたんだった。
「どっかで、つながってる」音楽って、そう。
日本から来たななは、音楽が鎖国(笑)で
日本の音楽ばっかり聞いてるらしいけど。
それはそれでいいのかな、なんて
めぐは思う。
「めぐ、上手だったよー」と、れーみぃは
楽しそう。
フードかぶってると、なんか
ペンギンちゃんみたい(笑)。
めぐは、魔法でオルガン弾いちゃおうかと思ったけど(笑)
やっぱり、自分で弾くから楽しいんだし、と
思い返した。
楽器を弾くひとならわかる。
自分の指先が、メロディーにつながっていく
あの感じ。
心と音楽がひとつになるような。
でも、めぐはなんとなく
鍵盤に物足りなさを感じて。
「管楽器してみたいなぁ」なんて、漠然と
思った。
叫ぶように、テナーサックスを吹いてみたい、
なんて。
吹けないんだけど(笑)。
「素敵な音楽ですね」誰もいないと
思っていた礼拝堂に、院長の声。
「シスター・めぐですね、今のオルガンは」
めぐは、どぎまぎしながら「はい」嘘は嫌いだ。
「自由で、いいメロディーでした。教会の
響きに似ていました」
院長は、音楽を聞く耳がしっかりとしている。
めぐが弾いた、ブリティッシュハードロック
のような音楽は、バロック音楽を基礎にしている。
教会音楽の旋法を元にして
「サック、まいでぃっく」れーみぃは、まだふざけている(笑)
「なにいってんの(笑)」と、めぐは
恥ずかしい。
本当にお嬢様なんだからなぁ、と
リサも笑った。
「吹きたいんなら、あるわよ」と、クラーレ
は、古びてあちこちへこんでる、テナーを
どこかから見つけてきた。
「ブルールーが練習に使ってたんだけど」と
バンドの仲間がいた事を
なんとなく思い出して、楽器を出してきた。
めぐが手に持つと、でも
ずっしり重い。
「女の子だったらアルトの方がいいけどね、テナーはいいわよ、音が深くて」と、クラーレ。
早速、めぐはマウスピースを当てて
吹いて見るけど、音にならない。
風が吹き抜けるだけ(笑)
リードに触れると、なにか震えるようだけど。
魔法で吹いてしまおうかと思ったけど
それじゃ、面白くないし
ルーフィーさんみたいに
魔法が消えてしまったら
もう、会いにいけない。
そんな事を、ふと思うめぐだった。
「では、みなさんごくろうさま」院長は
柔和に微笑み、そして
日曜学校も、めぐたちの一日入院も終わる。
「あーあ、終わっちゃうとなんか寂しい」と、めぐが言う。
「お祭りだったよね。あ!Naomi、オートバイ運転したーい、ね、ね?」 と、れーみぃ。
いきなりは1000ccは無理よ、と、Naomiは微笑み
「250なら貸してあげる」と、にこにこ。
ありがと、とれーみぃはにこにこ。
「日本にはいつ帰るの?」と、リサは
「わかんない。お金もないし」と、ななは
ひとりだけなんとなく現実。
まあ、歳を取るってそういう事かもしれない(笑)。
「空飛んでいけば?」と、めぐは楽しそう。
ほんとはめぐも飛べるので、連想する(笑)
修道院の廊下から、裏庭に出て
そこにある銀色のオートバイ、YAMAHA TR1の
黒いシートを、Naomiは撫でる。
「じゃあね」と、長い脚でひらりとシートを跨ぎ
キーを挿し、緑のランプを見て
右手でセルフスタータを起動した。
緑のランプが瞬いて、セルフスタータのギアが
自動車のように噛み込む音がした。
1000ccの2シリンダエンジンが、重そうに回り
低い排気音を奏でる。
ひゅるひゅる、と
面白いエンジンの音がして、空冷のエンジンは
動きはじめた。
センタースタンドを外すと、ふんわりと
空気バネのサスペンションが沈み
いかにも乗り心地がよさそうだ。
スロットルを、ひょいと捻ると
2本のシリンダは、72度ずれているので
360度と、72度違った間隔で
エンジンは、生き物のように揺れる。
大きな動物が身をよじるようで、有機的な
感じが
オートバイ乗りの心を誘う。
乗って楽しいエンジン。
オートバイは、エンジンを楽しむ乗り物でもある。
断続的な排気音は、機械として見ると
トルク変動が72度に発生するので
本当なら、4ストロークエンジンは
720度、つまり2回転で
ひとつのサイクルが成立するから
2シリンダなら、360度間隔で
爆発させるのがスムーズである。
しかし、ゴムのタイヤで舗装道路を走る時
ゴムには、ヒステリシス特性があり
捩れて戻る瞬間が最も、路面を捉える力を発揮する。
当然だ、消しゴムを机に押し付けて引いて見るといい。
弾力のあるものは、皆そういう物である。
そういうタイヤの特性を発揮させるには、
トルク変動があった方がいいのだし
変動がないと、惰性で
余計にエンジンが回ってしまう。
回転する物に慣性があるからである。
トルク変動は、適当にそれを打ち消してくれるので
乗っていて楽しいエンジンになるのだ。
たっぷりと長いストロークのサスペンションと
低いエンジン位置、重心。
72度V型エンジンならではのトルク変動。
1970年代のYAMAHAは、2010年代の
レーシングマシンにあるコンセプトを
既に完成させていて
変わらない理論で、オートバイを作り続けている。
このTR1は、だからコントロールも容易で
スロットルを戻さなければ、後輪をスライドさせても
安定して走る事の出来るオートバイであった。
電子制御などなくても、上手に作れば
オートバイはそうして走れるのである。
「さ、行くよ」とNaomiは、リアシートに乗った
れーみぃに促し。
左足でシフトペダルを踏む。
クラッチレバーを左手で握ってから、少し
間を開けて。
そうすると、オイルがまだ冷えている
クラッチが離れて良いのだ。
静かに1速に入れ、それでもエンジンは
若干震える。
1000ccなればこそ。
そのままクラッチレバーを離して、スロットルを開くと
強大なトルクは、車体と
二人の乗員を含めて、前進を始める。
地面が柔らかいので、斜めにタイヤを逃がしながら
少し空転。
モノクロスサスペンションは、しっかりと
地面を捉えているので、不安は何もない。
スキーでスライドするような安心感である。
「じゃねー、明日学校で」と、れーみぃは
後ろを振り返りながら。
太い排気音は、断続的に
楽しげに。
見送るリサは「あのオートバイは、蒸気機関車みたい」と、思い返し
「乗ってみたいなぁ」と(笑)。
Naomiは、2速、3速と上げてから
スロットルを思い切り開く。
そうした方が、楽しい事を
感覚で覚えた。
エンジンの断続的な爆発が
タイヤを捩り、スライドさせる。
車体を思い切り倒して、斜めに滑りながら
カーブを回る。
TR1ならではの走りで、ほかのどのオートバイにも
真似のできない乗り心地だ。
「楽しいね、乗馬みたい」れーみぃは
後ろのシートからNaomiにくっついて(笑)。
小柄な彼女は、それでも乗馬経験のせいか
オートバイより半身をインコーナーへ投げ出す。
タイヤが、わずかにスライドしながら
カーブを立ち上がる。
ほとんどハンドルは真っすぐなのは
リアタイヤが外回りをしているから。
どんなオートバイでも、本当は
そういう傾向になるので
アクセルを大きく開ければ、そうして走る事が
できる。
オートバイなどというものは
純粋に、遊ぶ為のもの。
小さな排気量の、例えば100ccくらいの
郵便物を運ぶバイクくらいなら、実用的で
あったりもする。
でも、Naomiが乗っているような1000ccは
殆ど遊ぶ為の機械で
そういうものを人間が好む理由は
単純に楽しいから、だろう(笑)。
操縦の難しい機械に自分が乗って、操る事を
楽しむ。
機械文明のある人間らしい楽しみかたである。
「さ、下りて」Naomiの家は、少し街から離れた丘にある。
手作りの屋根がある、広いガレージに
オートバイが数台。
頭からTR1をガレージに入れ、れーみぃを
下ろすと
軽快に、センタースタンドを掛ける。
長いサスペンションが、ふわ、と
猫の脚のように伸び、銀色のTR1は
休息の時を迎えた。
空冷のエンジンが冷えはじめて、かちかちと
音を立てる。
「貸してくれる250ってどれ?」れーみぃは
見渡すと、すぐにわかった。
「あれ?」指さす。
Naomiが頷く。
白いガソリンタンク、黒いハンドルとマフラー。
丸いヘッドライト。
シングルディスクブレーキ。
細いストライプ。
RZ250と、書かれている。
「これも、コレクション?」れーみぃが言うと
「そう。それはね、わたしが直したの」と
Naomiは平然と。
だから、壊してもいいの、って
笑顔で言って
ガソリンコックを捻り、キーを回して
軽そうなキックを踏むと、あっけなくエンジンは
掛かる。
青白い煙が出て、ぱらぱら、ぱらんぱらん、と
断続的に排気が出てくる。
「いい匂いね」と、オイルの燃える匂いを
Naomiは楽しむ。
アクセルを捻ると、軽快に
ゴムが弾けるように、エンジンは回る。
水冷2ストローク、250cc。
「35psなの、ちょうどいいでしょ」と、Naomiはバイクに跨がり、センタースタンドを外した。
柔らかいサスペンションが、TR1のように
ふんわりと沈む。
左足でギアを入れ、握ったクラッチをそのままに
アクセルを大きく捻り、クラッチを放すと
RZ250の前輪は、簡単に空を泳ぐ。
そのまま5mほど走り、ゆっくりと前輪を着地させる。
青い煙が、ガレージにたちこめる。
「いいでしょ?」と、Naomiはにこにこする。
「あたしに乗れるかしら」と、れーみぃは
ぶるぶる震える、小さな250のエンジンを見て。
ゆらゆらと揺れる黒い、先細りのマフラーに
触れる。
「坊やのちんちんみたい」と、変なお嬢様(笑)
Naomiも、ちょっと恥ずかしそうに笑う。
RZ250のエンジンを停めて、いかにも
安いつくりのパイプで作られた
サイドスタンドを掛けるNaomi。
そのスタンドは、でも
足を掛けるところがプレスで作られていて
安いながらも心のこもった設計だ。
お金を掛けない部品でも、工夫で
使い易くする考え。
今なら、そういう工夫より
値段を下げる方がいい、と
誰しも考えるだろうけれど
1978年は、まだ
値段でオートバイの価値を決めるひとは
少なかったから
わざわざ加工の手間を掛けて、見栄えの
しない黒いスタンドを作ったYAMAHA。
それは、2サイクルバイクが好きだから、
そういう気持ちだけで作られたものだから
気持ちがわかるひとが、オートバイを買う。
お金は別にして、その気持ちに共鳴するのだろう。
今もなお、RZは名車と言われているけれど
機械に、神様が宿っていると言ってもいいと思う。
なので、長い時を経ても
愛されている。
それも、愛、である。
「れーみぃ、さぁ。欲求不満なの?」笑顔で
Naomiは暖かく。
「なぁんで?」れーみぃは、笑顔で。
「変な事ばかり言うんだもの」と、Naomiは
バイクを下りて、れーみぃの隣に寄って
手の平で、れーみぃの胸に触れた。
「いやっ!」と、れーみぃは
両腕で庇い、でも「うん、Naomiならいいかも、女の子同士も」と、ふざける。
「何言ってんの」と、Naomiは
長い髪を右手で払い「なんか、抱えてんのかな?」と、れーみぃを優しく見る。
れーみぃは小柄だから、すらりと長身のNaomiを見上げ
「ん、なんかなー。よくわかんないんだ。
なにかしてみたいんだけど、なにしていいか。」
それで、変な事言うと
みんな笑ってくれるから、気が紛れるって言うか、と
れーみぃは、複雑な気持ちを打ち明けた。
れーみぃの気持ちの、本当のところは
ふつうの家に生まれ育ったNaomiには
わからないところもあるかもしれない。
英国は昔、世界に植民地を持っていたから
アジアンなれーみぃのような、この北欧で
異端に見える成功者の子女、は
それなりに育てられ方にも厳格なものが
あったりもして。
自由にしたい、と言う気持ちも
強いのだろう。
「でもねーぇ?エッチな事したーいってさぁ。
したことあるの?」と、Naomiはわかりきった事を聞く(笑)。
「Naomiだって」と、れーみぃも笑う。
そうよ、と、Naomiは再びRZ250のキーを捻り、キックを下ろした。
暖まったエンジンは、ぱらぱら、と
軽やかな音を立てる。
アクセルを大きく捻ると、軽い音を立てて
エンジンは震えながら回転を上げる。
「いいでしょ?走ろうよ」と、Naomiは
れーみぃを誘う。
エッチよりいいかもよ、と
経験がないだけに、Naomiも普通にその単語を
女の子同士なら言葉にできる(笑)。
実感があると、そうは言えない(笑)。
180度クランクの2ストロークエンジン。
細かい振動が多いので、エンジンを
柔らかくマウントし
アクセルを吹かした時だけきっちりと
支えられるように工夫してあるのは
オーソゴナル・マウントと言う考案だが
その為に、マフラーが前後に揺れるので
初期のRZ250はマフラー割れが多く発生した。
それでも、変わった機構のオートバイを
自身を持って作るのは
YAMAHAらしい主張、2サイクルのバイクを
愛すれど故の事。
機械にだって愛はあるのだ。
走ろうよ、と言ったNaomiは
れーみぃを促し、RZ250のシートに
座らせた。
柔らかいサスペンションは、軽いれーみぃが
跨いでも
じんわりと沈む。
リバウンドストロークの大きいそれは
公道でスポーツするのに必要な特性で
低い速度で走る事の多い峠道で
楽しいコーナーリングができ、安全に
走るための設計である。
2010年代のスポーツバイクが
高性能でありながら販売が伸びないのは
その、あまりにも高性能にすぎるエンジンが
高い加速度を齎す故であり
その時に破綻しないサスペンションは
つまり、低い速度では楽しめないものに
なってしまう故
普段乗っても疲れるだけの、レース専用の
ようなオートバイになってしまっているから、と
言う事が原因であったりもする。
ライダーも夢と現実がわかっておらず
4ストロークのレーシングマシンを道路で乗る事の困難さに
実感してから、手放す。
そういう事の繰り返しで、オートバイは
ライダーの夢では無くなって行ったが
誰のせいでもない。
ライダーそのものが、オートバイを
漫画のような
ものと混同している傾向のせいなのだが
生まれつき、本やゲーム、漫画で育って来た
故の
適応で
危険、と言うものへの感受性が
鈍くなってしまっているのは
安全な環境で育ったから、なので
致し方ない事でもある。
1978年は、まだオートバイの作り手にも
乗り手にも程の良さがあったので
RZ250のようなオートバイが企画できたし
人気を得たと言う事であり
だからこそ、古いオートバイに
人々は惹かれるのであろう。
「乗り心地いいー」と、れーみぃは喜び
シートの上でサスペンションを沈ませる。
ふわふわ、と揺すれるくらいに柔らかい。
「ちょっと走ってみる?」と言って
ぱらぱら、とアイドリングしているRZ250に
跨いで喜んでいるれーみぃを笑顔で見ながら
Naomi自身は、ガレージの奥で
シルバーのカバーを被っていた
小柄なオートバイを引き出した。
サイドスタンドしかない、丸っこいそれは
白と赤に塗り分けられ、紺色の
ストライプが彩る
角のヘッドライト、セパレートハンドル。
キーを捻ると、緑のランプが光り
サーボモーターの音がした。
銀色のサイドスタンドを跳ね上げると、
パネの反発で硬質な音を立てるが
ラバーストッパーもない、アルミニウムのフレームにジュラルミンのステップ。
サイドカバーもなく、低いカウリングには
RZV500R、とだけ記されている。
キックペダルを引き出し、円周状に
リアに回して。
左手は、プラスチックのチョークノブを立てる。
かなり高い位置のキックはあまり軽いとは言えないが
それは、2軸ギア連結のV型配列4シリンダ
という特異なエンジンのせいでもある。
トランスミッションを高い位置に置き、
ドライサンプとする構造は、2010年あたりのレーシングエンジンと同じだが
30年前に既にその構造は確立している事を
そのオートバイはキッククランクの重さで
ライダーに伝える。
ガソリンコックを右に回し、燃料をキャブレターに落下させる。
静かに、液体が落下する音を聞いて
コックを垂直に戻す。
万一、フロートに異物が噛んでいると
ガソリンが溢れてしまうからだ。
幸い、この時は問題なく。
キックを下ろすと、エンジンは素直に始動する。
RZ250が2台いるような、不思議な排気音は
ギアノイズを伴って回転するエンジンより伝わる。
重いスロットルを開くと、意外に軽快に
エンジンは回転を上げる。
細かい振動がフレームに伝わるのは
RZ250と違い、エンジンが直接
フレームに搭載されているため、でもあるし
2軸エンジンとバランサーのため、でもある。
しかし、88psを示す排気音は
明らかに豪快で、聴くものを官能に誘う。
「行こう」と、Naomiは
意外に低く、小さなRZV500Rのシートに座り
れーみぃの乗った、RZ250の隣に
ギアを1速に入れ、スロットルをやや開きながら
半クラッチで進める。
ギアレシオが高く、普通のバイクの2速くらいの回転なので
発進加速は苦手だけれども、それは
レーシングマシンと同じだ。
レースなら、発進は1回しかないから。
「なんでYAMAHAばっかりなの?」れーみぃは
ちょっと傾げて言うけれど
長い黒髪は真っすぐ、唇は赤く、愛らしい。
丸い頬が幼い面影を残す。
「おじいちゃんの趣味なんだけどね。Yamahaってなんとなく筋が通ってて好きなんだって」と
Naomiは言う。
2ストロークエンジンの面白さを
解ってもらいたいとRZ250を作るところ、とか
商品として考えるなら、流行の
4サイクル4シリンダで大柄なバイクを
作っていればそれでいい。
儲かるかどうかわからない2サイクルの小さなオートバイを作るあたりに
Yamahaの気持ちが見える。
オートバイを好き、と言う気持ちだ。
恋愛のような、と言ってしまうと
少し違うかもしれないけれど
少なくとも、真っすぐな気持ちはある。
そういう気持ちが、Naomiのおじいちゃんの
ような
オートバイ好きの気持ちを動かす。
世界中でRZ250は人気になった。
心のある人々が共鳴するのだ。
「じゃあ、行こう?」Naomiは
アクセルを開くと、クラッチをつなぐ。
エンジンの回転は3000rpm。
そのくらいでも、なんとか走るくらい。
2サイクルなので、不等間隔爆発をするエンジンが
ばらばらばら、と音を立てるけれど
焼玉エンジンのような、のどかな響きが
Naomiは好きだ。
本当はとても高性能なエンジンなのに
普段はのどかな感じなのは
どことなく、優しげな勇者のようだとも
Naomiは感じる。
本当に強い人々は、強がったりしない。
Naomiは、おじいちゃんの背中から
それを学んだ。
「走るね」れーみぃは
RZ250の軽いクラッチを握り
左足のシフトペダルを踏む。
普通にゴムのついたステップは、足に優しい。
振動も伝わらず、乗り心地のよいRZ250である。
回転を少し上げると、するすると走り出す。
ガレージから出て、庭をゆっくりと走る
Naomiの背中を追って、RZのスロットルを開いた。
れーみぃが、アクセルを軽く開くと
2ストローク250ccの、長い歴史のある
Yamahaエンジンは、滑らかに回る。
ガソリンタンクの下にある、後輪のサスペンションユニットに
力は伝わる。
加速しようとする、ライダーの重さと
バイクの重さを、エンジンは後輪の回転で
前に進める。
後輪を支えているのは、サスペンションユニットと
スイングアーム。
スイングアームを前に押し、後輪はバイクを進める。
当然だが、その時バネで吊られている
サスペンションユニットにも力が伝わる。
後輪は、シャフトでスイングアームに
止められているから
後輪が前に回転しようとするとき、後輪を止めているシャフトは
逆向きの力に捩られる。
例えば、ねじ回しで木ねじを締める時
右にねじ回しを回すが
掌には、重みを感じる。
それは、計ってみれば左向きの力であるけれど
それと同じである。
バイクの後輪は、バネで吊られているから
そのバネに、この、後ろむきの力が伝わると
サスペンションユニットを伸ばそうとする。
バイク自体は、慣性で後ろむきの力が
掛かっているので
RZ250のように、ガソリンタンクの下に
横向きにサスペンションユニットがついていると
オートバイの重み+ライダーの重みが
サスペンションユニットを支える事になるので
加速の時にサスペンションユニットを伸ばそうとする力と対抗して、打ち消し合う事になる。
優れた設計のRZ250である。
それで、ゆったりと安定した加速が得られるので
RZ250は、乗りやすい。
れーみぃが、いきなり乗っても
不安なく加速が出来る。
(減速は別だが)。
ふわふわと、安穏な乗り心地に
れーみぃは、楽しいと思う。
楽しいと思う事なら、お金を出しても
誰もそんなに損だとは思わない。
恋愛だって同じで、好きな事だったら
苦労とも思わない。
ひとは、気持ちで動くのだろう。
1978年の日本、YAMAHAがあった国は
まだ、オートバイ会社にオートバイが好きで
入ってきた人が、ずっとその会社にいられる国だったから
RZのように、あまり儲かる見込みはないけれど
気持ちを込めたオートバイが作れる時代だった。
返品のマフラーが会社に山積みになっても
会社は、資金調達に困る事もなかった。
企業を、銀行が支援したし
国は、銀行を支援したからだ。
それを、日本と言う国が壊したのは
1989年あたりからで
オートバイ好きの人々が、オートバイ会社に
一生勤められない環境になった。
だから、RZ250のように
オートバイ好きのため、の
企画はそもそも出てこなくなった時代が
長く続いたし
損をすると会社が資金調達に困るので
無難な事しかしなくなったりする傾向が続いて
オートバイそのものが売れなくなった。
当然だが、楽しみのために乗るものが
無難なもの、であるばかりではないだろう。
そういう環境で育った若者たちは
無難な事、安全な事。
それが溢れた街に育ったので
楽しい、と言う気持ちを忘れて育った。
喜怒哀楽、のうち
喜楽が少なく育つから
勢い、恋愛と言っても
愛したい対象が見当たらない。
喜びも、楽しみもよくわからないからだ。
異性接触は、起こる。
けれど愛も恋もなく、接触だけだ。
それは、ストレスのたまったれーみぃが
エッチな事を言うようなもので(笑)
本当は、楽しい、嬉しい事をしたいのだけれども。
できない時の、心の痛みである。
そんな時、古いオートバイRZ250は
愛を思い出させてくれる。
オートバイを愛した人々がいた事を
思い出し
そのオートバイに乗る事で、嬉しい気持ちが
蘇る。
そんな時のオートバイは、愛が宿っている
神のような存在だろう。
機械を超えて、商品を超えて。
年月をも超えたら、殆ど時空間を超えた愛である。
同じ頃、めぐは
修道院から借りてきたテナーサックスを
吹いて見ようと思って。
自分の部屋で吹くと、反響して
すごく大きな音になるので(笑)
驚いて。
ベランダに出て、吹いて見ても
あんまり綺麗な音にならない。
それはそうで、リードを
同じ音程で吹く事が出来ないと
音楽にならない。
「魔法で吹いてしまおうか」と
思ったりしてみて。
そうすると、ウインド・シンセ吹いてるみたいに
機械っぽい音楽になってしまって
面白くなかったり。
下手でも、自分の音の方が楽しいのだ。
「魔法も万能じゃないんだなーー」と
めぐは、楽器を下ろして空を見上げた。
魔法をなくしてしまったルーフィさんも
なにか、思うところがあったのかしら?
遠い、イギリスの並列世界で
魔法使いじゃなくなったルーフィは
のんびり。
「でも、居候って訳にもいかないから」
「当たり前よ。」
魔法使いだったら、お腹も減らないのだけど(笑)
ご飯も食べるし、ビールも上手い(笑)
と、なれば労働である。
とりあえず、配達の仕事を
飛行機でやろう、なんて
アイデアで。
簡単な飛行機を作った。
パイプフレームに、合繊を貼って翼にして。
オートバイのエンジンを付けた。
「飛ぶの?それ?」Megは、笑っている。
「飛ぶさ」ルーフィは
楽しそうだ。
魔法でなんでも出来た頃には、感じた事のない作り上げる喜びを感じている。
それ以上に、ひとの生きる環境も変わった。
コンピュータネットワークが入って来たのも
1990年代であり
人々は、いつでも好きな情報を得る事に
慣れる。
脳と言う生体演算機は、その環境に慣れるから
好きな状態でないと、苛立つ事が多い。
禁断症状のようなものである。
そういう脳になってしまうと、ほとんどの場合
快い状態にはなりえないから
つまりは、ひとから見て愛おしい状態には
なりにくい。
そういう意味で、愛される人々がいなければ
愛する事もできにくい。
きわめて単純な状態である。
常に、コンピュータネットワーク経由で
好きな情報を得ていないとならない人々は
例えば、オートバイが好きで
オートバイ会社に勤める事はあまりないし
オートバイ会社に居ても、コンピュータネットワーク参照の片手間に
オートバイを作ろうとしたりする。
思想もコンピュータに影響されるから
感受性より数値、機能を重視して
オートバイを選択したり、設計したりする。
それはオートバイに限らない。
自動車でも、食品でも、エンターテイメントでも、果ては恋愛でも婚姻でも。
実際に、1990年代には
高収入、高学歴、高身長と言う
男性を選ぶ基準が機能や数値で見事に選択する
風潮が存在するが(笑)
つまり、感性は否定されているのである。
それは愛ではない。
なので、心のこもったオートバイに乗る事が
それ以前の、人間らしい時代に触れる事で
あったりもするから
古いオートバイ、RZ250は
今でも、世界中で愛されている。
れーみぃが、なんとなく
親しめそうだと思ったRZ250は
高性能でありながら、巧みな設計で
乗りやすいオートバイになっているので
それ故誰からも愛された。
サスペンションの設計ひとつ見ても、安心して
加速ができる設計になっているからこその
高性能を、誰でもが引き出せる
親しめるオートバイ。
それが、乗り手への愛を込めた
作り手の設計である事は
言うまでもない。
RZとRZVは、使われる速度設定が違うだけ
なので
高速で走れば面白いのはRZV。
でも、普通に道路ならRZ。
そういう事なのだけれど
平らに舗装された道が増えた
1978年だからRZも作れた、そんな言い方も
できる。
1970年代には、山奥に行けば
舗装されていない道も多かったから。
それはつまり、国家行政の恩恵に預かっていると言う事だし
オートバイですら、環境適応している事になる。
れーみぃは、パトロールの警官になるために
オートバイの免許を取ったのだけれども
それも、どちらかと言えば
若さ故の行動力が余って、の事のようだった。
でも、それをオートバイで発散できれば
それは健康的だ。
先行するNaomiのRZV、4本のマフラーから
吐き出される青い煙は
意外に静かにたなびいている。
それを見ながら、でも250ccだから
回転を結構上げている、後追いのRZ。
しっかりと腰の落ち着いた加速で
前輪は真っすぐに進んでいる。
いかにも軽量なオートバイらしい加速だけれども
安定性の高い、素晴らしいものだ。
カーブが近づく。
アクセルを緩めて、バイクを傾けるだけで
RZ250は、素直に曲がる。
アクセルを開けば、曲がりながら
後輪だけで走っているような感覚で
いくらでも加速できそうな安心感。
れーみぃは、すっかりRZ250が気に入った。
もっと速くはしれそうな気がする、そういう
オートバイだ。
オートバイの運転だけに集中していると
受験の事や、進路の事など考えなくていいから
気分転換にいいな、そんな風に
カーブを曲がりながら、思う。
広い道に出て、小さな丘に向かって走る。
楽しく走っていると、若い男の子たちは
最新のオートバイで飛ばして行き
「すごいスピード」
鋭くエッヂの効いたデザインなんだけど
れーみぃから見ると、悪魔の顔みたいに見えて。
「ああいうのは、強がりね」と、Naomiも思う。
若い男の子は、エネルギーが余ってるから
運動したがるのだけれど
違うオートバイで競争しても、ただの遊び。
乗ってるバイクの性能が違う事が解るだけだ。
追い越して行くバイクの中には、YZFーR6もあった。
以前、Naomiのおじいちゃんも持っていたけれど
4ストロークのエンジンが好きになれず、
手放してしまった。
14000rpm、と言う高い回転になると
弾みでエンジンが余計に回ってしまうので
道路で乗っていると、停まらない時があって
危ない、と
おじいちゃんは言っていた。
(筆者も持ってましたが、同感です(笑)
速く、簡単に乗れるけれども
載せられている感じで
高いところにシートがあるから
遠隔操作しているようか感じで
走っている実感に乏しく、楽しくなくて
やっぱり、古いけど2ストロークのRZがいいと
言っていたおじいちゃんを、Naomiは
思い出す。
「若い男の子みたいに、競争するなら
早い方がいいんだろうけど」と、Naomiは独り言をいいながら
RZVをカーブさせた。
ブレーキを踏んでも、姿勢はあまり変わらないから
レーサーのように、カーブの内側に
腰をずらして走った方が楽だ。
加速すると、ちょうど
自分の体重が、バイクの後輪に掛かるように
斜め前に乗り出す。
そうすると、丁度良く走れる。
後輪の接地点を捩るように遠心力が掛かるので
加速すると、後輪がカーブを描いてくれる。
エンジンの下に水平に置かれている、RZVのサスペンションユニットは
この時、重心の遥か下にあるから
加速しようとするとき、重心を回転させようとする。
RZ250と逆で、オートバイの前輪を
地面に向ける力になるから
アクセルを開けた瞬間に、前輪にかかる力が増えてしまうので
頑固で重いハンドル感覚になる。
そんな事を考えなくても、バイクは走る(笑)。
ただ、加速するとカーブを直線的に
立ち上がろうとする傾向が強いだけだ。
対するRZ250は優雅ですらある。
適当なエンジンパワーなので、動きも穏やか。
楽しめる範囲で、道路を走れる。
カーブを過ぎて、アクセルを開くと
直線的にアウトカーブへ向かう傾向のある
RZVは、だからアンダーステアと言われて
乗れるライダーは限られた。
200km/hを超えて、コーナーを走れる
オートバイを作る事は、1984年当時は
その程度のものが普通だったから
RZVの原形であるレーサー、YZR500でも
同じ傾向であり、チャンピオンライダー
ケニー・ロバーツ(お父さん)でも
後輪を滑らせて向きを変えていたぐらいで
だから、同じ技術がなければ
RZV500Rをまともに走らせる事は
難しかった。
コーナーの外側に出ていこうとする前輪に
力を加える為に、後輪を逃がす。
TR1なら簡単な事だけれども、RZVで難しいのは一重にバイクの特性、と言うか
フレームが頑丈すぎて曲がらないため、である(笑)。
2010年代のレーサーなら、横方向への
フレーム強度は、適当に捩れるように作られて
自然にしなって曲がれるように出来ているので
250psのレーサーでも、軽快にカーブ出来るのである。
なので、Naomiの目前をYZFーR6が
すごいスピードで走っていても
それは、Naomiの技術が低い訳でもない。
オートバイが進化して、高速で走るように
作られているだけだ。
YZFーR6は、260km/hを可能にするバイクだが
その速度で走っている実感がない。
タイヤとフレームの進化で、それを可能にしたのだが
乗っていてあまり面白みのないオートバイである。
安全に高速をだせるレーシングマシンは、そういうものだろう。
競争に勝つためのバイクと、楽しむバイクは
違うのだ。
道路でオートバイの競争をするのは
愚かな事だけれども
Naomiも、若い。
追い越されて次のコーナーに消えてゆく
YZFーR6を追い越したく思った(笑)。
パワーは互角、技術はおそらくNaomiの方が上だろう。
Naomiは「ついてこないでね」と、れーみぃに
手で合図してRZVのギアを2速まで落とし
直線になってから重いスロットルを
全開にした。
ちょっとした段差でも、前輪は空を泳ぎたがるが
ほんの一瞬で、3速で回転は8000。
そのあたりで4速。
速度、180。
カーブに備えて軽くブレーキをかけ
スロットルを開けて回転を合わし、シフトダウン。
ショットガンが発射されるような、2サイクルエンジンの音を響かせて
ギアは2速に落とされる。
コーナーを回っているR6のテールが見える。
減速でフロントフォークを縮ませて
RZV500Rは、前のめりになる。
バイクの右手に身体をずらしながら、
斜め前に。
前ブレーキを離しながら、ゆっくりと
アクセルを開き、身体を左に捩りながらバイクを
左に傾ける。
後ブレーキを離しながらアクセルを大きく開くと
後輪は、外に流れる。
流れ具合をお尻で感じながら(笑)
身体の位置を調整しつつ、一定の横力を
アクセルで与えながらカーブする。
前のタイヤが外に流れようとする傾向は
相変わらずだが
それを、後輪のスライドで相殺する。
1984年のWGPで見られたような、YZR500や
TZ500のスライド走行。
それは、実のところアンダーステアの
対策であったから
スムーズな2輪ドリフトに見えるが
こんな理由である。
単純に、前輪のグリップが不足していたのだろう。
カーブを、流れるように膨らみながら
抜けてゆくRZV。
タイヤが滑っているので、回転が
ゆったり上がるような、不思議な音を立てるエンジン。
乗っていると、スキーで滑っているような
奇妙な感覚だ。
斜めに傾いたまま滑るのは、独特の感じだ。
車体を起こして、直線的にカーブを
立ち上がると
勢いがついて、R6を抜き去った。
抜き去られたYZFーR6のライダーを
RZV500Rの2ストロークエンジンは
排気煙で包む。
とてもいい香りのオイル。
スモークのスクリーンに、オイルミストが付着するのは
でも、なんとなく。
4ストロークエンジンは、2ストロークの
半分の爆発回数しかないから
同じパワーを出す為に、回転はほとんど2倍
必要だ。
しかし、その為にエンジンは摩擦抵抗に
堪えなくてはならないし
エンジンを通る空気は2倍の速度が必要である。
そんな事は不可能なので、100cc多いと言っても
同じパワーを得る時、高い回転と
摩擦、流体の抵抗に堪えながら
ライダーはエンジンを扱う。
10000rpmを超えて、パワーを搾り出す
4シリンダエンジンは、叫ぶような激しい音と
振動を発する。
それに堪えて回転をキープするだけでも疲れる。
おまけに、回転を上げてしまうと勢いがついてしまって
減速するのに時間が掛かる。
つまり、道路のように
アクシデントが起こりやすいところでは
それが命取りになったりする。
MotoGPマシンでもそれは同様で
コーナーを滑らかには回るが、2サイクルのWGPマシンのように
急激なコーナーリングは見られない。
それは、エンジンの特性によるものである。
この時のYZFーR6ライダーも、RZVに追走しようと
アクセルを大きく開けて加速を試みたが
10000rpmを超えた回転の勢いは、一定で回りたがる傾向で
RZVの弾けるような回転の上昇には
ついで行けない。
加速を始めたと思うと、コーナー。
減速を試みると、勢いのついたエンジンは
遅れて減速を始める、と
狭い道路で乗るには、全く疲れる。
オーバースピードでカーブに進入しても
さほど困る事はない。
フレームが柔らかくしなるので、上手く
コーナーをいなしてくれるが
一度タイヤがスライドを始めると
制御は難しい。
捩れたフレームの動きを予測するのが。
言ってみれば、フレームの能力を
超えてはいけない乗り物なのである。
この時のYZFーR6ライダーも、それで
追走を諦め、減速した。
ところに、れーみぃの乗る
RZ250が追い越して行く(笑)。
4ストロークエンジンは、スプリントに
向かない代物なのは
グランプリレーシングの歴史が証明した
通りである。
丘を登りきったところで
道は右にカーブしていて
左手に展望台がある、パーキングは細かい砂利が敷いてある。
スローダウンしたNaomiは、ついてきたRZ250のれーみぃを見つけて
左にウィンカーを出して、パーキングに誘った。
「バイクって面白いでしょ」と、Naomiが言うと
れーみぃは「うん!」と、ひとことだけ言い
RZ250のエンジンを止めた。
RZVのエンジンも止めると、静かな山に
遠く、YZFーR6のエンジン音が聞こえた。
近づくそのサウンドは、のんびりとしている。
「こっち来るね」
「怒ってるかなぁ」
そう、口々に言っていると
赤白の華やかなR6は、静かに減速して
パーキングの、少し離れたあたりに
バイクを止めた。
レザーのレーシングスーツと、ブーツと
ヘルメット。
良く見ると、割とレーサーっぽい服装。
ヘルメットを取った青年は、ブロンドの
爽やかな表情だった。
「速いね」それだけを言って
にこにこと微笑んだ。
バイクを下りて、こっちへ来る。
「僕はレイモン、駆け出しのレーサーさ」と言って、にこにこ。
Naomiは笑って「レーサーって、道路で飛ばさないんでしょ?」
「そう。怖くてね。道路は滑るし、対向車はあるし。一度、サーキットにおいでよ。」と、レイモンは近くにあるサーキットの名前を告げた。
「そこに、僕のレーシングチームがいつもいるから。」と言ってレイモンは、笑っていたら
小鳥の囀りに混じって、重々しい4ストロークのバイクの音が聞こえる。
ギアの音を含んだ、重量感のある音。
その、重々しい排気音の主は
青い回転灯を光らせながら
現れた。
Kawasaki Police1000。
「すごいスピードだったねぇ」
短髪で日焼けした青年は、白バイから下りた。
「ハイウェイパトロール!」れーみぃは
笑顔になった。
短髪の警官は笑い「おや、お嬢さん?こないだ詰所に来てなかった?」
れーみぃはどっきり「は、はいっ!あたし、ハイウェイパトロールになりたいんです!」
警官は、レイモンより少し年上だろうか。
「やめた方がいいよー、危ないし。白バイは」と、白い歯を見せた。
爽やかな彼は、オートバイ乗りらしい
スポーティーな感じだ。
「あ、それはそうと。結構飛ばしてたお嬢さん?すごかったねぇ。白バイで追いつかなかったもの。でも、危ないよー。飛ばすならサーキットでね」。
白バイのスピードメーターは、振り切って停止していた(笑)。
それでも、追尾できなかったから
証拠不十分で、無罪。
爽やかな警官は、白バイに跨がると
綺麗にUターンして峠を下って行った。
重々しい排気音は、やがてカーブの向こうに消えて。
「かーっこいい!」と、れーみぃは
憧れを瞳に映す。
「そだね」Naomiも、笑顔。
「飛ばすならサーキットにね」レイモンは
にこにこ。
「考えとく」Naomiはちょっと、謎めいて
微笑む。
そういう顔をすると、スーパーモデルっぽい
スタイルによく似合うけど
笑顔になると、18才なりの雰囲気で
アンバランスなところが、なんとなく
今のNaomiらしい。
レイモンは、長い脚をひらり、と
R6の後ろから回して
シートに乗った。
車体が高いR6でも、余るくらいの脚の長さで
「あれじゃないと乗れないのね」と、れーみぃは笑った。
小柄なれーみぃじゃあ、とっても足が届かないほど
R6のシートは高いのだけれども。
ライダーが高いところに乗っていると、
バイクを傾けるのは楽だ。
でも、その分乗っている実感は少なくなるし
タイアが滑った時に立て直しにくい。
そんなところもレース用のR6で、ひたすら
早く走るだけのために作られたバイク、で
RZのような、楽しむバイクとはちょっと違う。
レイモンは、ひゅう、と
エンジンを掛けて
峠の向こうへ下って行った。
「ちょっと、かっこよかったね」れーみぃが言うと
Naomiは「うん。じゃ、あれは
れーみぃにあげよう」と、笑顔になって。
「要らないよぉ」と、れーみぃも笑って
RZ250の軽いキックを踏んで、エンジンを掛けた。
もう、夕日が傾く。
軽いRZ250のエンジン音と、
なぜか少し重いRZV500Rのエンジン音が並んで。
れーみぃは「なんで、この2台は日本から輸入したの?」と、細かい事に気づく。
注意書きのステッカーが日本語なのだ。
「ああ、RZVはね、ヨーロッパ仕様はフレームがスチールなの。それで。RZ250はよくわかんないけど」と、Naomiは笑った。
どっちもヨーロッパ仕様ならRD、と言う名前で
少し、サスペンションも硬く出来ていて
Naomiたちのような女の子が乗るなら、日本仕様の柔らかいサスペンションの方が面白いと
おじいちゃんは思ったのかもしれない。
「さ、下ろうか。れーみぃはそのバイク、乗ってっていいわよ。」と、Naomi。
「ほーんとぉ?ありがと」と、れーみぃはまんまるの笑顔で喜んだ。
坂道を、ゆっくりと下っていった
Naomiとれーみぃ。
のんびりと走っていると、2ストロークは
時々点火せずに4ストロークや6ストロークになるので(笑)
のどかで、それはそれでまた楽しい。
ぽんぽんぽん、と
のどかな
排気音を聞きながら坂道を下っていると
聞き覚えのある排気音、4ストロークの
軽い排気音が
峠の向こうから戻って来た。
YZFーR6、レイモンだ。
「なんで?」と、れーみぃが思っている合間もなく
R6のレイモンは、ふざけて「いーひぃ」と
れーみぃのお尻を撫でる振りをして、追い越して行った。
「おのれ!変態フランス人!」と、Naomiは
また、シフトダウンしてR6を追い掛けて行って(笑)
今度は、下り坂なので
R6も速い。
元々、RZVは下り坂が苦手なのだ。
れーみぃは、あっけ(笑)「あの二人、相性良さそう」 なんて言いながら
のんびりとRZ250のアクセルを開けたり、
戻したり。
その度にエンジンが、のどかに
ぽんぽん、ぱらん、ぱらん、と
言葉のように排気音を奏でるのが
楽しくて。
そうやって、れーみぃは
エンジンの音を楽しんだ。
修 道院で別れた、めぐとリサは
明日、学校でね、と
家路に就いた。
高校生じゃない、ななは
とりあえずする事もないし、お金もない(笑)
「これで、飛行機に乗れるかな?」
とりあえず当てもなく修道院から歩いて
丘を下って行くと、路面電車の
見覚えのある通りへ出たので
街角を見渡して、飛行機の切符を売ってそうな
場所を探す。
あっちかな?
当てもなくぶらぶら歩いて、辿り着いた場所は
路面電車の切符を売っている、市営の観光案内所のようなところだった。
そこで、ななは聞いてみて驚く。
「日本行きの飛行機はどこから出ています?」
切符売りのお姉さんは、優しげに
穴の開いた透明な樹脂の窓の向こうで
「日本行きは、この街からは出てないし
日本に行く人もあまり居ないから、
イギリスに行った方が早いわね」
「えーーーーー!??」と、日本語で言ってしまったら
お姉さんは、変な言葉に笑い
イギリスに行ったほうがいいと言った。
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