7 / 274
第7話 伊豆の山にて
しおりを挟む
1984/10/x
伊豆の山にて
いつものホームグラウンド。
平日の朝なので、まったく車の姿はない。
すこし肌寒さも感じる程になる箱根の山麓を俺は目指していた。
ヒル・クライム。
1速でレッドぎりぎりまでまわすと、直ぐにコーナー。フルブレーキ。
モリワキ・フォーサイトのサウンドと、ホンダの直4ユニットは、
官能的なサウンドを繰り返し、コーナーが近づき、アクセルを戻すと
アフターファイアして、バラバラ、と花火がはじけるような音を立てた。
スロットルを僅かに開き、エンジンブレーキを弱める。
4ストマシンの神経質な一面。
俺は、RZVのコーナーアプローチの容易さ、フットワークの軽さを思い出して。
....やはり、GPマシン・レプリカだな...。
そう思いながら、走り慣れたコーナーに突っ込む。
腰をインサイドに落としたまま、ハード・ブレーキング。
CBX750Fの、しなやかなフォークがいっぱいに縮む。
コーナー・アウトサイドから肩越しにアペックスを睨み、瞬間、イン側の腕を抜重。
ブレーキをリリース。
ミシュラン・A48は急激に方向を転換し、セパレート・ハンドルが大きな舵角を示す。
スロットル・ワイド・オープン。
先ほどからアフター・ファイアしていたマフラーから、太く、弾けるようなサウンド。
シート荷重は高まり、俺は肩を絞るようにイン・フロントへ向けて
より、トラクションのベクトルを効果的に進める。
ミシュランM48は、しっとりとした感触で路面をグリップし、放物線を描きながら
コーナー・アペックスを舐め、アウト・コーナーへと進む。
存在感のないフロント回りに不安感を感じながらも、さらにスロットルを全開に。
91psはロードに叩き付けられ、セミ・ダブルクレードル・フレイムは
身悶えし、インライン・ユニットは悦びの歌を唄う..。
SHOEI・RFの中で俺は、愉悦、という言葉を噛みしめていた。
すこし、長いストレート。
フル・スロットルのまま、矢次早にシフト・を繰り返すと、殆ど瞬時、というか
実感なく速度計の余白は少なくなる。
整然と、与えられた仕事をこなすのみのコマンドーのようなインライン・フォア。
その存在が頼もしい反面、どこか物足りなさも感じ始めていた。
あの、V配列2×2フォア、2ストユニットを味わった今では。
峠を昇り切り、俺はスカイラインへと向かった。
このコースは、低速コーナーから、高速こーナまで、ヴァラエティのある
ミドルクラスには楽しいドライヴ・ウェイ。
ゲートをくぐって、南下する。
いくつかの中速コーナーを3速程で抑え気味に、右、左。
それでも100km/hは軽く超えている。
緩い上り坂が終わると、だらだらと下りながら、長いストレートが見える。
エンドは、140km/hほどが楽しい高速コーナーになっている。
今は、朝靄で霞んでいる。
カウルに伏せ、スロットルをストッパーまで引き絞り、シフト・アップ、また..。
あきれるほど簡単に、速度計はフル・スケールを迎える。
5速に上げ、ダークの風防越しにブレーキング・ポイントを狙う。
下り坂なので、オーヴァーランに注意しなくては....。
..と、思うと。
右側から、ナンバーの無いマシンが追い越していった...。
どうやらTZ250のようだ^^;。
ここ、時々こういう変な奴が来る。
まず、勝ち目は無いので、あっさりと見送ると、
素晴らしいスピードで軽く、ブレーキングして
最終コーナーを駆け抜けていった。
ここで、ついていかずに、じっくりと自分のマシンの能力限界まで、速度を落として
俺は、130km/h程でこのコーナーを抜け、ダウンヒル・セクションへ向かった。
16インチ泣かせの、ダウンヒル。
ここは、かなり勾配がきつい上に、回りこんだコーナーが多く、16インチの回頭性を
生かすにはきっちりとしたブレーキング技術が必要だ。
軽量、といってもこの当時としては、という意味でのこのCBXは、乾燥で214kgという
今でリッター級ツアラー並の重量であったのだから。
おかげで、いつも前輪は三角形に減っていた。
ブレーキを解除しても、スロットルを開くまでのタイム・ラグが長いため、その間の
荷重を受け止めているからだ。
同時に、これはライディング・スタイルに問題が多いこと、も示していた....。
短いストレートから、低速コーナーへ。
急な勾配で回り込む左コーナー。
2-1と、シフト・ダウンし、コーナー中よりからマシンをバンク。
バンク・センサーが不気味な音を立てて路面に接地する。
直ぐに、スロットルを全開にすると、16インチは路面を僅かに離れる。
これも、いつもの事だ。
即座に、シフト・アップし、次、緩い左に、ハング・オフしたまま入る。
2速のまま、スロットルを捻る。
深くバンクしたまま。
......が。
瞬間、タコ・メーターが盤上を駈け、トラクションが抜けた!
ドグ・クラッチが抜けた。
ハーフ・ニュートラルになり、トラクションがかからずだらだらと対向車線へ。
....南無参.....。
血の凍る一瞬。
ブラインド・コーナーの向こうからは運良く、対向車はやってこなかった。
フル・ブレーキングし、ガードレールぎりぎりでマシンを止めた。
...まだ、心臓が波打っている。
無理が祟ったのか、この頃ギア抜けが頻発していた.
エンジンを止め、ヘルメットを脱ぐと俺は前輪の傍に腰を下ろし、
安堵と、未だ醒めやらぬ緊張の中で、いま、過ぎ去った瞬間の
ヘルメットのシールド越しの風景を思い出していた。
...もし、あの時対向車が来たら......。
このコースでは、仲間が何人か死んでいる。
奴等が、呼んでいるのか?
トラブルサムなミッションを修理するか、それとも..。
立ち上がり、ガードレールに腰掛けて。
澄んだ空気と秋の空がいたく美しく感じられ、
生きている、ということにもういちど大きく安堵を覚えた。
山鳥の囀りが、なぜか耳に染み入るような気がして、
俺は、もう一度空を仰いだ。
伊豆の山にて
いつものホームグラウンド。
平日の朝なので、まったく車の姿はない。
すこし肌寒さも感じる程になる箱根の山麓を俺は目指していた。
ヒル・クライム。
1速でレッドぎりぎりまでまわすと、直ぐにコーナー。フルブレーキ。
モリワキ・フォーサイトのサウンドと、ホンダの直4ユニットは、
官能的なサウンドを繰り返し、コーナーが近づき、アクセルを戻すと
アフターファイアして、バラバラ、と花火がはじけるような音を立てた。
スロットルを僅かに開き、エンジンブレーキを弱める。
4ストマシンの神経質な一面。
俺は、RZVのコーナーアプローチの容易さ、フットワークの軽さを思い出して。
....やはり、GPマシン・レプリカだな...。
そう思いながら、走り慣れたコーナーに突っ込む。
腰をインサイドに落としたまま、ハード・ブレーキング。
CBX750Fの、しなやかなフォークがいっぱいに縮む。
コーナー・アウトサイドから肩越しにアペックスを睨み、瞬間、イン側の腕を抜重。
ブレーキをリリース。
ミシュラン・A48は急激に方向を転換し、セパレート・ハンドルが大きな舵角を示す。
スロットル・ワイド・オープン。
先ほどからアフター・ファイアしていたマフラーから、太く、弾けるようなサウンド。
シート荷重は高まり、俺は肩を絞るようにイン・フロントへ向けて
より、トラクションのベクトルを効果的に進める。
ミシュランM48は、しっとりとした感触で路面をグリップし、放物線を描きながら
コーナー・アペックスを舐め、アウト・コーナーへと進む。
存在感のないフロント回りに不安感を感じながらも、さらにスロットルを全開に。
91psはロードに叩き付けられ、セミ・ダブルクレードル・フレイムは
身悶えし、インライン・ユニットは悦びの歌を唄う..。
SHOEI・RFの中で俺は、愉悦、という言葉を噛みしめていた。
すこし、長いストレート。
フル・スロットルのまま、矢次早にシフト・を繰り返すと、殆ど瞬時、というか
実感なく速度計の余白は少なくなる。
整然と、与えられた仕事をこなすのみのコマンドーのようなインライン・フォア。
その存在が頼もしい反面、どこか物足りなさも感じ始めていた。
あの、V配列2×2フォア、2ストユニットを味わった今では。
峠を昇り切り、俺はスカイラインへと向かった。
このコースは、低速コーナーから、高速こーナまで、ヴァラエティのある
ミドルクラスには楽しいドライヴ・ウェイ。
ゲートをくぐって、南下する。
いくつかの中速コーナーを3速程で抑え気味に、右、左。
それでも100km/hは軽く超えている。
緩い上り坂が終わると、だらだらと下りながら、長いストレートが見える。
エンドは、140km/hほどが楽しい高速コーナーになっている。
今は、朝靄で霞んでいる。
カウルに伏せ、スロットルをストッパーまで引き絞り、シフト・アップ、また..。
あきれるほど簡単に、速度計はフル・スケールを迎える。
5速に上げ、ダークの風防越しにブレーキング・ポイントを狙う。
下り坂なので、オーヴァーランに注意しなくては....。
..と、思うと。
右側から、ナンバーの無いマシンが追い越していった...。
どうやらTZ250のようだ^^;。
ここ、時々こういう変な奴が来る。
まず、勝ち目は無いので、あっさりと見送ると、
素晴らしいスピードで軽く、ブレーキングして
最終コーナーを駆け抜けていった。
ここで、ついていかずに、じっくりと自分のマシンの能力限界まで、速度を落として
俺は、130km/h程でこのコーナーを抜け、ダウンヒル・セクションへ向かった。
16インチ泣かせの、ダウンヒル。
ここは、かなり勾配がきつい上に、回りこんだコーナーが多く、16インチの回頭性を
生かすにはきっちりとしたブレーキング技術が必要だ。
軽量、といってもこの当時としては、という意味でのこのCBXは、乾燥で214kgという
今でリッター級ツアラー並の重量であったのだから。
おかげで、いつも前輪は三角形に減っていた。
ブレーキを解除しても、スロットルを開くまでのタイム・ラグが長いため、その間の
荷重を受け止めているからだ。
同時に、これはライディング・スタイルに問題が多いこと、も示していた....。
短いストレートから、低速コーナーへ。
急な勾配で回り込む左コーナー。
2-1と、シフト・ダウンし、コーナー中よりからマシンをバンク。
バンク・センサーが不気味な音を立てて路面に接地する。
直ぐに、スロットルを全開にすると、16インチは路面を僅かに離れる。
これも、いつもの事だ。
即座に、シフト・アップし、次、緩い左に、ハング・オフしたまま入る。
2速のまま、スロットルを捻る。
深くバンクしたまま。
......が。
瞬間、タコ・メーターが盤上を駈け、トラクションが抜けた!
ドグ・クラッチが抜けた。
ハーフ・ニュートラルになり、トラクションがかからずだらだらと対向車線へ。
....南無参.....。
血の凍る一瞬。
ブラインド・コーナーの向こうからは運良く、対向車はやってこなかった。
フル・ブレーキングし、ガードレールぎりぎりでマシンを止めた。
...まだ、心臓が波打っている。
無理が祟ったのか、この頃ギア抜けが頻発していた.
エンジンを止め、ヘルメットを脱ぐと俺は前輪の傍に腰を下ろし、
安堵と、未だ醒めやらぬ緊張の中で、いま、過ぎ去った瞬間の
ヘルメットのシールド越しの風景を思い出していた。
...もし、あの時対向車が来たら......。
このコースでは、仲間が何人か死んでいる。
奴等が、呼んでいるのか?
トラブルサムなミッションを修理するか、それとも..。
立ち上がり、ガードレールに腰掛けて。
澄んだ空気と秋の空がいたく美しく感じられ、
生きている、ということにもういちど大きく安堵を覚えた。
山鳥の囀りが、なぜか耳に染み入るような気がして、
俺は、もう一度空を仰いだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』
M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。
舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。
80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。
「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。
「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。
日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。
過去、一番真面目に書いた作品となりました。
ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。
全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは「よろひこー」!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる