DiaryRZV500

深町珠

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第7話 伊豆の山にて

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1984/10/x


伊豆の山にて



いつものホームグラウンド。
平日の朝なので、まったく車の姿はない。

すこし肌寒さも感じる程になる箱根の山麓を俺は目指していた。

ヒル・クライム。



1速でレッドぎりぎりまでまわすと、直ぐにコーナー。フルブレーキ。
モリワキ・フォーサイトのサウンドと、ホンダの直4ユニットは、
官能的なサウンドを繰り返し、コーナーが近づき、アクセルを戻すと
アフターファイアして、バラバラ、と花火がはじけるような音を立てた。
スロットルを僅かに開き、エンジンブレーキを弱める。
4ストマシンの神経質な一面。
俺は、RZVのコーナーアプローチの容易さ、フットワークの軽さを思い出して。
....やはり、GPマシン・レプリカだな...。
そう思いながら、走り慣れたコーナーに突っ込む。
腰をインサイドに落としたまま、ハード・ブレーキング。
CBX750Fの、しなやかなフォークがいっぱいに縮む。
コーナー・アウトサイドから肩越しにアペックスを睨み、瞬間、イン側の腕を抜重。
ブレーキをリリース。
ミシュラン・A48は急激に方向を転換し、セパレート・ハンドルが大きな舵角を示す。
スロットル・ワイド・オープン。
先ほどからアフター・ファイアしていたマフラーから、太く、弾けるようなサウンド。
シート荷重は高まり、俺は肩を絞るようにイン・フロントへ向けて
より、トラクションのベクトルを効果的に進める。
ミシュランM48は、しっとりとした感触で路面をグリップし、放物線を描きながら
コーナー・アペックスを舐め、アウト・コーナーへと進む。
存在感のないフロント回りに不安感を感じながらも、さらにスロットルを全開に。
91psはロードに叩き付けられ、セミ・ダブルクレードル・フレイムは
身悶えし、インライン・ユニットは悦びの歌を唄う..。

SHOEI・RFの中で俺は、愉悦、という言葉を噛みしめていた。

すこし、長いストレート。

フル・スロットルのまま、矢次早にシフト・を繰り返すと、殆ど瞬時、というか
実感なく速度計の余白は少なくなる。

整然と、与えられた仕事をこなすのみのコマンドーのようなインライン・フォア。
その存在が頼もしい反面、どこか物足りなさも感じ始めていた。


あの、V配列2×2フォア、2ストユニットを味わった今では。


峠を昇り切り、俺はスカイラインへと向かった。

このコースは、低速コーナーから、高速こーナまで、ヴァラエティのある
ミドルクラスには楽しいドライヴ・ウェイ。
ゲートをくぐって、南下する。

いくつかの中速コーナーを3速程で抑え気味に、右、左。
それでも100km/hは軽く超えている。

緩い上り坂が終わると、だらだらと下りながら、長いストレートが見える。
エンドは、140km/hほどが楽しい高速コーナーになっている。
今は、朝靄で霞んでいる。

カウルに伏せ、スロットルをストッパーまで引き絞り、シフト・アップ、また..。

あきれるほど簡単に、速度計はフル・スケールを迎える。

5速に上げ、ダークの風防越しにブレーキング・ポイントを狙う。
下り坂なので、オーヴァーランに注意しなくては....。

..と、思うと。

右側から、ナンバーの無いマシンが追い越していった...。

どうやらTZ250のようだ^^;。

ここ、時々こういう変な奴が来る。

まず、勝ち目は無いので、あっさりと見送ると、
素晴らしいスピードで軽く、ブレーキングして
最終コーナーを駆け抜けていった。


ここで、ついていかずに、じっくりと自分のマシンの能力限界まで、速度を落として
俺は、130km/h程でこのコーナーを抜け、ダウンヒル・セクションへ向かった。




16インチ泣かせの、ダウンヒル。

ここは、かなり勾配がきつい上に、回りこんだコーナーが多く、16インチの回頭性を
生かすにはきっちりとしたブレーキング技術が必要だ。
軽量、といってもこの当時としては、という意味でのこのCBXは、乾燥で214kgという
今でリッター級ツアラー並の重量であったのだから。

おかげで、いつも前輪は三角形に減っていた。
ブレーキを解除しても、スロットルを開くまでのタイム・ラグが長いため、その間の
荷重を受け止めているからだ。
同時に、これはライディング・スタイルに問題が多いこと、も示していた....。


短いストレートから、低速コーナーへ。
急な勾配で回り込む左コーナー。

2-1と、シフト・ダウンし、コーナー中よりからマシンをバンク。
バンク・センサーが不気味な音を立てて路面に接地する。

直ぐに、スロットルを全開にすると、16インチは路面を僅かに離れる。
これも、いつもの事だ。

即座に、シフト・アップし、次、緩い左に、ハング・オフしたまま入る。

2速のまま、スロットルを捻る。

深くバンクしたまま。


......が。



瞬間、タコ・メーターが盤上を駈け、トラクションが抜けた!



ドグ・クラッチが抜けた。


ハーフ・ニュートラルになり、トラクションがかからずだらだらと対向車線へ。


....南無参.....。


血の凍る一瞬。
ブラインド・コーナーの向こうからは運良く、対向車はやってこなかった。


フル・ブレーキングし、ガードレールぎりぎりでマシンを止めた。



...まだ、心臓が波打っている。




無理が祟ったのか、この頃ギア抜けが頻発していた.



エンジンを止め、ヘルメットを脱ぐと俺は前輪の傍に腰を下ろし、

安堵と、未だ醒めやらぬ緊張の中で、いま、過ぎ去った瞬間の
ヘルメットのシールド越しの風景を思い出していた。



...もし、あの時対向車が来たら......。



このコースでは、仲間が何人か死んでいる。



奴等が、呼んでいるのか?




トラブルサムなミッションを修理するか、それとも..。


立ち上がり、ガードレールに腰掛けて。

澄んだ空気と秋の空がいたく美しく感じられ、
生きている、ということにもういちど大きく安堵を覚えた。


山鳥の囀りが、なぜか耳に染み入るような気がして、
俺は、もう一度空を仰いだ。








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