25 / 56
round-6
しおりを挟む「....特高...?なんだい、それ.....。」
「....さあ、なんだか、そういってたぜ、なんだかしらねえけどな....。
さあ、もう一仕事するぜ、ほんじゃま。」
「....ああ、悪かったね。」
僕は、電話を切る。
耳なりのような感覚で、ディジタル・ノイズが通信の感覚を残す。
.....横田が、知ってるかもしれないな....
RZV500Rに火を入れる。
さっきまで走っていたから、ロー・ギアに入れたままクラッチを切り、
イグニッションを入れて腰でマシンを押しだす、半クラッチ。
YPVSが反転する微かな音のあと、爆発の感覚。
すぐさまクラッチを握る。
2ストロークオイルの香りがあたりに漂う。
深夜の空気を響かせて、180度クランク二気筒×二のV4ユニットが
ティンパニィのような軽快なアイドリング音。
重いアクセルを開き気味にし、クラッチをつなぐ。
低速トルクの乏しい2スト・ユニットがもの憂げにマシンを押しだす。
深夜の国道を、2球のテール・ランプが赤く照らし、残像のように。
ゆっくりと、郊外の横田の家に向かった。
その、テール・ランプを、R31の汚れたフロントグラス越しに、男は眺めていた。
距離をかなり開けて、慎重に追尾。
環状線を流れにのる2ストマシンは、薄暗いヘッド・ライトに
排気煙を白く映し出す。
......さっきは、見失ったが。
交差点から、排気煙の漂う方向、オイルの匂いを追って、たどりついたのだった。
最近は2ストロークマシンも減ったので、それが足がかりになったのだ。
・
・
・
どちらかというと古い街並みの外れに、昼なお暗い鬱蒼とした林。
その一角に横田の家はある。
何故か、ひとが寄りつかないこのあたり。
住宅開発で切り開かれた山の一部が、開発されずの残っている、という
奇妙な場所だ。
もっとも、車好きの僕らとしては駐車場に困らないから好都合。
僕は、RZVのエンジンを低く押さえ、細い砂利道を登っていった。
R31は、追尾対象が入って行く先を確認し、その場所を通過。
通りをやりすごして右折し、住宅地の公園の脇に停車した。
携帯電話を取り出し、短縮でダイアル........。
「....俺だ.....。」
「久しぶりだな、おい...。」
「急で申し訳ないが、少し頼まれてくれないか...?」
「.....そうか。いや、済まない。それならいいんだ。自分でやる。」
無表情のまま、電話を切り、携帯端末をポケットに放り込んだ。
・
・
・
・
重厚な重みのある木製のオーディオ・ラック。
20畳程の空間の奥には、JBLパラゴン。
横手に置かれた真空管アンプ。
WE300Bが、橙の光を放っている。
ターンテーブルの上では、SAEC WE-308SX。
その先端で、SATINの白いカートリッジが滑らかに上下している。
炸裂するようなサウンドが、軽やかに、しかしパワフルに。
フロント・ロード・ホーンから流れている。
横田は、リスニング・ポイントの椅子で、バーボンを片手に、
少し、まどろんでいた。
部屋の電話が鳴る。
一回、二回......
心地良い時空から投げだされた彼は、不機嫌に
管球プリ・アンプの精密アッテネータを絞り、トーンアームを上げた。
砲金ターンテーブルが、たよりなさげな細い糸にドライヴされ
静かに回ったまま...
ワイアレスでない受話器を壁から取る。
聞こえてきたのは、あまり、聞きたくない声だった。
「おお.......。」
「懐かしいとも思わんがな。」
横田は、無造作に吐き捨てる。
「お断りだ。俺はもう、あんたとは縁を切ったはずだ。」
そう言うと、数秒の後、受話器をホルダーに止めた。
白熱電球に照らされて、ターンテーブルが反射する黄金の輝きに
彼は、じっと見つめている.....と。
壁掛け電話機の脇の、埋めこみヴィデオ・モニタが反応し、[busy]と
LEDが点灯した。
別人のようなすばやさでヴィデオ・モニタを擬視。
オーガニックLCDのモニタに、見慣れた2ストローク4気筒。
「......。」
彼の全身から緊張が和ぐ。
微笑みすら浮かべ、部屋のエアタイト・ドアを開き、玄関へ....
・
・
・
・
RZVを玄関の脇、ひさしのある場所を選んでパーク
慎重にサイド・スタンドを下ろす。
傾斜が少しあるので、1速に入れ、マシンを揺さぶって
ロックされたことを確認する。
ヘルメットを取り、玄関へ向かう。
古い、モルタル塗り、鉄骨造りの玄関ホールの屋根は
滑らかなカーヴを描き、先端には鋳物の飾り。
西洋的な装飾が、周囲の日本的な森林と、不思議な
アンヴィヴァレンス.....
その雰囲気を楽しみながら、木々の香気を感じていると....
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ほのぼの高校11HR-24HR
深町珠
青春
1977年、田舎の高校であった出来事を基にしたお話です。オートバイと、音楽、オーディオ、友達、恋愛、楽しい、優しい時間でした。
主人公は貧乏人高校生。
バイト先や、学校でいろんな人と触れ合いながら、生きていきます。
けど、昭和なので
のどかでした。
オートバイ、恋愛、バンド。いろいろです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
W-score
フロイライン
恋愛
男に負けじと人生を仕事に捧げてきた山本 香菜子は、ゆとり世代の代表格のような新入社員である新開 優斗とペアを組まされる。
優斗のあまりのだらしなさと考えの甘さに、閉口する香菜子だったが…
🍞 ブレッド 🍞 ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした語学留学生と女性薬剤師の物語~
光り輝く未来
青春
弾弦(だん・ゆずる)は社長の座が約束されていた。しかし、それは父親が敷いた道であり、自分の意志ではなかった。それでも従わざるを得ず、葛藤の日々を過ごしていた。
そんな中、イタリアからの移民である老パン職人と出会い、彼の店でアルバイトをすることになる。そして次第にパン作りに惹かれていく。
それからしばらく経った頃、老パン職人の里帰りに同行した弦はフィレンツェの薬局で美しい人に出会った。フローラという名前の薬剤師だった。
一目惚れだった。しかし、気持ちを打ち明けられないまま別れの時が訪れた。
ところが……、
✧ ✧
古のメソポタミアとエジプト、
中世のフィレンツェ、
現代のフィレンツェとニューヨーク、
すべての糸が繋がりながらエピローグへと向かっていく。
DiaryRZV500
深町珠
青春
俺:23歳。CBX750F改で峠を飛ばす人。
Y:27歳。MV750ss、Motoguzzi850,RZ350などを持っていた熱血正義漢。熱血過ぎて社会に馴染めず、浪人中。代々続く水戸藩御見医の家のドラ息子(^^:。
Nし山:当時17歳。RZ250。峠仲間。
などなど。オートバイをめぐる人々のお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる