バス・ドライバー日記

深町珠

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12D,由布院、定時!

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列車は、坂道を
のどかに登る。

観光列車だし、単線なので
そんなに急いでも無意味だ。

行き違いができる駅に早く着くだけである。


友里絵と、由香は
みんなのところに戻ってきて。

「あーおなか空いちゃたぁ」と、友里絵。

由香は「さっき泣いたかと思えば」と、笑う。


菜由は「なにかあったの?」

由香は「んにゃ、友里絵がね、伯母さんが遠くなっていくのを見て
おセンチになっちゃって。」



「センチメンタル・ジャーニーね」と、愛紗。


友里絵は「♪センチメートル・じゃーにぃ♪」と

「違うだろそれ、中卒女」と、笑う。


今は専門卒だってば、と、友里絵。


菜由は「一番高学歴だ」と、笑う。

友里絵は、へへー、と、楽しそう。




「お昼ごはん、まだだったね」と、菜由。


愛紗は「そうね。忘れてた」


列車は、湯平駅を通り過ぎてトンネルに入る。
単線トンネルなので、エンジンの音が響く。


トンネルを出ると、川に沿ってカーブした線路。

生コンクリート工場が、川の対岸にあったり。
狭い国道の向こう。




「この列車、食堂車はあったっけ」と、菜由。

愛紗は「ビュフェはあったと思ったけど、久留米までだと食べてる時間ないと思う」


由香は「そんなに直ぐ着くの?」


愛紗は「うん、あと一時間くらい」


「じゃ、お菓子でも食べてよか」と、菜由は
バッグからいろいろ。

クラッカー。青いセロハンに包まれた四角いそれは
どこか、外国のものらしい。

英語ではない文字が並んでいる。



チョコレート。大きな英語の文字が並んでいて。チョコレート色なのが
面白い。


「パンもあった」と、菜由は

大袋に入ったロールパンを出して。


「袋は捨てないでね」



友里絵が「どうするの?」


菜由は「うん、ミッフィーちゃんのバッグがもらえるの。21点集めると
みんなもらえる」と、にこにこ。

愛紗は「主婦になったね」と、にこにこ。



菜由は「うん、なんとなく・・・・」


由香は「幸せっていいね」


友里絵は、ロールパンを食べながら「あたしも結婚したいー。」



由香が「誰でもいいのか?」


友里絵は「まあ、そうはいかないよね」ハハハ、と笑った。


列車がカーブすると、ふんわりと揺れる。


川から少し離れ、景色が拓けてきて。
由布院盆地に入った。



ゆるーいカーブの途中、田んぼの中に
南由布駅。

「ゆふいんの森」は、通過だ。


お昼なので、長閑にお散歩をしているひとたち。

家族連れも、ちらほら。


右手の車窓には、セメント工場、製材所。


「工場があるね」と、由香。

「うん、さっきね、ヨーグルトン乳業ってあった。面白い名前」と、友里絵。


「クロレラの工場もあったね」と、愛紗。


菜由は「それ、大岡山のCOOPにもあった」と。


愛紗は「うん。懐かしかった、なんだか。」


すこし、速度を落として南由布駅を通過する「ゆふいんの森」


鉄道好きみたいな子が、線路沿いで手を振っていて。


友里絵も「おーい」と、手を振って。



列車は、道路の陸橋をくぐる。
ゆるーいスロープのようで、煉瓦が積んである。
ところどころ、汽車の煤がついているように黒くなっている。


ゆるーい大きなカーブの向こうに、由布岳が見えてくる。




大きな左カーブを、列車は減速しながら進む。
川を渡ると、黒い駅が見えてくる。

木造のようだ。


踏み切りが、昔ながらの金属のベルの音で
その辺りがのどか。


左カーブの内側は、田畑と住居で
右側にはお店とか。

そんなふうに、上手く分けられている。

駅の改札は、その、お店側にしかなく
田畑のほうに住んでいる人は、駅に来るには
少し離れた踏み切りを渡るようになる。



「しぶーい駅」と、友里絵が由布院駅を見て。
列車から見ると、塔のある教会みたいにも見える。

墨のような黒に塗られている、杉板のような壁。


そこに、硝子の大きな窓がある。



「降りてみたいね」と、由香。


「ほんと」と、菜由。

愛紗は、駅前に見えるバス会社の営業所を見ていたり。



「ゆふいんの森」が、1番線ホームに着く。

単線スルーの1番線は、特急が主に使用していて

2、3番線に普通列車が待っている。

なので、1番線の特急は、どちらに向かうか
見ていないと間違えそう。


日曜のお昼とは言え、それほどこの列車で博多に向かう人は居ないようだ。



意外に欧米人が多い。それも、欧州の人が多いようで
この列車のデザイン・センスが伺われる。



由布院駅は、改札がオープンなのだが
一応、特急は切符を見せて貰ったりもするけれど

欧米人はそれに慣れていないので、列車のところまで行ってしまう人もいて

それで、CAがドアのところにいるのだろう。



改札にいる職員は、可愛らしい女の子で
黒い、CAのものに似た制服を着て、にこやかに
切符を改めていたりしている。


「ホームに下りたい」と、友里絵。

由香は「乗り遅れるぞ」


愛紗は「大丈夫だよ、ホームに居るなら。」


「じゃ、ちょっと!」と、友里絵はぱたぱたと、真新しい靴で
駆けて行った。

由香も心配らしく、後を追った。


菜由は「愛紗、なんか気がかりな事、あるの?」


愛紗は「・・・そう。なんだか。伯母さんに国鉄の就職を頼んだけど、返事が
まだ来ないの。」



菜由は「それ、いつ頼んだの?」


愛紗は「昨日」


菜由は「それじゃ、来るワケないよ!まだ」と、笑う。

愛紗は「そっか、そうだね」
やっぱり友達っていいな、と思う。


菜由は「バスの時だって、何ヶ月も掛かったんだし」


愛紗は思い出す。宮崎で試験を受け、配属はどこでもいい、と言う
希望で。

結果が来るのに結構時間が掛かり、その間は
やきもきして待ったものだった。


「気になるんなら、電話してみたら?・・・でも、昨日じゃね」と、菜由。



愛紗も、そう言われて現実に気づく。
そんなものだ。




菜由は「でも・・・それでいいの?」


愛紗の表情を見てのことば。



愛紗は「・・・わからないの。でもね。大岡山では
ダメなんだもの」口調が砕けて。


菜由は「そっか。愛紗は、頑張りやさんだから。
それが気がかりなのね、きっと。」


愛紗自身は気づいていないけど、ダメだと烙印を押されたのが
気に入らない。

そういう気持が、どこかにあったのかもしれない。
元々、お嬢さん扱いされるのも好きでは無かった。
男と同じ仕事をするのも、そんな反発かも知れなかった。



菜由は、笑顔で「でもさ、ダメって言ったんじゃないよ。
有馬さんも、野田さんも。
事件になってからじゃ遅いって言ってるんだもの。
素直に受けないと、厚意を。
深町さんだってそう言ったんでしょ?」と、軽く。




愛紗は、考えている。すると、友里絵と由香が戻ってきて


「ねね、お弁当買ってきた!食べよ!」と、友里絵。


愛紗も、菜由も
一瞬で気分が明るくなった。


「友里絵ちゃん、由香ちゃん、ありがとう」と。



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