arcadia

深町珠

文字の大きさ
上 下
15 / 93

優しいおじいさん

しおりを挟む
書物で得た知識とは、そういうものである。

実際に見ていないから、書物の表現を信じると
現実を誤認する事がある。


原子を見たことがなければ、球体のようだと
思っても不思議はない。




詩織のいる大学では
既存のジャンルに囚われない研究が盛んであったが

神流の出た首都の大学は
もう少し、普通な。


領域に限られた研究であったから
神流のようなタイプは、どちらかと言うと異端であった。









珠子は、詩織からの電話を受けて
安堵する暇も無く、お店の仕事。


未だ修行中である。


「お、珠子。明日の仕込みな。」と、珠子の父である。



ちょっと乱暴だが、元気で温かみのある職人。
筋を通す人物であるが

それも職人ゆえ。


良いものを作る。

客に謝礼を貰う。


そういう世界に妥協は無いし、嘘もない。

代わりに厳しい世界である。



それなので、ズルイ事は嫌いになる。


それも職業ゆえ。




アーケードの住人達も、モノを作ってお店をしているから
みんな、いい人になる....。




古くからある商店街なので、追われる事もない人々だ。

借金をして事業を続けると言うような事もない。


時間に追われたりする事もない。


それで、穏やかないい人で居られる。




ふつう、会社に勤めると

時間に追われたり。

会社が借金をしていれば、その為に
仕事を多くしなければならない。

利子を払う為である。


それで、ストレスになる。




そういう事がない人々は


詩織のような、大学の研究員と言う
恵まれた立場の者から見ても



いい環境の人と映るのであろう。






そういう環境で育った珠子は、ご近所さん
みんなに愛されて育った。


それなので、ずっとそこに居たいと思うのは自然....。




珠子の母や、祖母、曾祖母も
おそらくそうであったろうから
失踪と言うよりは、なんらかの理由で
居なくなったと思うのも、ひとつの推理である。








働きながら、珠子は思う。



「こうしてお店に居るのが、何よりも幸せだなー。」


妹には理解されない、仕事好きな珠子は
今風ではないタイプ。


珠子の母もそうだった。


今の珠子のように、忙しく働いて
一日を過ごしていたけれど

モノを作る仕事に魅力を感じていたのだろう。


命題=>人=>動作

これを繰り返しているのは、実は幸せである。
暇になると雑念が生じるのである。



それも、ヒトが進化の過程で得た性質のひとつである。



雑念とは、つまり「失敗しない為の」類推である。
過去の経験から、周囲の環境に危険がないか。を
考えるように人間は出来ている。


そのため、環境に慣れるようになっていて
例えば、音、振動、臭いなどの差異に

敏感に反応し、慣れる。


そうして、外敵を察知してきたのである。



今は、そういう必要も少ないから
珠子のように、仕事を続けている人の方が
むしろ平和である。



やる事がなくなると、不安を覚えたりするものだ。



今の珠子も、そんな感じ。



「私、普通なのかな・・・。」と。
見た目が若い事を、かなり気にしている。


検査の結果が問題なくても、何かあるのではないかと
根拠の無い不安を持ってしまったりする。





「・・・それでも、神隠しがなかったかどうかは
分からないね。」と。


未知の出来事に不安を感じる珠子だった。



・・・そうなったら、どこに行くのだろう。
・・・お母さんは、どこに行ったのだろう。


「・・・でも、そこに行ったらお母さんに会えるかな。」と。

珠子はそんな風に思ったりもした。









一方の詩織は、再び
社会生物学資料室で、先程の資料を
眺めていた。



その様子に、声を掛ける年配の男。


「熱心ですねぇ。」


にこにこと微笑む丸顔の彼は、資料室に良く居る人。

時々、詩織も廊下や食堂で見かけたりする。


「あ、すみません。」と、詩織。



男は、
研究をしなくてはならないと言う切迫感がない
おだやかな表情。

ゆっくりと手を振って「いやいや、いろんな事に
興味を持つのは良い事ですね。」と。


「何か、ご不明の点でもありますか?」と。



詩織は率直に「この町には失踪が多いようですね。数値で見ても。」


分布図を見ても、データでもそう見える。



男は「うーん。この場所が
海と山に近い盆地だと言う事もありますね。平野が狭いから。」




詩織はなるほど、と思う。


人が移動して失踪するのだから、山の中や海の中では起こりにくい。
客観的にはそうなんだ。



詩織の先入観で「神隠し」だとしていたけれど。


詩織は「先生、私は神隠しのような、不思議な現象だと思っていました。」と
率直に。


男は
いやいや、僕は先生ではありません。と、笑顔で前置きしてから


「そういう可能性も有りますね。実際に人が失踪してしまう。
どこにも居ない。
まあ、今なら海外に行ったとか、考えられますが。」と、にこにこ。



「その原因を考えておりました。」と、詩織。



男は、天井を見上げて「うーん。今の科学では分からない事、の
可能性もありますね。
推理小説なら、拉致とか、そういう方向に行くんでしょうけれども。」と
笑顔。


そのユーモアに詩織も微笑んで
「そうですね。」と。言ってから


「小説、空想小説にある、タイム・リープとか。」と
少しお茶目に言った。


彼は、笑って、でも「そういう可能性もあるでしょうね。」と。


否定されなかった事に、詩織は少し驚いた。


・・・柔軟な発想の方だなぁ。と。


そう思っていると、資料室に若い研究員が入ってきて

男に「先生、こちらにいらしたのですか。」と。



詩織は驚き「すみません、存じませんで。
お邪魔してしまいました。」と。


男は、いやいや、と、手を振り「綺麗なお嬢さんとお話できて
楽しかったです。 あ、今の話。続きがあったら
暇な時に来てね。」と、にこにこ。


ポケットから名刺を出して、詩織に渡す。


それから、にこやかに
資料室の外に。


若い研究員は、後について。


詩織の手元に残った名刺には 名誉教授、とあった。 


教授さんだったのね、と
詩織は微笑んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...