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270・勾留

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 結局、ゲートを見る事は叶わなかったアレス。暫く窓際から名残惜しそうに海を眺めていたが、ふと我に返るとボヤくように呟いた。

「僕とクリミアさんは良いとして、団長をこんな長期間拘束するのって、……どうなんでしょう?」

 アレスの呟きにクリミアも大きく頷いた。

 国境を越えたパカレー兵との戦闘からまだ数ヶ月、未だ国同士の話し合いは行われず、国境の壁は無くなったままだ。
 何時また何処かの軍が侵攻してくるやもしれないそんな時に、国境を護るべき第三騎士団の団長とその騎士が、前線にも成り得るイアマを離れ遠いハバスに勾留されているのはどう考えても問題である。

「カイルさんもウルトも居るから大丈夫だと思うんだけど……、大丈夫だよね?」
「他にも訓練の時に来てくれた騎士が数名残ってくれてるみたいですけど、それでもあのパカレー軍の事を考えると……。正直、心許こころもとないですよ」

 イアマは常駐する騎士の数が一番多い街ではあるが、その多くは見習いで実践経験に乏しい者ばかり。残る正騎士達は実力はあれど普段は害獣駆除がメイン、対人戦は決して得意とは言えない。
 それに危機感を持ち、対人を想定した訓練をより多く取り入れ始めたのは極最近の話。まだまだ付け焼き刃程度で有り、練度の高い軍相手には些か分が悪い。
 今こそ、ビエルの様な実力の有る熟年指揮官が必要な筈なのだがーー。

「二度ある事は三度あるって言いますからねぇ」

 否定出来ないアレスのネガティブな予想に、クリミアはカップの中の浅緋あさあけの波に目を揺らす。

「はぁ、せめて彼がまだ居てくれたら良かったのに……」

 小さな溜息と共に無意識に漏れ出たその言葉は、紛れもないクリミアの本音だった。
 途方も無い魔力を持ちながら生活魔法すら発動出来ない変わった男だが、パカレー軍との戦闘において彼の魔法無効化レジストと奇抜な発想が二度の勝利に大きく貢献した事は間違い無い。もし不測の事態が起こっても、彼が居れば何とかしてくれそうな気がするのだ。

「えっ、彼ってまさか……、魔法無効レジストの彼の事じゃ無いですよね?」
「? ーー勿論そうだけど……」

 途端、辺りをキョロキョロと警戒する様に見回すアレス。そろりそろり窓際を離れクリミアの元までやって来ると、顔を思い切り顰めて咎める様に囁いた。

「クリミアさん、流石にそれは不味いですって!」

 いきなりの叱責にクリミアは「訳が分からない」と少しムッとした顔で聞き返す。
 
「ーー何が不味いの? だって彼はパカレー軍との戦いは両方経験してるし、どちらも魔法無効レジストがババッーっと役に立ったじゃない」
「いやいや、確かにそれはそうなんですが……。今、一体誰の所為でこんな事になってると思ってるんです? 僕達はあの男の所為で勾留されてるんですよ!」

 ビエル達三人が取り調べを受けたのはスパイと思わしき人物、つまり彼を街に、そして騎士団の内部へと意図的に引き入れた容疑である。
 聞いた誰もが鼻で笑い飛ばす様な容疑だが、「国防の為」と一部の貴族達から強い要望があったらしい。
 当然何が出る訳でも無く取り調べは済んだが、一応はまだ勾留の身。何処に目や耳があるかもわからぬ場所で、迂闊に彼の話をするのはよろしく無いとアレスは言っているのだ。

「何それ、アレスは彼を疑ってるんだ?」
「いや、そう言う事じゃなくてですね! 折角晴れそうな疑惑が強まるって言ってるんです!」

 長い拘束と不安からか次第にヒートアップする言い争い。そんな二人を鎮める様にビエルは静かに口を開いた。

「ここは商いの交渉に来たVIPが泊まる部屋だ。礼儀上、盗聴は有り得んから安心しろ。それとイアマの件だが……今、パカレーへ向かう使節団の露払つゆばらいとして第二騎士団が先行していると聞いている。今頃は丁度イアマ辺りだろう」

 パカレーへの使者に決まった第一王子ルクフェン・サーシゥ率いる使節団が廻る国内巡行の最終地イアマ。使節団は国境に近いイアマで最後の補給を済ませてからパカレー共和国へ入国する手筈となっている。
 過剰な戦力は誤解を招くーーと、今回同行しているのは王子を守るロイヤルガードが数名のみ。代わりに国内の不穏なやからを第二騎士団が先行して排除しているらしいのだ。

「えぇっ、それは本当ですか!」
「……だけど、街中の警備と広い国境の警備じゃ勝手が違いすぎやしませんかね?」

 国境警備を任されている第三騎士団とは違い、第二騎士団の役割は各都市の警備である。
 都市にはそれを治める貴族の雇用する衛兵や私兵が居るが、それとは別に王直属の部隊である第二騎士団を数名配置しているのだ。
 衛兵では手が出し辛い高位貴族が関わる物や、領主が王に反するような行為を抑えるくさび的な役目を持っている。
 過剰な私兵の増強などが判明した場合、領主であっても尋問、拘束する力を持っているのが第二騎士団である。

「第二騎士団の役目はあくまで露払いだ、こっちの業務国境警備には手を出さないだろう。しかし不測の事態が起きた時には連携して事の対処に当たってくれる筈だ」

 露払いの目的は第一王子の警備の一環、国境線に異変があった時、王子を脅かす脅威を排除すると言う目的は一致している。

「対人戦の経験は第二の方が遥に高い。今のイアマには寧ろ彼女の様な者が最適だろう」
「あれ、彼女? ーーって事は……」

「あぁそうだ、先行しているのは第二騎士団の団長、エレナ・エーギルの部隊だ」
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