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269・門《ゲート》

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「ーー素質じゃない、関係あるのは家柄だ」

 夕陽を反射する波に目を細めていたビエルは、窓を離れソファーに腰を下ろす。

「家柄ですか?」

 クリミアは目の前に座るビエルにお茶を用意しながら、その意外過ぎる理由に目をしばたたかせた。

 素質では無く家柄、一体どう言う事だろう? 

 ゲートを発明した魔法士がそれを独占する為、詠唱文言を秘匿化して代々直系にのみ伝えていると言う事だろうか? 

 首を傾げるクリミアに、訳知り顔のアレスが意気揚々と語り出す。

「実はゲートは特殊な魔道具による魔法なんです。一部では国境を維持していた古代アーティファクト級の魔道具と同じぐらい価値あると言われている魔道具で、その家の家長が代々受け継いで行くような貴重な物なんですよ!」
「そっか! 魔道具!」

 クリミアは合点が言ったと両手を合わせた。

 人前で魔法を使えばどうしたって詠唱文言を聞かれてしまう。勿論、詠唱文言だけでは理解が足りず魔法が発動する確率は低いのだが、それでも貴重で特殊な魔法であれば躍起となって解析しようとするやからも出るだろう。だが魔道具、それも現代では作れぬ程の物であれば、奪われぬ限りは独占する事が出来る。

「ーーで? そんな凄いゲートって一体どんな魔法なの? そこまで知ってるなら当然アレスは見た事あるんだよね?」

 「空からバカーンと星が落ちてきたり?」ーーと、世界を滅ぼしかね無い物騒な魔法を想像するクリミアに、アレスは引き攣った様な笑顔で頭を掻くと少し哀しげに目を伏せた。

「あはぁ、実は僕も実際には見た事が無くて……」

 魔法士としての評価が低かったあの頃のアレスは、一線で活躍するビエル達とは違い、後方支援と言う名の雑用ばかりしている様な存在だった為、実際にゲートが使用されている所を見た事が無かったのだ。
 暗黒時代を思い出し意気消沈しているアレスに代わり、実際にゲートを見ているビエルが口を開く。

ゲートは場所と場所を繋ぐ魔道具だ。そうだな……、例えばゲートを使えば一瞬でイアマに物資を送る事が出来るーーとでも言えば理解出来るか?」

 ビエルの「一瞬でイアマに……」の言葉にクリミアは思わず目を輝かせた。

「一瞬で!? 凄く良い魔法じゃないですか!」
「もっとも、制約も多いと言っていたがな」

 巨大な魔法は当然その制約も多い。  
 「勾留が解けたらイアマまで送って貰えるかも!」と、ほんの少し期待していたクリミアは、「人を送る事は出来なかった筈だ」とのビエルの言葉に、イアマまでの遠い道のりを思い出し、がっかりとこうべを垂れる。

「ーーでも、そんな凄い魔法なのにあんまり有名じゃ無いのはどうしてなんだろう?」

 人は送れ無くとも、距離を無視して一瞬で物を送れる事がどんなに凄い事かぐらいはクリミアでも理解出来る。ーーであれば、ゲートも、それを使う魔法士も、もっと名が知れ渡っていても良さそうなものだ。

 新たな疑問に再び首を傾げるクリミアに、俯いていたアレスがパッと顔を上げる。

「えっ、有名ですよ? 多分クリミアさんでも知ってますよ!」
「えぇ? 私知らないよぉー」

「いいえ、絶対知ってます! エレナ・エーギル、ほら、現第二騎士団の団長ですよ!」





 エレナ・エーギル。

 現第二騎士団の団長であり、此処ハバスを治める海将軍グリント・エーギルの娘でもある。

 何処に逃げ込もうが僅かな隙間さえあれば水によって其れを捉え、暴動があれば大波で一掃する。小規模でも大規模でも対応出来る繊細にて大胆な水魔法士、それがクリミアが知るエレナ・エーギルだった。
 
「ほらっ、やっぱり知ってるじゃないですか!」
「そりゃあ知ってるよ! だけどーー」

 何処ぞの窃盗団を捕まえたとか、攫われた貴族の娘を無事取り返したとか、それなりに武勇伝を聞く機会はあるのだが、その中で「場所と場所を繋ぐゲートらしき魔法を使った」との話を聞いた事が無かったクリミアは、どうにもゲートと彼女が結び付かない。
 
「ーー昔の海将軍と違い、エレナはゲートを自分の魔法効率の為に使っている。知らぬ者からすればゲートの印象は薄いのかもしれんな」

 海軍で活躍していた現役時代のグリント・エーギルは、陸に戻る事無く無限に戦い続けるを率いていた事で有名だが、これはゲートを港にある大倉庫郡と繋ぐ事で、燃料や食糧、武器などの即時補給をしていたと考えられる。

 一方、父がいる海軍では無く騎士の道へと進んだエレナ。グリントより魔道具を譲与されたものの、海上とは違い街中では比較的補給は容易。便利であってもゲートの利便性をいまいち活かしきれないでいた。
 そこでエレナはゲートで魔法に使用する水を調達する方法を考え出した。つまり、水魔法を顕現する時に魔力の大部分を占める「水の生成」をゲートを使う事で実際の水に置き換えたのだ。
 魔力の効率化に成功したエレナは余ったリソースを魔力操作に注ぎ込む。これにより、エレナは人の何倍、いや何十倍もの水を自在に操る事が出来る唯一無比の水魔法士となったのだ。

「成る程~、でもビエル団長、何で急にそんな話しを?」
「ーーいや、ちょうど海の上でゲートが開くのを見かけたものでな、何となく聞いてみただけだ。すまん、他意は無い」
「ええっ!? ゲート、窓から見えるんですか!」

 跳ね上がる様に窓際へ駆け寄り海を見回すアレスを見て、クリミアは「子供みたい」と呟いては呆れ顔のビエルと顔を見合わせるのだった。
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