筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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266・弁償

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「お、俺の店…………なんにも、無くなっちまった……」

 物が、魔法が、怒声がーー。
 ありとあらゆる物が飛び交う中、当たらぬ様にと体を縮こませ見ていた店内が、今はこんなにも広い。

「さぁどうだい、綺麗さっぱり片付いただろう?」

 先程までの乱散たる惨状が嘘であったかの様な光景、唖然と店を見回した店主は女の言葉に泣きそうな声を返した。

「か、片付けるったって、限度があるでしょうよ!」

 今までにも店を壊される事は何度かあった。
 酒は勿論、皿やコップなどの備品や椅子、床や壁まで壊されたのは初めてだったが、店主には支援者パトロンが居る為、不安と焦りはあれど、さして絶望感はいだいてはいなかった。

 支援者パトロンとは、金儲け、節税、趣味、情報収集といった理由から様々な支援を行う者達の事であり、その多くは貴族達だ。
 この酒場の支援者パトロンもまた金持ちの貴族であり、店主は支援を受ける代わりに売上の数%と情報、つまりは店に立ち寄る商人や冒険者達から仕入れた生の情報を提供する事になっている。
 他国の戦争に巻き込まれそうな今日こんにち、新鮮な現場の情報は貴重だと知っている支援者パトロン達もいると言う事だ。
 よって今回の被害も店主が丸々被る訳では無く、支援者パトロンからそれなりの援助を受けられるだろうと店主は楽観視していたのだ。店が壊される様な騒動の中、女と呑気に会話をしていたのはそんな理由があったからである。

 しかし、店内の全てが無くなったとなれば話は別だ。当然ながら大き過ぎる被害は支援自体を止められる、店として機能しないのであれば情報収集もへったくれも無いのだから当然である。

「悪い悪い、ちょっとばかしやり過ぎたね。なーに、そんなにしょげるんじゃないよ。こんなのは騒ぎの元凶に弁償させりゃあ良いのさ。ーーねぇ、そうだろう?」

 女は大した悪びれもせず、ガックリと膝を折る店主の肩をポンポンと叩くと、店の入口に向かって声を掛ける。そこには全身ずぶ濡れのバルボが、蹌踉めきながらも必死で立ち上がろうと踠いていた。




 ようやく立ち上がったバルボは立髪からポタポタと落ちる滴を振り払うのも忘れ、怯えが混じった瞳で女を見据える。

 持ち前の怪力で剥き出しの柱へとしがみ付き、何とか大波に耐えたバルボだったが、多人数との争いに加え激しい水流に揉まれた体はもうボロボロ、とても一戦交える余裕は無い。それを証明する様に膝は産まれたての仔馬の様にガクガクと鳴っている。
 だが、この震えが単なる疲労からくる物では無い事をバルボは知っていた。

 魔法に見慣れているこの世界の住人であるバルボでさえ度肝を抜かれた魔法、一撃でこれだけ被害を出す魔法をバルボはまだ見た事が無い。目の前にいる女は明らかにそこらの冒険者や衛兵のレベルを超えていた。

「あの波を喰らって残ってるなんて全く大した馬だよ。ほら、今日は見逃してやるからその金を黙って置いて行きな」
「バ、バル? ブルルル!」

 脅しには聞こえぬ穏やかな口調と眼差し。女に対し畏怖の念を抱き始めたバルボは、思わず頷きそうになる首をグッと堪えて横に振る。

 しかし、獣人は自分よりも強者に従順となる気質がある。「このままではいずれ心が屈する」そう感じたバルボは直ぐにこの場から逃げ出そうとキョロキョロと辺りを見回した。

「そうさ、良く見なこの店の有り様をーー。店主が可哀想だと思わないかい? 私の所為? いやいや、これはアンタらが騒ぎを起こさなきゃ無かった出来事さ」

 女は語り掛ける様に、ごく自然な立ち振る舞いで此方へと歩み寄る。そして気付いた時にはバルボの直ぐ目の前で青いピアスが揺れていた。

「さあ、もう一度だけ言うよ。金は置いていくんだ」

 耳元で囁く女の優し気な声に反し、最初に会った時と同じ海底へと引き摺り込まれる様な重圧がバルボの体にのしかかる。

「グッゥゥ」

 言いようの無い恐怖に全身が硬直する中、女の指が銭袋へと伸びる。ーーその時、バルボの耳が聞き覚えのある声を捉えた。
 
「お姉さん、もう大丈夫! ーーって、何も無いじゃん」

 に反応したかどうかは分からないが、女の気が入口へと向けられる。一瞬緩んだ重圧にバルボは尻から床へと崩れ落ちると、距離を取る様に素早くその場を後退った。

「おや、客かい? 残念だけど見ての通り今日はもう店終いってヤツさ。……それとも、もしかしてそこの馬の関係者だったりするのかい?」
「馬の関係者? それよりお姉さんはーー、いないか。……まぁそうだよねぇ」

 辺りを見回しガッカリと肩を下げるのは、間違い無くバルボ達が知る男「兄さん」である。

 尤も今は会いたく無い人物ナンバーワンでもあるのだが、そんな事は言ってられない。どちらかに金を取られるのなら兄さんに返した方が結果良さそうだ。言い訳はきっとピリルが考えてくれる。
 そう考えたバルボは男へ擦り寄り、銭袋を恭しく捧げた。

「バルルッ」
「おっ、何? あぁ、ちゃんと取り戻せたんだ、偉いぞバルボ」

 銭袋を広げ中を確認した男は褒める様にバルボの鼻先をポンと叩いた。そんな二人を見た女は合点がいったとシタリ顔で頷いた。

「あぁ成る程、アンタがその馬の親分って訳だ」

「親分? いや、そんなんじゃ無いけど……。えっと、貴方は?」

 急な言葉に男は少し驚いた様な顔で尋ねる。
 
「私かい? 私は非番のーーっと、まだ言っちゃ不味いんだった。コホンっ、まぁ私の事は綺麗好きなお姉さんとでも思っとくれ」
「…………お姉さん? あはは、いやだなぁ、さっき見たら此処にお姉さんセイレーンなんて一人も居なかったですよ!」
「バッ バルゥッ!?」
「ちょっ、痛っ! 何だよバルボ、やめろって!」

 何やら立ち込める不穏な空気を逸早く感じたバルボが男を諌めるが、時既に遅し。女は引き攣った笑みを顔に貼り付けピアスを揺らす。

「あっはっは! アンタ面白いねぇ! ……ちょっと色んな事が重なって見過ごす訳にはいかなくなっちまったよ」
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