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265・水害

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 時は夕刻、路地にも仕事終わりの人々がちらほらと見え始める。

「やばいな、あまり人目に付きたくなかったのに……」

 最近忘れがちではあるが、一応俺は「お尋ね者」と言う立場だ。

 衛兵に非協力的である貧民街と、教会という後ろ盾が付いた孤児院。この二つを隠れ蓑に普段は特に不便の無い潜伏生活をしているのだが、それはあくまで貧民街限定での話。街中ではそのアドバンテージは失われてしまう。

 この世界のお尋ね者がどう言った告知のされ方をしているのかは知らないが、あちこち張り紙でもされていたら大変だ。きっと『特徴:凄い筋肉!』とか書かれている筈だし、通報されれば誤魔化しようが無い。

「早いとこ金を取り返して帰らないと!」
 
 そう足を早めバルボを追いかける事数十分。数軒先の建物から複数人の喧騒と聞き覚えのあるいななきが聞こえて来た。
 
「あのいななきは絶対バルボだ!」

 安堵に胸を撫で下ろし、弾むように其方へと駆け出すと、それらしき建物の前に何人かの野次馬が集まっているのが見えた。
 入り口が大きく開け放たれたオープンスタイルの酒場、中から聞こえて来るのは間違い無くバルボの声(?)だ。中を覗こうと野次馬に紛れ店の入り口へと近いたその時ーー、

 ドッバァーーンッ!!

「ぬわぁっ!?」

 突然噴き出す大量の水! 
 野次馬を払う為にバケツで水でも掛けられたとかそんなちゃちな量じゃない。まるで鉄砲水を浴びせられたかの様な衝撃に俺は思わず仰け反った。

 ドドドド!!

 スプラッシュマウンテン並みに飛び散る水飛沫、店内から濁流の如く流れ出す水と木片とテーブル。正面に居た野次馬達が巻き添え食って路地の奥まで流されて行くのを呆然と見送る。

「…………な、何事?」

 一切合切いっさいがっさいを吐き出す様な水の勢いは暫くすると次第にその流れを弱め、ようやく止まった頃には周囲一帯足の踏み場も無いぐらいのガラクタで溢れ返っていた。
 
「う、うぅ……」

 大量の水と共に排出されたガラクタの中には人も混じっていたらしく、彼方此方あちらこちらからくぐもった呻き声が聞こえてくる。

「おい、大丈夫か?」
「そっちの下にもいるぞ」

 騒ぎに集まった住民達は当然の様に救助を始めた。この辺の団結力は田舎っぽいと言うか、前の世界では中々見られ無くなった光景だなと思いながら俺も参加する。
 ーーといっても瓦礫を退かす程度のもので、助けられた方も疲弊してはいるが命に別状は無さそうだ。
 
 全く、こんな街中で水害に遭うとは思わなかった。水が直ぐに止まったから良いものの、あのまま噴き出されては溺れる者も出たに違いない。

 大きめの木片を持ち上げて、下から這い出る濡れ鼠みたいになったオッさんが「おぇっ、おええっ」とえずくのを見た俺は、ふとシルバに人工呼吸をした時の事を思い出して身震いする。
 
「嫌な事思い出した所為で悪寒がしてきた! ーーって、こんだけ濡れてりゃ寒くもなるか」

 秋の夕暮れともなれば風も大分冷たい。俺は直ぐに濡れたシャツを脱ぐと、軽く絞って目元をぬぐった。

「? 何かベタつくな……これ、もしかして」

 不思議に思ってシャツを鼻に近付けると、海特有の潮の匂いがする。

(こんな街中に海水?)

 しかも俺の顔を濡らしたと言う事は、魔法で作られた物では無くという事である。

 魔法じゃないとすれば、一体この大量の海水は何処から来たのだろうか? 
 一番に考えられるのは事故や故障の類いだ。出方としては水道管の故障と言うより、溜まっていた水が一気に流れ出たって感じ、それこそ巨大な水槽が割れた様なーー。

「あっ! もしかして娼館みたいに中に人魚セイレーン用のプールでもあったとか?」

 酒場に色っぽい施設が併設されていても別に変じゃ無い。例えばバルボ達が暴れた所為でプールが壊れたとしたら? ……成る程、それなら急に大量の水が噴き出したのも、中身が海水ってのも理解出来る。

 俺が行った娼館の水部屋は真水だったが、海出身の人魚セイレーンなら海水が必要なのかもしれないし。ーーとなると、建物の中には水が無くなって困ってるお姉さんが居るかもしれない。
 エラ呼吸の彼女達は人と違って陸で溺れるのだ。

「そうだよ、俺はオッさんと口付けする為じゃなく、こう言う時の為に人工呼吸を学んだんだ! ……待てよ? この場合は肺に空気を入れるんじゃなくてエラから水が正解?」

 兎に角、俺は居るかどうかも分からない人魚セイレーンのお姉さんを助けようと、半壊した入り口から建物の中へと足を踏み入れたのだった。
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