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262・バルボvs客

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「勿論タダとは言わねえ、助けてくれた奴には礼をするぜ、一人金貨一枚だ!」

 ズンはそう叫ぶと銭袋から取り出した金貨を高く掲げて見せた。

 黄金色に鈍く光る金貨。先程まで嘲笑していた客達の目が一変して色を変える。

「そこを動くなよ馬面野郎!」
「バルゥっ!?」

 ガチャン!

「おらぁっ、石礫ストーンパレット!」

 ゴッ ガッガッガガッ

「ばっきゃろう! こんな狭い店でそんな魔法使うんじゃねー!」

 ズンの言葉が果たしてこの騒動を意図したものだったのかどうかは兎も角、只の傍観者であった酒場の客達を巻き込み、バルボvs客と言う構図を作り出す事に成功する。

 ドタンッ バタンッ ガシャンッ

 テーブルが倒れ椅子が飛ぶ、あちらこちらで酒瓶が割れるたび、店内には濃厚な酒の匂いが充満していった。

 人が疎らな時間帯なだけに酒場に居たの四~五人程度。そのどれもが酔いどれた落ちこぼれ冒険者達ではあるが、ズン達三人も加われば例えバルボが相手でも充分に勝機は有ると思われた。

 ーーところが、騒ぎを大きくした張本人であるズンは、潰れた左手を庇いながら身を低くし、そろりそろりと出口へ向かって移動し始めたではないか。

「おい、何ボケっとしてる。今のうちにズラかるぞ」
「ええ? で、でも……、皆んなであの馬面を倒すんじゃなかったの?」

 加勢するどころか逃げようとするズンを見てダズは困惑した様に大きな腹を揺らす。既にやる気満々で袖を捲り上げていたブルーノも不満気に首を横に振った。

「おいズン、吹っ飛ばされてビビっちまったのか? この人数差だぞ、負けっこねぇって!」
「それじゃあ困るんだよ!」

「ーーあん? 困るって何がーー、おっ、ズン見ろよ、今が正にチャンスってヤツじゃねえか?」

 ブルーノの視線の先には、三人の男に組み付かれ身動きが取れなくなったバルボが居た。多数であってもあのバルボを倒したとなれば箔が付く。そう言って加勢しようと身構えるブルーノをズンは怒鳴って引き止めた。

「馬鹿野朗、倒しちまったら他の奴らに金貨払わなきゃならねぇだろうが!」





「そこを動くなよ馬面野郎!」

 ズンの呼びかけに一人の男が飲みかけの酒瓶を片手にふらりと立ち上がる。直後、男の手から投げられた酒瓶はバルボの肩を掠めて飛んで行った。

「バルゥっ!?」

 ガシャンと砕けた酒瓶が壁を汚す。その音を皮切りに、我も我もーーと報酬に目が眩んだ客達がバルボへと攻撃を仕掛け始めた。

「我が手より産み出ずる石粒よ、えーと何だっけ? ……意志、そう意志を持って敵を撃てーー、おらぁっ、石礫ストーンパレット!」

 雑な詠唱から放たれる小さな石礫いしつぶて。バルボは両腕に力を入れると目の前の重いテーブルをひっくり返す。そうしてそれを盾代わりに身を縮こませた。

 ゴッ ガッガッガガッ

 熟練の魔法士が放つ石礫ストーンパレットにはショットガン並みの破壊力があるらしい。しかし、どうやらこの男にはそこまでの魔力は無いらしく、小指程の石はテーブルを貫通する事無くめり込んだ。

「ばっきゃろう! こんな狭い店でそんな魔法使うんじゃねー!」

 的を外れた幾つかを寸でのところで躱した別の客が顔を真っ赤にして怒鳴っている。

 元々放出系の攻撃魔法は敵味方が入り乱れる窮屈な空間には適さない。余程腕があるなら別だが、この場合適切なのは氷結束縛アイスバインドなどの対象者を拘束する魔法である。
 しかし氷魔法を使える者が居なかったのか、それ以降客達は魔法を使う事を諦め、椅子や棒などを構えてバルボににじり寄って行った。

「バッ、バルゥ! バブゥアブル ブルフ バフッ! ブルル、バルファバルフルゥ!」

 椅子を高く掲げ脅す様に迫る客達にバルボは無実である事を必死で訴える。ーーが、その言葉は届かない。と言うよりは理解出来る者が誰も居ない。
 長年の相棒であるピリルでさえも大まかなニュアンスで捉えているバルボの言葉である。初めて会った者達に通じろと言う方が無理がある。

 ーーだが、もし仮に理解出来たとして、一体誰がバルボの言葉を信じるだろう?

「そらっ、一斉に行くぞ!」

 下卑た笑みを浮かべ四方から襲い掛かる客達、バルボは卑屈に息を吐くと口を歪めた。

 分かっていた事だ、主な街の住民達は貧民街の者を嫌っている。例えバルボが話せても恐らく状況は何も変わら無い。

 ーーだからこそバルボは拳を振るう。

 それが正しくとも間違いでも、屈服させた方の言い分が通るのが世の中だと知っているから。

「ブルッォッ!」

 背後へと忍び寄った男が椅子を振り下ろした瞬間、全てが見えていたバルボの張り手がその顔面を弾く!

「ばぶぇっ!?」

 血唾と折れた歯を辺りに撒き散らしながら店の棚に突っ込んだ男は、追撃の如く壊れた食器が降り注いだ事により完全に沈黙した。

 「結局は言葉なんかより暴力の方が話が早いよな」ーー派手に壊れ行く食器の音を背に、バルボの血走った目がそう言って笑った。
 狂気じみたバルボの眼光におののいた客達は、それでも金貨欲しさにちっぽけな勇気を振り絞る。

「ぜ、全員で行くぞ!」

 一対一ではとても敵わない、客達はバルボ目掛けて一斉に飛び掛かかる。一人は後ろから腰に、そして腕を押さえる為に左右からは二人の男がバルボへとしがみ付いたーーが、そこまでだ。

「ぐぅーー、離すなよ! 絶対離すなよ!」
「ブルッブルルッ」

 大の大人が三人でも拘束するのが精一杯、殴るなり倒すなりの行動まではとても手が回りそうにない。
 一方のバルボも三人の男にへばり付かれては流石にキツいのか、抜け出そうと身を捩ってはみるものの現状を打開出来無いでいた。

 完全なる膠着状態。もがき続けるバルボの耳にズンの怒鳴り声が聞こえて来る。

「馬鹿野朗、倒しちまったら他の奴らに金貨払わなきゃならねぇだろうが!」

 周りに聞こえぬ程度に声を絞って怒鳴ったズンの声を明瞭に聞き取ったバルボ。不安な言葉にそちらを見れば、どさくさに紛れてズン達が出口へと向かっている所だった。

 このままでは逃げられると思ったバルボは、唯一動かせる口を大きく開けると、近くにあった手頃な頭に噛み付いた。

 ガポッ ゴリゴリッ!

 人ならざぬ大きな口を持つ馬面ならではの丸齧り攻撃。馬と言えば平らな臼歯で牧草をすり潰すイメージだが、実は牡馬ぼばには戦う為の犬歯が存在する。そしてバルボは紛れもなく男、牡馬ぼばであった。

「イタタタ! ちょっ、痛い痛い痛い!?」

 予想外の攻撃に噛まれた男は自分の額から流れる血を見て手を離すとその場にうずくまる。ようやく空いた右腕を大きく振りかぶったバルボは、そのまま前方へ回転しながら勢い良く倒れ込んだ。

「っがはぁ!」
「ぐぶぅっ!」

 柔道で言う所の一本背負いっぽんぜおい、体にへばり付いていた二人を纏めて床へと叩き付けたバルボは、すぐさま起き上がると扉に向かって跳んだ。

 ーーズダンッ!

 床を這う様に移動していたズンの頭を踏み抜く勢いでバルボの足が振り下ろされる。その余りの勢いに身をすくませたズンが上目遣いで媚びた声を出す。

「い、いやぁ…………、へへっ、返しますよ? 返しますから、どうかお助けっーーヘぶっ!」

 冷や汗を垂らしながら命乞いするズンの頭を容赦なく蹴飛ばしたバルボ。顔面蒼白な残りの二人を目の前に、ズンの懐から銭袋を乱暴に引っ張り出すと満足気にいななくのだった。

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