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261・馬面

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 空から捜索するピリルなら兎も角、走るスピードもスタミナも人並みであったバルボが、一体どうして彼等の居場所を見つけられたのだろうか?

ーーその秘密はバルボの馬面にある。

 馬面であるバルボの視界が真後ろを除く350°である事は以前話したが、実はその耳にも人間を遥かに凌ぐ聴力を兼ね備えているのだ。

 馬の聴力は約4km先の音を聞き分ける事が出来ると言う。その力をもってバルボはチンピラ達の居場所を突き止めたのである。
 ーーいや、音を辿ったとの言い方が正しいかもしれない。何せバルボは逃げるチンピラの会話を聞きながら、その声を手繰たぐる様に複雑な路地を進んで来たのだから。

 彼等の会話の内容とおよその声の発生源から、バルボの足が一件の酒場の前でピタリと止まる。開け放しの扉から中を覗くと、丁度一人の男が派手な注文をしている時だった。

「金は有る! 景気良く頼むぜ!」

 その声は紛れも無くバルボが追っていた声の持ち主だ。そう確信したバルボは扉をくぐると酒場の中へと足を踏み入れた。

 多いとは言えない酒場の客は、特にバルボに目を向けるでもなく各々おのおの酒に浸っている。
 どうやら声の主はカウンターに寄り掛かり得意気に鼻を膨らませている男の様だ。近くには店主とおぼしき男とカウンターに座る者が一人だけ。
 バルボは威嚇する様に肩を大きく怒らせると、横柄に注文を繰り返す男の元へと向かう。

「ーーゥッ!?」

 ーーその途中、底冷えする様な重圧に囚われたバルボは思わずその歩みを止めた。深い海の底へと引き摺り込まれる様に絡み付く視線、それはカウンターに座るもう一人の客から向けられたものだ。

 小さな背中からは考えられぬ程の威圧感、間違い無く強者のそれである。

 一瞬たじろぐバルボであったが、よくよく考えてみれば用が有るのはその者では無く隣の男である。
 バルボはそちらに敵意が無い事を示す様に両手をソッと上げると男を指差した。
 それが伝わったのだろうか、視線の主はそれ以上何をする訳でも無く、気付けばあれだけ重く押し掛かっていた圧も消えていた。

(バルゥ、バフルルゥ)

 恐らくはカウンターに座る客は声の主とは無関係。そう考えたバルボは気を取り直し、憎き相棒を襲った男の背後へと立つ。そうしてチラリと横を確認してから、カウンターに置いた男の手へと目掛けて思い切り己の拳を振り下ろした。

 バーーンッ!!

「いぎゃあぁああ!?」

 肉がひしゃげる感触と痛快な悲鳴。バルボはカウンターへと振り下ろした拳をそのまま横に力一杯振り払うと、酒瓶やコップと共に男を薙ぎ払った。





 ガラッガシャン! 

 吹っ飛ばされた体が他の客のテーブルを薙ぎ倒す。それでも勢いが止まらないズンはそのまま店の奥へと転がって行った。

「えっ、あれ衛兵? やっぱり衛兵が来たの!?」
「ばっ、馬鹿ちげーよ! あんな馬面な衛兵がいるもんか! ありゃあバルボだ、さっき言ったピリルの相棒が金を取り返しに来たんだよ!」

 吹っ飛ばされたズンを見て驚いたダズとブルーノは、思わず椅子から腰を浮かす。

 一瞬の静寂の後に店に響き渡るいななき。突如始まった騒動みせものに、酔った他の客達は興奮した様にテーブルを打ち鳴らし始める。

「おっ始めやがった」
「いいぞ! やれ、やっちまえ!」

 ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 火事と喧嘩は江戸の華。ーー昔の日本ではそんな事を言われていたらしいが、碌な娯楽が無いこの世界でもそれは同じ。
 野次と歓声、打ち鳴らされるリズムが店内を異様な熱気へと包み込んでゆく。

「な、何だよ、屋根の下に居りゃ見つからないって話じゃなかったのかよ……」

 貧民街の、『旋風のピリル』『馬力のバルボ』。噂程度ではあるが二人を知っているブルーノは、とんでもない事になったと後悔に頭を掻きむしる。

「バルブォッー!!」

 再びいななきが店内に響き渡る。椅子を蹴飛ばすバルボが鼻息荒く此方を見据えるのが見えた。

「ズン、ほら、しっかりしろ!」
「…………うぐぅ、ちくしょう……痛え」

 急いで床に転がるズンの元へと駆け寄るダズとブルーノ、呻くズンの体を両端から支え起こすと、逃げ場所を探して目を泳がせる。
 しかし酒場に出入り口は一つ、逃げ出すにはどうしたってあの熱り立つバルボを掻い潜らねばならない。

「ほら見ろ、俺は最初から嫌だったんだ。手を出す相手を間違えたんだよ!」
「どうするの? 僕達じゃ、とてもかないそうにないよ?」

 焦った様に文句を並べる二人、ズンは潰れた左手をさすりながら、意を決した様に大声で喚いた。

「頼むっ、助けてくれっ!」

 あっさりと降伏へと転じたズンにダズとブルーノは目を丸くする。

「ええっ!?」
「おいズン、正気かっ!?」

「う、うるせえ、黙ってろ!」

 まさかの命乞い、周囲の客達も白けた様に鼻を鳴らす。しかし、この命乞いにも思えるズンの懇願はバルボに向けた物では無かった。

「ーー誰でもいい、手を貸してくれ! そいつは貧民街の住民だ! 貧民街の獣人が俺達の金を奪いに来たんだ!」
「バッ、バルゥ!?」

 ーーこれに驚いたのはバルボだ。

 金を奪った方がその金を「奪われる」と、そう周囲に助けを求めるなんて……。盗人猛々しいとは正にこの事である。尤もそう憤るバルボもまた奪った側ではあるのだが。

 ーーしかし、当然ながらズン達を助けようとする物好きは誰も居ない。
 確かに貧民街の獣人は街の嫌われ者ではあるが、落ちぶれ冒険者であるズン達も特に好かれている訳では無かったのだ。

 底辺同士の争い、それをはたから見て飲む酒が美味いというのに、一体誰が好んでその中に混ざろうと言うのか。ーーそう周囲の客は馬鹿にした様に野次を飛ばし始める。
 だが、ズンが発した次の言葉により、酒場は全ての客を巻き込んでの大乱闘となった。


「勿論タダとは言わねえ、助けてくれた奴には礼をするぜ、一人金貨一枚だ!」

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