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256・変なのはあなただけ
しおりを挟む「ほぅ、こいつは…………」
大荷車にいっぱいなどと言うのは所謂誇張、買い取って貰いたい男のブラフだと思っていたリットン。実際に山と積まれた一角兎を目の前に暫し呆然とする。しかし直ぐに気を取り直すと、緊褌一番従業員と共に荷車への積み込みを始めた。
「手早くやるぞ! お前らだってこんな所に長居したくは無いだろう?」
「「おうっ!!」」
バケツリレーの如く次々と運ばれる一角兎。凡その大きさを揃えながら、角で毛皮を傷付け無いよう並べられてゆく。迅速、丁寧、正にプロの仕事だ。
「だ、誰だお前らっ! これはヘイズの兄貴の物だぞ!」
何の説明もなく一角兎を荷車へと積み込むリットン達に驚いたのはグルルカを始めとする孤児達だ。
アルニーとミルニーは幼年組を庇う様に立ち上がり、グルルカが唸りを上げて従業員へと飛び掛かる。
「待て待て、この人達は肉屋だよグルルカ。ティズさんがその方が良いって言うからさ、わざわざ街から来て貰ったんだ」
既所で立ち塞がった俺は、グルルカを宥めつつ、これまでの経緯をざっと話して聞かせた。
(全く焦り過ぎだ、従業員側に俺が居るんだから敵じゃ無いのは分かるだろうに……)
いつもクールなグルルカが今日は随分と好戦的だ。リーダーであるシェリーが居ないから、少しばかり気負っているのかもしれないな。
「…………本当かどうか確認してくる。帰って来るまで余計な事するな!」
「ああ、でも積み込みは続けさせるぞ。肉が腐るから、ーーなっ?」
グルルカは何か言いたそうに俺を睨んだが、結局何も言わずに戻って行った。
「うーん、シェリーとは大分打ち解けたんだけど、他の子にはまだ壁を感じるなぁ」
他の孤児達が不安気に見守る中、俺は右手で後ろ首を揉みながら、教会へと向かうグルルカの細い背中を見送った。
◇
「親方ぁ、餓鬼共が手を付けちまったヤツぁどうしやす?」
従業員の一人が既に解体された毛皮と肉を指刺した。乱雑に積まれたそれを一目見ただけで、リットンは渋顔で首を振った。
「あぁ積まなくていい、アレは売り物にならん」
グルルカ達が慣れないながらに解体した一角兎もそれなりの数があったのだが、リットンはそれを全て切り捨てた。街一番の肉屋の基準には満たなかったと言う事なんだろう。
順調に積まれゆく一角兎、あれだけあった山も残りはもう僅かである。
状態を確認する為にその中の一つを手に取ったリットンは、目利きをする様に表裏を隈なく丁寧に目でなぞる。暫くグルグルとこねくり回していたが、何やら腑に落ちないと言う顔で俺を呼んだ。
「ーーおい、コイツはどうやって仕留めた? 傷も無けりゃ骨が折れた様子も無い。品質としては申し分無いが……殺り方が分からないのは気味が悪い」
今まで数多くの獲物を解体してきたリットンも、ここまで無傷の一角兎を見るのは珍しいと言う。一匹、二匹なら兎も角、全てがこの状態となれば殺り方が気になるのも当然か。
「あー、一酸化炭素中毒なんだけど、何て説明すれば…………酸欠かな?」
「あぁっ、イッサン、タンタン? 何だか分からんが、中毒って事は毒を使ったって事だな? チッ、肉は解毒しなきゃ駄目だな」
ーーだが、毛皮の状態はすこぶる最上。
元より肉に関してはそこまで期待してなかった為、リットンにそこまでのショックは無い。だが予想を上回る体力の肉、そこに掛かる手間を考えるとーー、
ニヤけたり顔を顰めたりと表情筋が忙しいリットンは、懐から算盤チックな魔道具を取り出すと物凄い勢いでパチパチと指で弾き出す。
そうして何度か弾き直した後で、俺に見せる様に魔道具を突き出した。
「解体費と運搬費、それに解毒を引いて、ーーこれでどうだ」
「おぉ!………おぉ?」
思わず感嘆を漏らしては見たものの、差し出された魔道具の見方が分からない。分かった所でこの額で良いのかどうかも分からない。
こんな事ならケインさんを途中で帰さなきゃ良かった。
(よく分からないが、即決するのは不味い気がする)
リットンは商売人だ、最初から高値で買おうとはしないだろう。取り敢えず「あと一声!」とか何回か適当に言ってみようかなと悩んでいるとーー、
「うーん、適切な値段だとは思いますが……、もう少し何とかなりませんか?」
「おうっ!?」
「うわぁっ!?」
いつの間にか来たティズさんが、俺とリットンの間で魔道具を覗き込んでいる。
全然気が付かなかった……、そして相変わらず距離が近い!
俺と同じく一瞬たじろいだリットンは、ティズさんが聖職者だと気付いて深々と頭を下げた。
「その身なり、聖職者様でしたか」
「ええ、ここの教会と孤児院を任されてます」
いつもの様に胸の前で手を合わせ、軽く挨拶を済ませたティズは、神妙な面持ちでリットンを見上げる。
「実は今回の買い取り金の殆どは教会の寄付となる予定なんです。もう少し何とかなりませんか?」
ティズさんの言葉に俺は驚いた。回復魔法は高いとは聞いていたけど予想以上だった。
ギルド報酬をシルバに譲ってしまったヘイズには一体いくら残るのだろう。あんなに大怪我を負ったのに不憫だな……。
「しかし、もう少しと言われましてもね、運搬も解体もウチでやりますし、肉を解毒する手間もある。適切どころか大奮発ですよ?」
リットンは四角い眼鏡を直しながら、ちょっと大袈裟に体を震わす。
「でも、これから毛皮は今以上に高値で売れると聞いてます。ですから……これぐらいでいかがでしょう?」
ティズの細い指が魔道具をパチリと弾いた。
「ーーいやいや! 高値で売れるのはウチの解体技術があっての事ですよ! この金額となるとかなりウチがーー」
「……………………」
流石に交渉慣れしているのか、まった引く気の無いリットン。ティズはそれ以上何も言えず只々黙ってリットンを見上げていた。
無言になったティズに勝利を確信したリットンだったが、次第にその視線に狼狽え始めた。
「いや、それでも……うぁ? あ、あぁ…………。まぁ仕方ねえか! 今回はシスターに免じてその値段で買い取らせて貰う。ーーいや、買い取らせて下さい!」
「ありがとうございます! 貴方にフレイレル様の祝福がありますように」
「ふぁっ!?」
急に態度を変えたリットンに思わず変な声が出た。
「えっ、俺が言うのもなんだけど……それでいいの!?」
「あぁ? 良くは無いっ! だが、聖職者様に恩を売るのは悪く無いと思っただけだ。そうだ……うん、悪くない」
そう自問自答を繰り返すリットンは、ふらふらと覚束無い足取りで荷車へと戻って行く。そんなリットンを見て、ティズは安心した様に大きく息を吐いた。
「良かった! やっぱりあれが正常な反応ですよね」
「正常? あれ正常なの?? 途中から急におかしくなった様に見えたけど……」
「いいえ、あれが正常です。良かった、変なのがあなただけで」
ティズはそう言ってニコッと笑うと、踊る様な足取りで教会へと戻って行った。
変なのがあなただけって、一体どう言う意味だろう?
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