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245・凱旋

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「す、すっげぇ!」
「あれって全部一角兎アルミラージ!?」

 俺達が貧民街へと辿り着いたのはもう夕方で、丁度炊事をする為に大勢の人々が外に出ている時間だった。

 夕陽を背に荷車を引く俺の上腕二頭筋と三角筋がカッコ良すぎたのか、将又はたまた荷車に積んだ大量の獲物が目立ったのか、辺りにはあっという間に人集りが出来始めた。そうして皆が晩飯の準備をそっちのけで俺を指差しワァワァと騒ぎ出す。
 ある程度注目されるだろうとは思ったが、これまた随分と人が集まったものだ。

「だがまぁ、悪い気はしない」

 たっぷりとタンパク質を摂り、道中ずっと荷車を引いて来た俺の筋肉は、「これでもかっ!」と言う程に肥大化パンプアップされている。こんな素敵な身体を見せられて騒ぐなと言う方が無理だろう。 

 もっと良く見せてやろうと、肩の三角筋が見える様に袖を捲っていると、荷車の後ろからコソコソと囁く様な声が聞こえてくる。
 
「悦に入ってる所悪いけど、サッサと進んじゃくれないかねぇ?」
「お願い、私達にとっては余り人に見られたく無い状況なのー」

 そう蚊の鳴くような声で俺を急かすのは、荷車の後ろで顔を隠す様にうつむくバーバルとラムザだ。

「見られたく無い?」

 ーーはて? 見られたく無い状況とは何だろう?

 普通に考えて、見られたくないのはやましい事がある時や、何かを失敗した場合だ。
 しかし彼女達無法者バンディスの依頼は俺達二人の救助であり、それは既に達成されている。まぁ実際は救助と言う程の事はされていないが、俺達二人では帰り道が分からなかったし、彼らが荷車を用意してきた功績はかなり大きい。そうでなければ殆どの肉が腐ってしまっていただろうしな。

 やましい依頼でも無いし失敗してもいない、恥じるべき事など何も無い筈なんだが……。

「……あっ、もしかして意外と恥ずかしがり屋だったり?」
「い、いいからサッサと進みなって言ってるだろっ!!」
「ちょっとバーバル、声が大きいっ!」

 張り上げたバーバルの声に、荷車を見上げていた獣人達の耳が動く。

「…………なぁ、あの荷車の後ろに居るのって、無法者バンディスのバーバルじゃねぇか?」
「本当だ、ラムザちゃんもいるぞ!」
「じゃ、じゃあ……やっぱり、あの荷車の上でノビてるのって……」

 無法者バンディスがいる事に気が付いた人々は、先程とは明らかに違うテンションでざわつき始めた。

「ーーお、押すよっ!!」

 首元の毛を逆立て、両手に陽炎の様な揺らめきを発しながら慌てて荷車を押すバーバル。それに追従する様にラムザの両手からもユラユラと身体強化ブーストの揺らぎが立ち上る。

虎娘こむすめちゃんもお願いっ!」
「えっ? あ、ああ、押せばいいのか?」
「取り敢えず教会まで全力で押すよ!」

 一体彼女達の何処にそんな体力が残っていたのか。急激に加速する荷車が観衆に向かってポージングをしている俺の横腹に突き刺さる。

「わわっ、ちょっ、ぐぇっ!」
「このまま轢き殺されたくなきゃ死ぬ気で引っ張りな!」

 横腹を支点に身体をくの字に曲げたまま荷車に押された俺は、押し潰されぬように必死で蟹の様に足を動かした。そうして荷車は囲む人々を蹴散らすように猛スピードで教会へと向かうのだった。




 ーー翌日。

「最初に頭を落とすよね?」
「ーー落とすよね?」
「いいや、それじゃあ毛皮が駄目になる。手順はたぶん栗鼠と一緒だ、先ずは腹を割いて内臓を出せ」
「グルルカ~、角が折れないよぉ」

 早朝から聞こえる子供達のにぎやかな声。一見するとほのぼのした光景だが、実際は社畜ばりの作業が行われていた。

 折角採って来た一角兎アルミラージだが、余りにも数が多過ぎた。
 孤児の皆が総出で解体をしているが、元々解体出来る子が少ない事と、リーダーであるシェリーが疲労によりダウンしてしまっている所為で作業が全然進まない。このままでは肉が腐り毛皮も売り物にならなくなってしまう。

「お前、姉貴が解体してるの見てたんだよな。早く剥ぐみたいの無いのか?」
「コツ? コツねぇ…… 俺は肉を焼く係だったからなぁ。丁度良い焼き加減の見分け方ならーー」
「本当、役立たず!」
「ーー役立たず!」

 双子からの悪態が容赦無く俺に突き刺さる。忙しい所為か今日はやけに当たりが強い。

「仕方ないだろ、あの時解体してたのはシェリーやラムザ達で、俺は解体にはノータッチだったんだからーー」

 そこまで言って俺は閃いた。技術と言う物は例えコツが分かっても習得するのには多少なりとも時間が掛かるものだ。しかし今の俺達にそんな時間は無い。ならば既に技術を持ってる奴を引っ張ってくれば良いのでは?

「よし、助っ人を頼もう! 俺、ちょっとヘイズに無法者バンディスの居場所聞いてくるわ」

 ーーパンッと膝を打ち鳴らし、勢い良く立ち上がった俺は、一角兎アルミラージとその折った角を幼年組に押し付ける。重傷だったヘイズは今も教会の一室に寝ている筈だ。

「待て、無法者バンディスに助っ人!? そんなの無理に決まってるだろ!」

 そう吠えるグルルカに俺は背中越しに片手を振って言った。

「大丈夫、大丈夫、昨日の今日だ。知らぬ仲じゃないんだし、俺に任せろって」


 自信あり気に教会へと向かう男。その背中を眉間に皺を寄せながら睨み付けていたグルルカは、男の姿が教会の中へと消えると呆れた様に大きな溜息を吐いた。

「あんだけ恥かかされた無法者バンディスの奴等が手を貸す訳ないだろう。もしかしてアイツ、自分が何したか分かってないのか?」

 ーー教会に棲みついた人族ヒューマンが、無法者バンディスのシルバとギャレクを倒し、これ見よがしにその二人を荷車の頂上てっぺんに掲げながら凱旋した。
 そんな話が昨日のうちに広がっている。しかも二人を晒した荷車を無法者バンディスの女達に押させるという鬼畜ぶり、面子を重んじる獣人にとってこれ程の屈辱は無い。

「貶めた相手を尋ねるって、どんな気持ちかしらね?」
「ーーどんな気持ちかしらね?」
「…………」

 男が何を考えてるのかは分からないが、面子を潰されたシルバが何をするかは分かる。ーーリベンジ、それも徹底した容赦の無いものだ。
 もし仮に男がシルバの所へ行こうものなら、恐ろしい事態を引き起こすのは間違い無い。

(きっとその前にヘイズの兄貴が止めるだろうけど……)

 元より仲が良い訳では無いが、新たな火種にならぬ事を願い、グルルカはボキッと一角兎アルミラージの角を折った。




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