244 / 279
244・帰路
しおりを挟むガラリ ゴロリ ガラリ コロリ
ゆっくりと回る車輪の規則正しい振動が、荷車を押す腕を震わせる。だが必死に荷車を押しているかと言えばそうでも無く、只々縁へと手を掛けているだけで大した力は込めてはいない。
山道とは違う地面をしっかり踏み固めた大きな道は、それ程大層な力を込めずとも車輪はしっかり回るのだ。
勿論それはたった一人、前方で荷車を懸命に引いている男の努力の賜物でもあるのだが……。
一角兎の巣から離れてから凡そ三時間。小さな休憩を挟みながら、シェリー達は大きな街道を使って街に向かっていた。
山道から少し外れた場所にこんなに広い街道があったのかと、滅多に街の外まで出る事が無いシェリーは物珍しそうに辺りを見回す。
荷車同士がすれ違えそうな程に広い道幅、固い地面は平坦で凸凹した貧民街の道とは大違いである。更に道沿いに聳える木々の枝は適度に間引かれ、陽の光を遮ら無い様な工夫までされていた。
「こんな立派な道があるってのに、どうして兄貴はあんな山道を選んだんだろ?」
シェリーの尤もな呟きに、バーバルとラムザは顔を見合わせた。
「虎娘ちゃん達は貧民街から直ぐに山へ入ったんでしょう? 多分、巣穴まで最短距離の道を選んだんだと思う。わたし達は荷車があるからこの道を通るしかなかったけどねー」
「でも、こっちの道の方が安全なんだろ? 慎重な兄貴なら絶対こっちの道を使いそうなのに……」
腑に落ちないとシェリーは頭を傾げる。シェリーから見たヘイズは聡明かつ慎重な男である。今回の様な素人も参加する依頼の場合、ヘイズなら多少遠回りしてでも安全を取るように思えた。
「街道を使う冒険者なんて滅多に居ないさ。何せこの道を通るには税を払わなきゃならないからねぇ」
周辺の街や村から商人が行き来する街道を使用するには基本的に税が掛かる。所謂通行税と言うやつだ。その代わりに道はしっかり整備されるし、盗賊が出たと聞けば衛兵が派遣され、魔物や害獣を定期的に排除する様な事も行われる。比較的安全安心リスクの少ない道でなのである。
ただ金が掛かる為、使うのはもっぱら商人や貴族だけ、金が無い旅人や冒険者などは立派な街道では無く険しい山道を通るのが通常である。
「道歩くだけで金掛かるのかよ!」
「そうさ、意地汚いだろう? 人族なんて金儲けにしか興味が無い奴らだからねぇ。まぁ、アタシらはそんな物、払う気なんてさらさら無いけどねーーさぁ、そろそろだね」
バーバルはそう言ってシェリーに片目を瞑って見せると、前方で荷車を引く男の方へと駆けて行った。
「払う気が無いったって、どうすんのさ?」
「門が見える前にまた山道へ戻るのよ。狭いけど何とかこの荷車も通れるわ」
どうやら無法者は無断で街道を使用しているらしい。成る程、賢いやり方だーーと、感心している先でバーバルが男と言い争う様な声が聞こえて来た。
「なんか揉めてるー?」
「あ~、アイツ、衛兵に捕まるのをヤケに嫌がるからなぁ」
男はちょっとした盗みでさえ断固として拒否をする。宿屋のゴミ箱を漁る時、そこの店主に断りを入れに行った時は本物の馬鹿だと思ったものだ。
(そろそろ貧民街のやり方に馴染みやがれっての……)
今回、自分よりも先に食事に手を付けても怒りが湧かない程に男への評価を改めたシェリーは、その頑なに潔癖な男の態度を歯痒く思い始めていた。
ーーギリギリ ギリギリ
車輪を大きく軋ませながら荷車はが右へと向きを変える。バーバルは街道からの抜け道を隠していた薮を取り除くと荷車を山道へと誘導するが、車輪はピクリとも動かない。
「さっさとしないと見回りの衛兵に見つかっちまうよ! そうなりゃアンタもアタシも罰金だけじゃ済まないさね」
そう怒鳴られ、男は渋々と言う様にようやく荷車を引く手に力を込めた。
◇
街道とは違う登り降りが激しい山道。流石に男の力だけと言う訳にはいかず、シェリー達は必死で荷車を押す羽目となった。
疲労した身体が悲鳴を上げ始めた頃、ようやく見えて来た見慣れた風景にシェリーはホッと胸を撫で下ろす。
(何だか、夢でも見てた気分だ……)
一つ一つが普段とは比べ物にならぬ程の大変な事件だった。
居る筈の無いガウルが攫われ、それを取り戻しに行ったヘイズが重傷、しかも相手は魔獣人で生き別れた自分の弟である。
次々と押し寄せる大波の様な出来事に記憶も感情も纏めて流されてしまったのか、今や全てが朧気ではあるが、それが只の白昼夢では無い事を示すかの様にシェリーの腕にはしっかりと深い傷跡が残っていた。
(そうだな、夢なんかじゃなかったよな)
薄皮一枚貼った傷跡をそっと指でなぞると、少し盛り上がった皮膚の感触と痛い様なくすぐったい様な、何だか奇妙な感覚が腕に走った。
ーービュウッ!
突風が枯葉を舞い上げる。
それは戯れる様にシェリーの足へと纏わり付くと、そのまま森の奥へと吹き抜けてゆく。風を追って振り返ったシェリーは、遠ざかる木々の揺れを見ながらポツリと呟いた。
「……会いに行くから」
汗だくの顔に冷たい風を受けたバーバルとラムザは、シェリーの言葉に顔を見合わせる。
「虎娘ちゃんたら嬉しい事言うじゃない!」
「別れの挨拶にはまだ早いと思うけどねぇ」
「べ、別に、アンタらに言った訳じゃねぇよ!」
ニヤニヤと揶揄う二人から逃げる様にシェリーは力いっぱい荷車を押した。
街にポツポツと竈の火が灯るのが見える。夕暮れに立ち上る煙は淡い筆致で線を描くように橙色の空へと広がっていった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。
白雪なこ
ファンタジー
両親の怪我により爵位を継ぎ、トレンダム辺境伯となったジークス。辺境地の男は女性に人気がないが、ルマルド侯爵家の次女シルビナは喜んで嫁入りしてくれた。だが、初夜の晩、シルビナは告げる。「生憎と、月のものが来てしまいました」と。環境に慣れ、辺境伯夫人の仕事を覚えるまで、初夜は延期らしい。だが、頑張っているのは別のことだった……。
*外部サイトにも掲載しています。
農民の少年は混沌竜と契約しました
アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた
少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された
これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語
十字架のソフィア
カズッキオ
ファンタジー
魔王が六人の英雄によって討伐されてから一年後エルザーク帝国とイルミア王国はそれまでの同盟関係を破棄、戦争状態に突入した。
魔王を倒した英雄達は内二人がエルザーク帝国に、もう二人はイルミア王国に協力していた。
また残りの一人は行方不明とされていた。
そして戦争状態が更に二年経過していたアールシア大陸で一人の紅衣を纏った傭兵の少年と、とある農村にある教会のシスターの少女がめぐり合う。
これはその二人が世界を変える物語である。
※この作品はグロテスクなシーンや不適切な表現が一部ございます、苦手な方は閲覧をご控え下さい。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
エンジェリカの王女
四季
ファンタジー
天界の王国・エンジェリカ。その王女であるアンナは王宮の外の世界に憧れていた。
ある日、護衛隊長エリアスに無理を言い街へ連れていってもらうが、それをきっかけに彼女の人生は動き出すのだった。
天使が暮らす天界、人間の暮らす地上界、悪魔の暮らす魔界ーー三つの世界を舞台に繰り広げられる物語。
著作者:四季 無断転載は固く禁じます。
※この作品は、2017年7月~10月に執筆したものを投稿しているものです。
※この作品は「小説カキコ」にも掲載しています。
※この作品は「小説になろう」にも掲載しています。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる