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240・誤解

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ーーズドンッ!

 天高く振りかぶった剛腕が容赦無く振り落とされ、直接地面を撃ったかの様な振動が静かに大地を揺らす。

 ピクピクと白目を剥くシルバを見て、俺は「しまった」と頭を掻いた。

 ついつい余計な力が入ってしまった。純粋な救助活動をなんて誤解を招く様な言い方をするから……。
 まぁ状況はさっきと変わらない、息を吹き返しだけヨシとしよう。
 
 そう一人で納得していると、遠くから血相を変えて駆けて来る女性が見えた。あれは……先程俺を「貧相な皮」呼ばわりしたキツい方のお姉さんだ。

「ーーそこをどきなっ!」

 彼女は到着するなり俺を押し除けると、シルバの頭を激しく揺さぶり始めた。

「何でアンタが倒れてんだい!」

 甲斐甲斐しく……とは言い難い、ビタンビタンと頬に平手を叩き続ける乱暴な介抱(?)をシルバに施す女性だったが、シルバの目が開く事は無い。
 徐々に腫れ上がるシルバの頬を見て、「直接の原因は俺のパンチだけど、シルバが目を覚さないのはあのビンタの所為じゃないだろうか?」と本気でそう思う。オーバーキルも良いところだ。

 でも、これでもしシルバが死んでしまう様な事があっても彼女の所為に出来そうだと、俺は内心ちょっと胸を撫で下ろした。

(そうは言っても獣人はタフだし、呼吸さえ戻ればもう大丈夫だろう。一応ティズさんとこには連れて行くか……)

 暫く脳に酸素が行ってなかったからな。後遺症とかの心配もある。……あと、ちょっとやり過ぎたかもしれない腹も見てもらおう。

「さーて、どうすっかなぁ」

 洞窟に転がる大量の一角兎アルミラージに大柄な獣人二人、それにヘイズが持ってきたテント…………さっさと街へ帰りたいのにテイクアウトが多過ぎる。
 せめてこの二人が起きてくれれば荷物持ちを頼めるのだが…………。

(ーー待てよ。そう言えばコイツら、随分と大きな荷車を引いて来てたよな)

 一体何を運ぶつもりだったのか、俺はシルバが馬で引く様な荷車を引いて現れた事を思い出した。あれだけ大きな荷車だ、ギュウ~っと詰め込めば全てを一度に運べるかもしれない。

 うん、我ながらこれは良いアイディアだ! シルバ達には多少窮屈な思いをさせるかもしれないが、このまま森の中に置き去りにされるよりよっぽど良いだろう。早速持ち主と交渉だ!

「ねぇ、お姉さん」
「………………」

 ? さっきまでシルバを殴り付けていた女性、何やら手に持った布をクンクン嗅いでは放心している。フレーメン反応? それとも獣人なりのお祈りか何かだろうか? 

 何度か声を掛けるが反応が無いので、悪いかなとは思いつつ、俺は彼女の背後からその肩にポンっと手を掛けた。

「……あの、お姉さん?」

 途端ーー、ばね仕掛けの玩具の様にその場に飛び上がった女性は、俺の手を乱暴に跳ね除けると、悲鳴にも似た叫び声を上げた。

「ーーひぃっ!? な、何だい?」

 そうして、その余りの態度に憮然ぶぜんとする俺から転がる様に遠ざかると、ぎこちなく微笑んだ。

「ひぃっ!?」って…………そんなに驚く事ある? 何だか少し傷付くな。
 
 でも、考えて見れば自分のとこの主要メンバー、しかも男性が二人も倒れたのだ。もしかしたら、こう……貞操の危機的な物を感じているのかもしれない。
 勿論、俺はそんな事はしないが、「ぐへへ、命が惜しけりゃ……分かるよな?」と残った女性に迫る輩がいてもおかしくは無い、警戒されるのは仕方ないか。

 此処は誤解を与えぬ様に、なるべく紳士的に行動した方が良さそうだ。
 ーーそう思った俺は、引き攣った顔の彼女に向かって飛び切りの笑顔でこう言った。

「ねぇ、お姉さん。俺と取り引きしよう!」

 



「何だってこんな事に…………」

 シルバの立髪と同じ赤褐色の髪を後で一本に束ねた獅子族の女性バーバルは、グッタリとしているシルバを見下ろしながらそう呟いた。

 男が洞窟へと走り出したあの時、バーバルは敢えて男を直ぐに追う事をしなかった。それよりも獣人の少女を逃がさない事の方が重要だと考えたからだ。
 鈍臭い人族ヒューマンなどいつでも捕まえられると言う自負もあったのかもしれない。それにーー、

「どうせシルバにゃ敵わない」

 そう高を括った彼女は、捉えたシェリーが逃げぬ様に荷車へと縛り付け、もう一人の女性に見張るよう言ってから悠々度洞窟へ向かう。

 力余って男を殺していた場合、どうあの娘に説明しようか? 何だかあの男に惹かれていた様だし……面倒だから、せめて半殺し程度にしておいて欲しい。

 ーーそんな事を考えながら辿り着けばこの有様である。シルバの強さに絶大な信頼を置いていた彼女にとって、二人の敗北はまさに青天の霹靂であった。
 
 何の冗談かと何度か強めに頬を張ってみるーーが、シルバの意識は戻らない。

(あのシルバが此処までやられるなんて!? ギャレクの馬鹿は何してたんだい!)

 どうせアイツが足を引っ張ったのだろうと、キッと辺りを見回せば、シルバよりも遥かにズタボロになって倒れているギャレクが目に入る。
 事ある毎に自慢していた黒い毛皮は焼け焦げ縮れ、町中を引き回されたかの様に全身がズタボロだ。

ーーしかも、何故か下半身は丸出しである。

「…………本当に何をしてたんだい??」

 何があったのかが全く分からない惨状に戸惑いながらシルバの口から溢れ出た泡を布で拭き取っていると、何処か直ぐ近くからあの男の匂いがした。

 ハッとして顔を上げると、当の男は少し離れた場所で何やら頭を捻っている。

 しかし、何故か直ぐ近くで男の匂いがする。

 一体何処から? そう不思議に思ってあちこち嗅いでいるうちに、たった今、シルバの涎を拭き取ったこの布からだと気が付いた。

「何でシルバの涎にあの男の匂いが? キスした訳じゃあるまいし……」

 バーバルはそう鼻で笑ってから、ハッとした様にもう一度下半身丸出しのギャレクを見る。

(…………ま、まさか!!)

 人族ヒューマンの中には特殊な性癖を持つ者も居るーー酒の席でそんな話を聞いた事がある。
 その時は「そんな奴、いる訳ないだろう!」と笑い合った物だが、思い返せばバーバルが駆け付けた時、あの男はシルバに覆い被さっていたではないか! 

(じゃ、じゃあ……ギャレクはもう…………)

 バーバルの頭におぞましい考えが浮かび上がる。足の爪先から頭のテッペンまでゾワゾワとした冷たい物が駆け上り、思わず腰が抜けそうになった。

 男の手が肩を叩いたのはそんな時だった。

「……あの、お姉さん?」
「ーーひぃっ!? な、何だい?」

 余りの恐ろしさから思わず男の手を払ってしまったが、得体の知れない男を怒らせるのは不味い。
 バーバルは男から距離を取りつつも何とかその顔に笑顔を貼り付ける。

「ねぇ、お姉さん。俺と取り引きしよう!」

 そう満面の笑みで語り掛ける男に、バーバルは震える口で答えた。

「あ、あの……その、出来ればギャレクだけで勘弁して欲しい……」

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