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223・ピサの斜塔

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「アッ……グガアァアアァァーーーー」

 「猫騙し」を喰らい、絶叫を上げながら落下して行く魔獣人マレフィクス。それを見送りながら俺は小さく拳を握る。

 昔やり込んでいたゲームでの『風を纏う者クシャルダオラ』の攻略法が、毒ナイフを投げて風圧を無効化、飛べば閃光弾を使って地上に落としタコ殴りーーであった。

 流石に毒は持って無いので閃光弾代わりの「猫騙し」を試してみたが、これが予想以上に上手くいった。

 勿論、只の「猫騙し」を閃光弾並みの威力へと高められたのは、ひとえに俺の鍛え込まれた胸筋と前腕の筋肉達のお陰だろう。

「やはり筋肉、筋肉があれば大抵の事は何とかなる!」

 これでシェリーも風に邪魔される事無く、安心して残りの梯子を登ってこれるだろう。


 ーーそう、思っていたのに!


 何と、シェリーは落ちて行く魔獣人マレフィクスを助けようと手を伸ばしたのだ。

「シェリー!?  」

 案の定、二人が手を取り合う様に落ちて行く姿を見て、俺は思わず頭を抱える。

「あー、もうっ、行くしかないヤツじゃん!」

 俺の役目は魔獣人マレフィクスからヘイズやシェリーを守る事である。このままシェリーが落ちて行くのを見送る訳にはいかない。

「うぉおら、ちくしょうめっ!」

 俺は突き出た崖のへりを両手で掴むとブラリとぶら下がる。そこからグルンと回転して両足をバネの様に縮めると、崖の天井を踏み台にして、弾ける様に真下へ向かって飛び出した!

(問題はシェリーに追い付けるかどうかだな)

 かの有名な数学者であるガリレオが行なったピサの斜塔での実験では、重い鉄の玉、軽い木の玉、共に落下速度は同じであったと記されている。
 ーーとすれば、いくら俺が筋肉の塊で硬く重くとも、シェリーには追いつけないのでは?
 しかし、あれはと言う条件の元で行われた実験結果だった筈だ。

 スクワットで散々鍛えた足腰を使った逆垂直跳びで、初速は充分に稼いだ。後は落下中の抵抗を減らす為、真っ直ぐ両腕を伸ばして身体を出来るだけ細く保つ。

(そうか、ウルトラマンが飛んでるポーズにはちゃんと意味があったんだ!)

 あの両手を上げたポーズには、空気抵抗を減らすと言うちゃんとした理由があったのだ!
 そんな些細な気付きに感動しているうちに、シェリー達との距離は明らかに縮まっていた。このまま行けば地面に激突するまでには追い付けそうだ。

ーーえっ、追い付いてどうするかだって?

 確かに、魔法で重力を操る事も、空を飛べる事も出来ない俺が、シェリーに追い付いたところで一緒にペシャンコになるだけだろう。

 しかし、俺だって勝算無く飛び降りた訳では無い。

(シェリーを掴まえて鉄梯子に掴まる! いや、掴まれ無くとも身体の何処かが引っ掛かるだけでいい!)

 直ぐ横を崖下まで垂れている鉄の梯子。これに掴まる事が出来れば……。

 そのまま止まればヨシ。理想を言えば、カンフー映画の主人公みたいに格好良く梯子を滑り降りれれば一番だが、シェリーを抱えながらだと無理だろうな……。
 掴んだ衝撃で鉄梯子が壊れる可能性も高いが、直接落下するよりはワンクッション置いた方が衝撃は弱まる筈だ。それに梯子の揺れを使って湖まで飛べたなら生存率はぐんと上がる。
 
(梯子を掴むーーか、走っている貨物列車の手摺りに掴まって飛び乗るくらいの難易度がありそうだな。だけど……やるしか無い!)

 二人分の重さとこの速度。梯子に掴まった時の衝撃に、果たして俺の筋肉は耐えられるだろうか? 
 そんな事を考えながら前を見ると、もう目の前に二人が居るではないか!
 
「うぇっ!? 何で? 予想より速過ぎる!」

 考え事をしていた所為で、俺は魔獣人マレフィクスが急激に落下速度を落とした事に気が付かなかったのだ!

 まぁ、気付いたところで止まれやしないんだがっ!?

「うぉおおお! ヤバい! ヤバい!? シェリィィィ! そこどけてぇええ!!!」

 どうにも止まれ無い俺は、両手をクロスさせて衝撃に備える。


ーーズドンッ!!


 結果ーー俺はメキシコのプロレスラー、ミル・マスカラスばりのフライング・クロスチョップを滑空していた魔獣人マレフィクスの背中へと極める事となった。





 強い衝撃が地面ーーいや、魔獣人マレフィクスの背を揺らす!

 ゴキッバキッと骨が砕ける低い音が触れた身体を伝って響く。同時に「カヒュッ」と息が抜ける様な声を出し、魔獣人マレフィクスの背中がくの字に仰け反った。

 突然隣に降って湧いた同行者にシェリーは目を見開く。

「ーーっ!? な、一体どこからーー」

 シェリーの言葉が終わる前に、ガクンと地面が抜ける様な感覚が襲った。

 背骨を破壊され、完全に白目を剥いた魔獣人マレフィクスの風魔法が止まったのだ。
 かろうじて魔獣人マレフィクスの大きな身体が
落下速度を緩めてはいるが、落ちる速度は先程の比では無い。
 そんな中、魔獣人マレフィクスの背中へと頭から突っ込んでいた男が身を捩り振り返った。

「あ痛ッッ…………よ、よおシェリー、助けに来たぜ!」

「助けにって……このアホーーッ!! せ、折角、無事に降りれそうだったのにぃっ!」

 魔獣人マレフィクスの風魔法を失い、再び崖中腹から重力に囚われた三人は、そのまま派手な水音を立てながら滝壺へと深く沈んで行った。
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