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220・飛び込み
しおりを挟む「下ばかり見てると腰にくるな……」
背筋を伸ばす様に空を見上げれば、太陽はすでに真上を過ぎている。朝より気温は上がったが、空腹と濡れた身体に吹き付ける風の所為で随分と冷えてしまった。
ーー例の如く、軽いスクワットをしながら俺は考える。
前にも言ったが、行き詰まった時は単純な動作を繰り返す運動がお勧めだ。ついでに下がった体温も上げる事が出来るし、一石ニ鳥ってヤツだな。
「フンッ、どうした フンッ、ものかな フンッ、フンッ」
シェリーを引っ張り上げるには鉄梯子が重すぎるし、俺が降りるには強度に不安がある。一番良いのはシェリーにここまで登って来てもらうか、下まで降りてもらうかなのだがーー、
「あの様子じゃ、どうやったって無理そうだよなぁ」
揺れる梯子に張り付くオブジェみたいなシェリーを見ながら、これは無理そうだと諦める。何だか高い場所に登って降りられなくなった子猫の救出みたいになってきたな。
「いや待てよ、あの揺れさえなきゃ自力で登ってこれるのか?」
そうだ、別にシェリーは梯子を登れない訳では無い。きっとあの強風さえ無くなれば再び梯子を登って来られる……かもしれない。
かもしれないーーと言うのは、シェリーの体力の問題だ。滝の飛沫と風をもろに受けているシェリーは、きっと俺よりも体温が下がっているに違いない。余りに体温が下がると激しい震えに加え、思考の低下や筋肉の硬直が始まるーー低体温症と言うヤツだ。
獣人だから大丈夫だとは思うが、もしそんな状態なら梯子の揺れが止まっても登って来るのは難しいだろう。
(その時は、俺が直接シェリーを迎えに行くしかないよな)
ブラブラ揺れる鉄梯子を繋ぐ鎖は、崖上に打ち付けられた鉄柱二本のみで全てを支えている状態だ。果たして二人分の体重を支えられるだろうか?
(多分、魔法で強化か何かしてるんだろうけど、俺が触ると効果が切れちゃうだろうしなぁ)
約30mの高さを勢いよく流れ落ちて行く流水、そしてその終着点である滝壺を眺める。あの一帯だけ妙に水の色が濃い。
「かなり深そうだ……」
泡白く沸き立ち茹で上がった地獄の釜みたいな滝壺をずっと眺めていると、段々と引っ張られる様な感覚に陥ってくる。俺は正気を取り戻す様、ピシャリと両頬を叩いた。
「えーと、水泳の飛び込み台は、確か10mくらいだっけ……」
凡そ三倍の高さだーーしかし、剥き出しの岩に落ちるくらいならば、いっそ滝壺へ飛び込んだ方が生存率は高いかもしれない。
でも確か、10mからの入水時に掛かる衝撃は瞬間的に凡そ1トンだと聞いた事がある。訓練したアスリートの綺麗な入水でそれなのだ、俺みたいな素人の汚い落水なら一体何トンの衝撃がくるんだろう? それの三倍?
友人とふざけて腹から飛び込んだプール、あの日の水面の硬さを思い出し顔を顰める。
兎に角、まずは風を止めよう! 後の事はそれからだ。
「よし、風を止めるには…………何だ、結局魔獣人を如何にかしなきゃならないのか……」
◇
自身から吹き出る風を使い、岩壁を巧みに登る魔獣人。主に下半身から小型の竜巻の様に吹き出る風は、荒い岩壁に突き出た足場へと飛び移る際の跳躍と、体重の軽減、バランスを支える為に使われる。
魔力の変換、放出、出力調整ーー意外と沢山の工程を無意識にやってのける所を見るに、元々魔法を操る才能があったのだろう。これに魔力量も有るとくれば、さぞかし立派な魔法士になれた可能性もある。
獣人に優れた魔法使いが居ないのは、素質有る者が皆魔獣人になってしまうからかもしれない。
突き出た岩へ爪を掛け、次の足場へと軽やかに飛び乗って行く。魔獣人には登り慣れたルートがあるのか、大した迷い無くジグザグと岩壁を登って行った。
「ガァ ハハァ!」
そして、その手がとうとうシェリーが登る鉄梯子を捉える。長く鋭い爪先がシェリーの足元から2m程下の鉄梯子の鎖をガシャリと引っ掻いた。
追い付いたーーと、まるでニヤける様に口元を歪める魔獣人を見てシェリーは身体を強張らせた。
しかし、この先の崖は迫り出すオーバーハングだ。これまでの様に登るのは難しい、それが片腕なら尚更だ。
登れないと分かったなら、魔獣人はきっと風を使って自分を落とそうとするだろう。だけど、あの風だって無限に出せる訳じゃない。
(きっとこっからは我慢比べになる。アタシの体力が尽きるのが先か、魔獣人の魔力が尽きるのが先か!)
梯子を握り続ける手は冷え切って感覚が鈍い。長期戦を覚悟したシェリーは、これでもかと鉄梯子に身体全体で抱き付いた。
「来るなら、来やがれっ!!」
ーーしかし、そんなシェリーの思惑は見事に外れる。
なんと、魔獣人は器用に身体を伸ばすと鎖を引き寄せ、鉄梯子へと乗り移ったのだ!
ーーギシ ギシ ギリリ
加重した鉄梯子が大きく軋み、あれだけ揺れていた梯子に一本芯が通った様にピンッと張った。
「う、嘘だろっ!?」
まさか梯子に移るとは思っても無かったシェリーは、慌てて梯子を登ろうと足掻く。幸い今は風が止まり、魔獣人の重さのお陰で梯子も安定している。ーーが、冷え固まった身体はどうにも上手く動かない!
そうこうする内に、魔獣人の長い腕がシェリーの足下へと伸びてゆく。
右手を鎖に這わせる様にして、ゆっくり、ゆっくりと、その爪先がシェリーの足に触れ様としたその時ーー、
「「ーーうおおぉぉおお!!」」
滝の轟きにも負けぬ雄々しい雄叫びが、周囲に山彦する様に駆け巡った。
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