208 / 279
208・墳墓
しおりを挟むーー孤児達を森へ還す為の場所
まだ教会内でも獣人への差別が酷かった頃、獣人の血で自らの手を汚す事を嫌った聖職者達は、滝上から孤児を流し落とす事でその務めを果たす事にした。
死体が上がらない程に水流が渦巻くこの滝壺は、彼等に取って都合が良かったのかもしれない。
今は魔獣人の巣穴となっているが、元々滝の裏側にある洞窟はそんな彼等の一夜の宿である。大抵の聖職者は務めを果たした後、教会の習いに従って簡易的な儀式を行い、朝日が昇ると共に川を下る。
つまりこの場所は悲哀なる小さな魂が集う、謂わば墳墓であった。
「森に還す為の……場所」
そう聞くと、さっきまでどうとも思わなかった湖が、急に荘厳なる場所に思えてくるのだから不思議なものだ。
「でも、兄貴はどうして此処がそうだって分かったんだ?」
シェリーはイカダを漕ぐ為の丁度良い棒を探しながら疑問を口にする。シェリーの見た範囲では、誰かが此処に来ている事は分かるが、それ以上の痕跡はなかったからだ。
「思い出したんだよ。昔、ババアがティズを舟に乗せて何処かへ行ってた事をなーー恐らく此処がそれだ」
「ババアって、兄貴が孤児院に居た時の?」
「あぁ、ティズの前任者だ。それにーー」
決め手は巣穴に積まれた沢山の小さな骨だった。
獣の骨も混じってはいるがその殆どは獣人の物である。牙が生えていたり、ツノが生えていたりーーと、形や大きさが全てバラバラである事から異なる種族の物だと分かる。
種族が違う小さな幼子の骨ーー森の奥深くまで幼子が自然と集まって来る訳は無いし、あの魔獣人が貧民街の幼子を攫っていたならもっと噂になっている筈である。
「ーーと、なれば誰かが連れて来てるって事だろ? 居なくなっても噂にならない幼子なんてのはよ……まぁ、ちょっと考えたら分かるわな」
「……そっか、ずっとここに居たんだ…………」
物悲しげに辺りを見回すシェリーとは違い、ヘイズは背筋に薄ら寒い物を感じていた。
(シェリ坊には言え無ぇが……アイツがあれ程までに異常な育ち方をした理由ってのが分かった気がするぜ)
ヘイズは最初、ティズが隠れて魔獣化した子供達の世話をしている可能性を考えていた。
ボーッとした所もあるが、獣人にも分け隔て無く向けるその優しいティズの性格から可能性は十分有り得ると思った。辛い筈のこの役目を、頑なに一人で行うのもコレを隠しての事だろうと……。
ーーだが、それは恐らく違う。
もしヘイズの考えが正しければ、もっと沢山の魔獣人が目撃されていてもおかしくないからだ。
ティズは……ティズはきっと、殺す事が出来なかった幼子達をあの洞窟へ放置していたのだろう。自らの手で森へ還すのでは無く、森にその子の運命を委ねたのだ。
その中で運の良い個体が偶然生き残った…………では、他の幼子はどうなった?
ーー答えは、あの沢山の骨の山だ。
バクテリアなどが分解する土壌とは違い、硬い岩に置かれた死体は通常あれ程綺麗な白骨になり得ない。どちらかと言うとミイラ化する筈である。
(きっとアイツは……手っ取り早く、近くにある物を食ってたんだ)
不定期とはいえ、洞窟へ放置される幼子は魔獣人にとって格好の生き餌だったに違いない。
勿論、そんな残酷な事をあのティズが意図してやったとは考えられない。しかし、ティズの無責任な優しさと魔獣人の生存本能が重なった結果、あの怪物が生まれてしまったのも事実であった。
◇
あの魔獣人を作り出したのが、ティズであった可能性にヘイズの心は沈む。悪気が無い事が分かっているだけに余計やるせ無さが募った。
「なぁ兄貴、何だか顔色が悪いけど……大丈夫かい?」
「あぁ? いや心配無え、ちょっと疲れただけだ。ーー全く、嫌だねぇ、歳を取るとよ?」
不安気な眼差しで見上げるシェリーにそう言って戯けて見せる。しかし、シェリーの表情が変わらない事から、ヘイズは自分が余程酷い顔をしているのだと気付いた。
(まぁ、結構血が流れちまったしな……)
シェリーに見えない様そっと脇腹を撫でる。ジクジクとした感触ーーまだ血は止まってはいない様だ。
「……それにしても、孤児院の裏川とこの湖と繋がってるなんて、アタシ全然知らなかったよ」
「あぁ、ティズが一人で此処に来る方法はそれしか考えられねぇからな」
森の入り口辺りならばそう危険は無いが、こんな森の奥深く、それも女性単独で来るとなればそれなりの腕と知識が必要だ。冒険者でも無いティズが一人で来れる様な場所では無い。
ーーだが、舟ならば可能だ。
川の中には魔物や危険な猛獣は居ないし、仮に川岸に出たとしてもそこは魔法士の射程である。初級レベルの攻撃魔法が使えるなら何も問題は無い。
「じゃあこの川を下っていけばーー」
「孤児院まで一気に行ける筈だ。時間も短縮出来るし、何よりガウルの体に負担が少ねぇ」
帰路の目処が付いた事でヘイズは胸を撫で下ろす。三人乗るには多少不安があるイカダではあるが、陸路を歩いて帰る事に比べればよっぽど速く、安全に思えた。
「ーーさあて、俺はイカダを押してくからよ。シェリ坊は岸辺をついて来い」
「え? イカダに乗ってくんじゃないのかよ?」
自分が作ったイカダに乗れないのが不満だったのか、シェリーが不満気に鼻を鳴らした。
「ここはまだ流れが弱いからな、沢山漕がなきゃならねぇだろ? おい、そんなにむくれるなって……ほら、あの川の入り口までだ」
ヘイズは先程二人が辿って来た川を指差すと、腰まで水に浸かりながらイカダの縁を押し進んで行く。
「べ、別に……むくれてなんてねーし!」
湖の中をザブザブ進んで行くヘイズの背を見て、シェリーは一人、足元に転がる石を水の中へと蹴り込んだ。
ーートポンッ!
水面に小さな波紋を広げて石が沈む。
シェリーは岸辺を歩き、適当な石を見つけては湖へと蹴り入れる。普段通りの態度を装ってはいるがシェリーの心はぐちゃぐちゃだった。
ーートプンッ トポンッ
安堵と戸惑い、不安、憂い、嫌悪に恐怖に罪悪感。
様々な感情が一変に押し寄せた所為で、突出した感情が噴き出す事無くシェリーの心を風船みたいに膨らませていた。
ーーポチャン
一つ一つの思いを小石に込める様に水へ蹴る。幾重にも広がる波紋が鎮まる様に、渦巻くこの感情もいつか落ち着くのだろうかーーそんな事を思いながら眺める水面が、突如として大きく揺れた。
「ーーっ!?…………あ、あぁ……」
唸りと共に突風が駆け抜けるーー荒々しく波立つ湖面は、まるでシェリーの心そのものだった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
農民の少年は混沌竜と契約しました
アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた
少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された
これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?
夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。
しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。
ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。
次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。
アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。
彼らの珍道中はどうなるのやら……。
*小説家になろうでも投稿しております。
*タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる
月風レイ
ファンタジー
あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。
周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。
そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。
それは突如現れた一枚の手紙だった。
その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。
どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。
突如、異世界の大草原に召喚される。
元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる