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208・墳墓

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ーー孤児達を森へ還す為の場所

 まだ教会内でも獣人への差別が酷かった頃、獣人の血で自らの手を汚す事を嫌った聖職者達は、滝上から孤児を流し落とす事でその務めを果たす事にした。
 死体が上がらない程に水流が渦巻くこの滝壺は、彼等に取って都合が良かったのかもしれない。

 今は魔獣人マレフィクスの巣穴となっているが、元々滝の裏側にある洞窟はそんな彼等の一夜の宿である。大抵の聖職者は務めを果たした後、教会の習いに従って簡易的な儀式を行い、朝日が昇ると共に川を下る。

 つまりこの場所は悲哀なる小さな魂が集う、謂わば墳墓ふんぼであった。


「森に還す為の……場所」


 そう聞くと、さっきまでどうとも思わなかった湖が、急に荘厳しょうごんなる場所に思えてくるのだから不思議なものだ。
 
「でも、兄貴はどうして此処がそうだって分かったんだ?」

 シェリーはイカダを漕ぐ為の丁度良い棒を探しながら疑問を口にする。シェリーの見た範囲では、誰かが此処に来ている事は分かるが、それ以上の痕跡はなかったからだ。

「思い出したんだよ。昔、ババアがティズを舟に乗せて何処かへ行ってた事をなーー恐らく此処がそれだ」
「ババアって、兄貴が孤児院に居た時の?」
「あぁ、ティズの前任者だ。それにーー」

 決め手は巣穴に積まれた沢山の小さな骨だった。
 獣の骨も混じってはいるがその殆どは獣人の物である。牙が生えていたり、ツノが生えていたりーーと、形や大きさが全てバラバラである事から異なる種族の物だと分かる。

 種族が違う小さな幼子の骨ーー森の奥深くまで幼子が自然と集まって来る訳は無いし、あの魔獣人マレフィクスが貧民街の幼子を攫っていたならもっと噂になっている筈である。

「ーーと、なれば誰かが連れて来てるって事だろ? 居なくなっても噂にならない幼子なんてのはよ……まぁ、ちょっと考えたら分かるわな」
「……そっか、ずっとここに居たんだ…………」

 物悲しげに辺りを見回すシェリーとは違い、ヘイズは背筋に薄ら寒い物を感じていた。

(シェリ坊には言え無ぇが……アイツがあれ程までに異常な育ち方をした理由ってのが分かった気がするぜ)

 ヘイズは最初、ティズが隠れて魔獣化した子供達の世話をしている可能性を考えていた。

 ボーッとした所もあるが、獣人にも分け隔て無く向けるその優しいティズの性格から可能性は十分有り得ると思った。辛い筈のこの役目を、頑なに一人で行うのもコレを隠しての事だろうと……。

 ーーだが、それは恐らく違う。

 もしヘイズの考えが正しければ、もっと沢山の魔獣人マレフィクスが目撃されていてもおかしくないからだ。
 
 ティズは……ティズはきっと、殺す事が出来なかった幼子達をあの洞窟へ放置していたのだろう。自らの手で森へ還すのでは無く、森にその子の運命を委ねたのだ。

 その中で運の良い個体が偶然生き残った…………では、他の幼子はどうなった? 

 ーー答えは、あの沢山の骨の山だ。

 バクテリアなどが分解する土壌とは違い、硬い岩に置かれた死体は通常あれ程綺麗な白骨になり得ない。どちらかと言うとミイラ化する筈である。

(きっとアイツは……手っ取り早く、近くにある物を食ってたんだ)

 不定期とはいえ、洞窟へ放置される幼子は魔獣人マレフィクスにとって格好の生き餌だったに違いない。

 勿論、そんな残酷な事をあのティズが意図してやったとは考えられない。しかし、ティズの無責任な優しさと魔獣人マレフィクスの生存本能が重なった結果、あの怪物が生まれてしまったのも事実であった。




 あの魔獣人マレフィクスを作り出したのが、ティズであった可能性にヘイズの心は沈む。悪気が無い事が分かっているだけに余計やるせ無さが募った。

「なぁ兄貴、何だか顔色が悪いけど……大丈夫かい?」
「あぁ? いや心配無え、ちょっと疲れただけだ。ーー全く、嫌だねぇ、歳を取るとよ?」

 不安気な眼差しで見上げるシェリーにそう言っておどけて見せる。しかし、シェリーの表情が変わらない事から、ヘイズは自分が余程酷い顔をしているのだと気付いた。

(まぁ、結構血が流れちまったしな……)

 シェリーに見えない様そっと脇腹を撫でる。ジクジクとした感触ーーまだ血は止まってはいない様だ。
 
「……それにしても、孤児院の裏川とこの湖と繋がってるなんて、アタシ全然知らなかったよ」
「あぁ、ティズが一人で此処に来る方法はそれしか考えられねぇからな」

 森の入り口辺りならばそう危険は無いが、こんな森の奥深く、それも女性単独で来るとなればそれなりの腕と知識が必要だ。冒険者でも無いティズが一人で来れる様な場所では無い。
 
 ーーだが、舟ならば可能だ。
 
 川の中には魔物や危険な猛獣は居ないし、仮に川岸に出たとしてもそこは魔法士の射程である。初級レベルの攻撃魔法が使えるなら何も問題は無い。

「じゃあこの川を下っていけばーー」
「孤児院まで一気に行ける筈だ。時間も短縮出来るし、何よりガウルの体に負担が少ねぇ」

 帰路の目処が付いた事でヘイズは胸を撫で下ろす。三人乗るには多少不安があるイカダではあるが、陸路を歩いて帰る事に比べればよっぽど速く、安全に思えた。

「ーーさあて、俺はイカダを押してくからよ。シェリ坊は岸辺をついて来い」
「え? イカダに乗ってくんじゃないのかよ?」

 自分が作ったイカダに乗れないのが不満だったのか、シェリーが不満気に鼻を鳴らした。

「ここはまだ流れが弱いからな、沢山漕がなきゃならねぇだろ? おい、そんなにむくれるなって……ほら、あの川の入り口までだ」

 ヘイズは先程二人が辿って来た川を指差すと、腰まで水に浸かりながらイカダのへりを押し進んで行く。
 
「べ、別に……むくれてなんてねーし!」

 湖の中をザブザブ進んで行くヘイズの背を見て、シェリーは一人、足元に転がる石を水の中へと蹴り込んだ。

ーートポンッ!

 水面みなもに小さな波紋を広げて石が沈む。

 シェリーは岸辺を歩き、適当な石を見つけては湖へと蹴り入れる。普段通りの態度を装ってはいるがシェリーの心はぐちゃぐちゃだった。

ーートプンッ トポンッ 

 安堵と戸惑い、不安、憂い、嫌悪に恐怖に罪悪感。
 
 様々な感情が一変に押し寄せた所為で、突出した感情が噴き出す事無くシェリーの心を風船みたいに膨らませていた。

ーーポチャン

 一つ一つの思いを小石に込める様に水へ蹴る。幾重にも広がる波紋が鎮まる様に、渦巻くこの感情もいつか落ち着くのだろうかーーそんな事を思いながら眺める水面みなもが、突如として大きく揺れた。

「ーーっ!?…………あ、あぁ……」

 唸りと共に突風が駆け抜けるーー荒々しく波立つ湖面は、まるでシェリーの心そのものだった。
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