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205・残骸
しおりを挟む「シェリ坊、些細な事も見落とすんじゃねぇぞ?」
「うん、わかってる」
川の流れは上流へと進むに連れて大きく曲がり、森の中へと入っていく。石だらけだった川沿いは、いつしか湿った草地へと変わっていった。
「音が……こっちから滝の音がする!」
更に進む二人の前に、どかんと高い崖が立ち塞がる。そこには先程シェリーが言った通り、10mはあろう大きな滝が大量の水を吐き出していた。
(とても登れそうにねぇな……迂回しなきゃ駄目か?)
聳り立つ崖の岩肌は濡れた緑苔に塗れており、見た感じ非常に滑りそうだ。ただでさえ崖登りには適して無い手を持つ獣人二人、登って越える事は無理だろう。
無限に水が注ぎ込む滝壺を見ると、薄暗い水流が泡立ちと共に深く渦巻いているのが見える。
無理して落下でもしようものなら、あの冷たい水流に捉われて、二度と浮上は叶わないかもしれない。
「糞っ、参ったな……しかもこの霧じゃあ、臭いも薄れちまってガウルの居場所も分からねぇ」
「アタシの耳もこの水音じゃ役に立たないよ」
周囲は滝の水飛沫で霧がかり、高くより降り注ぐ瀑声は地面を揺らす。その轟はすぐ近くで太鼓を打ち鳴らしているかの様に、ドドドと二人の身体に低く深く響き渡っていた。
だが一方で、深く削られた川底が川の流れを一時的に溜める役割を果たしているのか、激しい滝の下方には流れの緩やかな小さな湖が広がっていた。
「ありゃあ…………舟か?」
そんな湖の一角にヘイズは何かを見つけるーー駆け寄れば、それは小さな舟の残骸だった。
船尾はどこへ行ったのか、半分から船首しか見当たらない壊れた舟の残骸だ。
「兄貴、こっちにもそれっぽいのがある!」
付近を調べると、他にも腐った板や折れた櫓らしき物も見つかった。櫓とは船尾につけて舟を漕ぐ為の道具で、櫂よりも力が要らないのが特徴だ。櫂とは違い立って前方を見ながら漕げる為、主に小柄な種族が好んで良く使う道具である。
「誰かが舟で行き来してたって事か?」
ヘイズは太陽に透かす様に、苔で青くなった板を高く持ち上げる。真っ直ぐな切り口は明らかに人の手によるものだ。他の残骸も同じく、切ったり貼ったりした形跡がある事から、誰かがここで何度も小舟を修理していたのではないかとヘイズは考えた。
そう仮定して辺りを見れば、燃え尽きた炭跡に停舟用にロープを巻く杭など、あちらこちらに何者かが手を入れた跡が見えて来る。
(獣の爪じゃあ、こうは上手く削れねぇよな。殆どは古い物だが……これはそんなに古くない。こいつは多分ーー)
倒木に残る鋸を引いた様な跡を見て、ヘイズは一人合点が言った様に頷いた。
「兄貴っ、あそこっ!!」
シェリーの声に顔を上げると、滝の中腹にぽっかりと暗い穴が覗いているのが見えた。滝の水が簾の様に覆うそれは実に見え辛く、巧妙に隠されている様に感じた。
「多分、あれがアイツの巣だ。シェリ坊、何処かに人が登れる様な場所がある筈だーー探すぞ!」
◇
「どうしよう…………」
二人が森の奥へと消えてから数十分、俺は未だに足下で低く唸るコイツの扱いに悩んでいた。
どうやら俺の魔法無効が上手く働いているらしく、さっきみたいに風を出したりは出来ないみたいだが……。
「グオゥウルル」
「はぁ~」
だからと言って、ずっとこの状態では居られない。俺だってトイレに行ったりするんだからな。
「そう思ったら、何だか尿意が……」
頑丈な紐でもあれば、何処かの木にでも縛り付けて置くのだが……そもそも俺は、後どれ位の間コイツを押さえ付けていれば良いのだろう?
ガウルを助けたら合図を出すーーみたいな打ち合わせをしなかった事が悔やまれる。
「ヘイズはこっちに戻らないって言ってたしなぁ…………そうだっ!」
ーーコイツ、気絶させよう!!
殺すのは忍びないし、思えばこの依頼を受けた当初、魔獣人に会ったらそうしようと思っていたんだった。
丁度良い具合に首の後が見えている、前に駄目だった「手刀でトンッ」を試してみよう。あの時と違って的は大きいし、ちょこまか逃げないから失敗はしない筈だ。
「ヘイズもお前は規格外だって言ってたし、それにきっと俺の手加減も前よりは上手くなってると思うんだ」
首の後は急所なだけあって僧帽筋という筋肉にしっかりと覆われている為とても頑丈だ。それに人と違ってこの首の太さ! それなりの力を加えなきゃ駄目かもしれない。
(手加減……要らないかな? うん、要らないな!)
何やら不穏な空気を察したのか、魔獣人は急にその巨体をばたつかせ暴れ出すーー流石野生! 中々に勘が鋭い!
「こらこら、暴れるなって」
仕方なく、俺は魔獣人の極めた腕を更に捻り上げる。
「グルァアアッ!?」
激痛に背後を振り返る魔獣人が見たものは、これから自分の首へと振り下ろされるであろう、高々と振り上げられた太い左前腕だった。
ーーゴリュッ ボキッ
正に死に物狂いーーガッチリと肩を極められてるにも構わず、魔獣人は強引に身体を捻って横へと転がった。体内を駆け巡る肩骨の砕ける音と激痛ーーその直後、魔獣人の目の前で地面が軽く振動する程の衝撃が炸裂する!
ーーズドッ!
「あっ、ほら! 動くから外れたじゃん」
先程まで顔を付けていた地面は、手刀の跡がつく程に陥没していた。
それを見た魔獣人は更に激しく暴れ出した。痛みも構わず逃げようとするその姿に俺は辟易する。
「自分の肩を砕いてまで逃げ出そうとするなんて……これじゃあ、もう逮捕術だけじゃ拘束しきれないなぁ」
ーーだが、ここで逃す訳にはいかない。
バッタンバッタンと跳ね馬の様に暴れる魔獣人の背に跨り、背後から首へと抱き付く。その太さは人の胴程もあり、俺が両手を回して手首がやっと掴める程だ。
(いっそ、このまま締め落とすか。首に太い血管が通っているのは人間と同じだろうし)
そうと決めた俺は、メリメリと音がする程に魔獣人の首を締め始めた。
最初は飛び上がる程に抵抗していた魔獣人だったが、次第に動きが鈍くなり、カッハッと苦しそうに喉を鳴らし始めた。
(いいぞ、もうすぐ落ちそうだ)
ーーと、その時だ。
「ゴ……ゴメン、ゴメン……ナ……サイ……」
「ふぁっ!??」
予想もしてなかった魔獣人の呻めき声、仰天した俺はその場から大きく飛び退いた!
「シャッ、シャベッタアアアアアアアア!!!」
ーーゴウッ
驚きに腰を抜かした俺の目の前を一陣の風が攫って行く。再び風を纏った魔獣人がヨロヨロと森の奥へと消えて行くのを、俺は只々呆然と見送るのだった。
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