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202・限度
しおりを挟む「…………兄弟、風は? ……いや、片手で??」
あの巨体を片手で抑え込んでいる事、近付く事も出来ない程の風はどうなったのかーー様々な疑問がヘイズの頭を過ぎるが、今はそれよりも優先すべき事がある。
「兄弟、悪いがそのままそいつを押さえていてくれると助かる。俺はその隙にガウルをーー。シェリ坊! こっちに来いっ」
ヘイズは木の上に居るシェリーを呼ぶと頬の傷から流れる血を袖で拭った。意外と深く切れていたらしく、足下を見ると小さな血溜まりが出来ている。
ヘイズはポケットから塗り薬を取り出し、傷口に擦り込みながら先程川で見た状況をざっくりと説明する。
「上流から血の付いた落ち葉が……」
話を聞くに、確かにガウルの状態は良く無さそうだ。そしてこの場に魔獣人が居る事を考えれば『巣』も比較的遠くでは無いのだろう。
「ーーあくまで俺の予想だけどな。だが、かなりの怪我をしてるのは間違いねぇと思う。俺達獣人はそう簡単にくたばったりはしねぇがよ、限度ってのがあるからな」
魔法は苦手だが、魔力を身体能力へと変換する事に長けている獣人は、細胞を活性化させる事で自己治癒能力を高める事が可能らしい。
ーーだが、ヘイズの言う通り限度はある。
「ヘイズは回復魔法使えたりするのか?」
「そんな高等なもん使える訳ねぇだろう? だがティズならーー教会まで連れてきゃ何とかなる。おいっシェリ坊、急げよ!」
「待って、槍をーー」
シェリーは木に刺さった槍を抜いている。現在所持している武器は短槍二つ、なけなしの武器を置いて行く事は出来ない。その事は充分に理解しているヘイズだが、焦る気持ちに尻尾が忙しながら揺れている。
「それにしても…………」
俺の下で荒い息を繰り返す魔獣人の姿を見て、ヘイズは唸る様に言った。
「兄弟を信じて無かった訳じゃねぇが、まさか一人で押さえ込んじまうとはな」
俺は魔獣人を押し潰した後、その長い腕を素早く後へと捻り上げて肩の関節を極める様に背中へと伸し掛かっている。
暴漢が警察に取り押さえられる時に良く見るアレ、逮捕術ってヤツだ。これをやられると普通はまず動けない、やられた事がある俺が言うんだから確かだ。
「ヘイズに気を取られてたお陰でこっちはノーマークだったからな。それに攻撃する時にはコイツも風を止めなきゃだろ?」
シェリーと同じく鋭い聴覚を持つ魔獣人だが、自身が出す風音の大きさに背後から近付く俺に気付く事が出来なかったのだろう。そして攻撃時には風を止めるのは予想済みだーー自分から攻撃対象を遠ざけてしまえば攻撃が当たらなくなってしまうからな。
「何だよ、俺は囮かよーーでも咄嗟にそんな事が思い付くってのは流石兄弟だな。誘って正解だったぜ」
「はっはっはっ、いやまぁ『風を纏った奴』とは前に何度もやり合ったからな。経験からなんとなくーー」
「いやいや、『風を纏った奴』なんて、そういねぇだろ?」
ドヤ顔を浮かべる俺に向かって怪訝そうな顔をするヘイズ。どうやら今回みたいな特殊な技を使う魔獣人は稀らしい。
今後の対策として、情報は共有しておいた方が良いかもしれないと考えた俺は『風を纏った奴』との戦い方をヘイズにレクチャーしてやる事にした。
「俺がやり合ってたのはバーチャルってかゲームの中ではあるんだけどさ、クシャルダオラって知ってる? 古龍なんだけどーーあぁごめんごめん、こっちにゲームなんて無いから分からないよね。モンスターを狩るアクションゲームなんだけど、コイツとは特徴が似てるから参考にはなるかと思うんだ。あぁ、アクションゲームってのは……そうだな、1から説明するのが面倒だから省くけどーーまぁ兎に角、そのクシャルダオラって龍も風を纏ってるんだよね。こっちの攻撃が届かなかったり吹き飛ばされたり、あの時はかなり苦労したけど何度か狩ってるうちに弱点がーー」(超早口)
「ばーちゃ? な、何? ちょ、ちょっと待て、今『竜』って言ったか!?」
早々と呪文の如く流れてゆく言葉の羅列、ついて行けないながらも聞き取れた『竜』という単語にヘイズは耳を疑う。
竜とは天災と同じく、逃げて、隠れて、やり過ごすものであるーーと、同時に、その圧倒的な力は獣人にとって畏怖と憧れの存在でもあった。
現在は目撃される事すら少なくなった『竜』とやり合った経験を持つとは……。
「兄貴、騙されんなよ。コイツは普段から騎士団に居たとかホラ吹く奴なんだからさ」
動揺するヘイズの背後からシェリーが忠告する様に声を掛けた。その手には二本の短槍が握られている、どうやら落とした槍も見つかったようだ。
「いや、そうだよな! 冗談が過ぎるぜ兄弟」
「孤児院の幼年組だってアンタの言う事は信じちゃいないからね。まぁ、ウケてはいるみたいだけど」
「酷い! どっちも嘘じゃないのに!!」
「ハッ、そうかよ? 兄貴、じゃあここは『竜』とやり合える奴に任せてさっさと行こうぜ」
「あぁ、それじゃあ頼むぜ兄弟。俺達はガウルを見つけたらそのまま教会へ直行するつもりだ」
そう言って早々に駆け出した二人だったが、シェリーが不意に立ち止まり、振り返らずにぼそりと呟いた。
「なぁ…………やっぱそいつ、殺すのか?」
感情を消した平坦な口調、表情は見えないが、その酷く幼い立ち姿は何処か震えてるいる様にも見えた。
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