上 下
201 / 281

201・ジャイアントスイング

しおりを挟む

「全て吹き飛べッ!! 筋肉魔法ジャイアントスイング!!」

「や、やめろ、手を離すな!? アアッ、兄弟ブロウゥーーーーーー!!」

 三半規管が悲鳴を上げる鋭い回転の中、すがる様に握っていた手を呆気なく離されたヘイズ。
 縦横逆転した世界を横へ向かって落下するかの様に暫く浮遊した後に落葉の海の端へと豪快に突っ込んで行った。
  
「ペッ、ペッ、おいッ兄弟ブロウ!!」

 突っ込んだ勢いのままゴロゴロと後転しながら枯葉から出てきたヘイズは、ヨタヨタとふらつきながらも怒気を孕んだ声を上げる。着地点に溜まっていた枯葉が落下の衝撃を上手く逃してくれたから良かったものの、通常なら大怪我確実である。ヘイズが怒るのも無理は無い。

 未だゆっくりと回り続ける視界の先では、真っ青な顔で膝を付いた大男が盛大に餌付いていた。木にしがみ付いたシェリーは呆れた表情でそれを見ている。

(投げた本人のがダメージあんのかよ……)

 オエオエと地面に突っ伏しながら「大丈夫」と弱々しく片手を上げるその姿にすっかり毒気を抜かれたヘイズは、両手で強くパンパンっと自分の頬を叩き、犬の様に身体を大きく震わせる事で回る視界をリセットする。
 そうしてハラハラと自身から落ちる大量の枯葉を鬱陶しく払い除けながら、改めて周りを見渡した。

(この先は……さっきの川で間違いねぇな)
 
 運よく飛ばされた先は先程ヘイズが通ってきた道に近い。このまま川へと向かい上流を辿ればきっとガウルが居る巣へと着く筈だ。しかも幸いな事に救出にあたるに唯一問題であった魔獣人マレフィクスは今ここに…………。

「ーーそういやアイツっ、何処にっ!」
 
 あの近辺の枯葉は全て吹き飛ばされ視界は良好だ。しかし先程まで木に体当たりを繰り返していた魔獣人マレフィクスの姿が見当たらない。

(ビビって隠れやがったか?)

 ヘイズの身体を武器ーーいや、道具の様に扱い、大量の枯葉をあっという間に一掃したあの魔法(?)は、恐らく魔獣人マレフィクスの巨体すら跳ね飛ばす勢いがあった。尤もその時はヘイズの身体も無事では無かったろうが……。

 ヘイズが探しているのが見て分かったのか、木の上ではシェリーが首を横に振っている。あの位置からも見えないとするとやはり枯葉の中へと身を隠したか、もしくはーー。

(まさか……まさか、巣に逃げ帰ったとか無ぇよな!?)

 旗色悪いと見て逃げ出したなら兎も角、巣に戻られたりすれば折角のガウルを救出するチャンスが無くなってしまう。

兄弟ブロウ! 俺は直ぐにガウルのーー」

 その言葉が終わらぬうちに、目の前の落葉の山が突然弾けた!

「グルォァア!!」

 咆哮と共に飛び出す魔獣人マレフィクスの長い爪がヘイズを襲う!

「ーーうぉッ!?」

 突然の出来事に泡食って仰け反ったのが功を奏したのか、鋭い爪先はヘイズの頬を掠るに留まった。

「糞ッ、こっちかよ!」

 振り下ろされた爪が地面を削って再び跳ね上がる、ヘイズは怯む事無く魔獣人マレフィクスの横っ腹へと組み付いた。相手の身体が大きな場合、思い切って距離を詰めた方が意外にも被弾が少ない事をヘイズは経験上知っていたのだ。

 やや背後から腰下にしがみ付く形になったヘイズを何とか引き剥がそうと、魔獣人マレフィクスは乱暴にその身体を捻り震わせる。しかし、ヘイズは両手で魔獣人マレフィクスの右脚をしっかりと抱え込みそれを許さない。

「こうなりゃ元同族と言えど構ってられねぇぞ! その腹ぁ、噛み千切ってやる!!」 

 最早この状態で魔獣人マレフィクスとは戦い辛いなど生温い事は言ってられない。こっちは既に身内ガウルがやられているのだ。
 
(生半可な覚悟じゃこっちがやべぇ、情けと迷いは今は棄てる!)

ーー勝てる勝てないの問題では無く、覚悟の問題。

 相手が魔獣人マレフィクスであっても殺す覚悟、それが例えシェリーの弟だったとしても……。
 
 吹っ切れたヘイズは目の前にある魔獣人マレフィクスの無防備な脇腹へ噛み付いてやろうと、その鋭い牙を剥き出し吠えた。

「ガアァッ!!」

 ーー途端、カッと開いたヘイズの口が魔獣人マレフィクスから弾かれる。そのまま見えないナニカに突き飛ばされる様にヘイズの体が魔獣人マレフィクスから離れた。

「ーー糞ッ!!」

 身体を捻りながら地面スレスレをうつ伏せに着地したヘイズは、尚も吹き荒れる突風に飛ばされぬ様に身体を低くして地面に爪を突き立てる。

 全てを拒むかの様に魔獣人マレフィクスの身体から吹き荒れる突風、その呼吸もままならない風量にヘイズは地面に突っ伏したまま動く事が出来ない。

「厄介な風の使い方しやがる!」

 身体が押し返される程の強風を只々地面に這いつくばって耐えるヘイズを見て、魔獣人マレフィクスはまるで勝ち誇るかの様に口を歪ませる。
 そして喉を一つ鳴らすと、ヘイズに狙いを付ける様に前傾姿勢を取ったーー頭を低く、お尻を上げる猫科特有のあの狩りの体勢である。足場を固める様に足踏み鳴らし、お尻がフリフリと揺れるその仕草は猫なら可愛いくも見えようが、このなりでは単に恐怖でしかない。

 手も足も出ない獲物を前にして、一気に飛び掛からんと魔獣人マレフィクスは両脚に力を入れる。


「ほら、お・す・わ・りっ!」

ーーバシーンッ!

「グエァッ!?」


 意気揚々と高く上げられた腰が重い衝撃に潰される。いつの間にか接近していた男に腰を叩かれ、そのまま無理やり地面へと押さえ付けられたのだ。

 片手を振り下ろしただけとは思えないその息の止まる様な衝撃は、魔獣人マレフィクスの背骨を突き抜けて下腹部にまで達した。驚きと痛みに動けなくなった魔獣人マレフィクス、強制的に地面へと押し潰されたその姿は、まるでヘイズに向かって五体投地でもしてるかの様だった。

「よしよし、偉いぞ。でもそれは『お座り』じゃなくて『伏せ』だけどな」
「…………兄弟ブロウ風は? ……いや、片手で??」

 ヨロヨロと起き上がったヘイズは、魔獣人マレフィクスを片手で押さえ付けている大男を見て声を震わせるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...