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198・マッスルアップ

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「ーー何か来る!」

 シェリーがそう短く叫んだ時ーー俺はといえば久々の懸垂を堪能している最中だった。

「何かってッ、ヘイズがッ、フッ、戻ってッ、来たんだろッ?」

 近くに丁度良い太さの枝が、これまた丁度良い高さに広がっているのを見つけたんだ。
 邪魔な葉っぱは無いし、落ち葉でいっぱいの地面はまるでふわふわのマットみたいでさ、万が一力尽きて落下しても安心なこのスペース、筋トレ民として懸垂をやらない理由はないと思わない?

「兄貴じゃないから言ってんだよ!」

 シェリーは耳をペタリと寝かせながら森の奥へ向かって槍を構えている。乱暴な言葉に反しどこか怯えた様なその顔に、俺はやれやれとマッスルアップを使い颯爽と枝の上に登り腰掛けた。

 マッスルアップとは、鉄棒にぶら下がった状態から腰の位置に鉄棒が来る所まで上半身を一気に引き上げる運動だ。蹴上がりの様に反動を使うのでは無く、上半身の筋肉マッスルのみを使って鉄棒に上がると言えば想像出来るだろうか?
 かなり鍛えている人でも難しい動作でありジムで披露すれば羨望の眼差しを受ける事間違い無しのトレーニングであるが、一見すると単純な動作に見える事から、一般人にはその凄さが中々伝わらない不遇な種目の一つでもある。

 案の定、木の上から自慢げにシェリーを見下ろすも反応は無い。

「いいさ、別に自慢したかった訳じゃないし……どれどれ、よっこいしょっと」

 立ち上がる枝から見渡す紅葉の森ーーこの辺りは落葉樹ばかりなのか葉が落ち始めた木々の隙間からは割と遠くまで見通す事が出来た。

「ん~~~、どっちの方角?」
「川の方! ヘイズの兄貴が向かった方!」
「…………じゃあ、やっぱりヘイズじゃないの?」

 勿論シェリーの耳が良い事は分かっている。しかし、ヘイズが一人森の奥へと様子を見に行ってからおよそ20分、そろそろ戻って来てもおかしくは無い時間でもあるのだ。

「ーー違うって、アタシが兄貴の足音を間違える筈が無いだろ?」
「えー? ヘイズの足音っていつも同じなの? ヘイズだって偶にはいつもと違う走り方したりするでしょうよ。例えばスキップしたりさー」
「……兄貴はスキップしたりしねーよ」

 そんなの分からないじゃない、嬉しい事があればヘイズだってスキップの一つや二つ……うん? 網目の様な木々の隙間から薄っすらキラキラと光る筋の様な物が見えるな。

(あれがシェリーが言ってた川か?)

 ーーそしてもう一つ。

 まるで夏の夕暮れにユスリカ達が作る蚊柱みたいな黒い群れが、木々の隙間を擦り抜ける様にして物凄い速さで此方へと向かって来るのが見える。
 
 ザザザザーーザザザザザーーーー。

 黒い群集と共にスコールが地面を打ち付ける様な音が聞こえ出す、しかし不思議な事に空には雨雲が一つも見えない。

「あっ、何かヤバいのが来てるかも……」
「だからそう言ってるだろ! おいっ、何が見えんのさ!」

 最初は虫の様にも見えた黒い群集ーーてっきりヘイズが巨大な蜂の巣にでもチョッカイかけて追われているのかとも思ったが、近付いて来るに連れてそれが何なのかが判明する。

「あれは……落ち葉? 落ち葉が空から降ってきてる?」

 地面を埋め尽くす枯葉達が脈を打って盛り上がり、不自然な旋風つむじかぜがそれを空中へと撒き散らす。豪雨スコールみたいな音はそれが再び地上へと降り注ぐ音だった。

「流石異世界、不思議な現象もあるもんだ」
「余裕かましてないでさっさと逃げるよ!」

 しかし、そうも言ってる間に俺達の頭上にも赤や黄色の葉が雪の様に降り出した。
 色とりどりの枯葉が降る様子は目を見張る物があったがそれは一瞬。直ぐにそんな余裕も無くなる程に枯葉が目の前を覆い尽くす。

ーードザザザザザザッ!!

「うおっ!?」
「キャア!!」
 
 尋常では無い量の枯葉が滝の様に一気に空から雪崩れ落ちた。巻き上がる葉と降り注ぐ葉が互いに打ち合い、まるでイナゴの大群に飲み込まれたみたいにバチバチと羽音の様な轟音が耳を劈く。

 その音と吹き荒れる風に、シェリーは守る様に両手で耳を塞ぎ硬く目を閉じた。





 ーー静寂、何事も無かったかの様に辺りに静けさが戻る。嵐の様に徐々に音が遠ざかって行ったのでは無く、雨降る前に蝉が突然泣き止むかの如くピタリと止んだ音に現実感が薄れる。
 
 しかし、それは決して幻の類いではなかったと言うはっきりとした残痕は確かに残っていた。

「うわっ、何だこりゃ……」

 シェリーが再び目を開けた時、腰まですっぽりと埋まる程の枯葉で周囲が埋め尽くされていたのだ。まるで森中の枯葉を集めて来たかの様な有り様にシェリーは暫し呆然とするが、すぐに手で水を掻く様に枯葉を退けて上を見上げた。

「ゲホッ ゲホッ、あー口にも鼻にも枯葉が詰まってるみてーだ。おい、アンタは大丈夫かよ?」

 枯葉と共に降り注いだ土やら埃が煙の様に立ち込める中、薄目で見上げた木の枝には大きな蓑虫が居た。

「ブフッ、あはは、何だよその格好は!」

 身体中に枯葉を纏うずんぐりとした姿に思わず笑ってしまうシェリーだったが、当の本人は至って真面目な顔付きで静かに言った。
 
「シェリー、そこから動くな」
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