上 下
184 / 279

184・悪口

しおりを挟む

「おーい、こっちに酒とツマミくれ」
「俺も酒、ケチケチしねーで樽で持って来てよ!」
「そう言う注文は貯まったツケ払ってからにしてくんなさいまし」

 ガヤガヤと騒がしいイアマの大衆酒場。安酒とボリュームだけはあるツマミ目当ての……まぁ言ってしまえば、貧乏人達が集う安酒場である。

 値段だけで言うならば貧民街の飲み屋が最安ではあるのだが、毛が浮くスープに獣の臭いが充満していては酔えないと人族ヒューマンが来るのは断然こっちである。だが、客層は何方どちらも大差は無い。
 
 そんな罵倒と下品な笑い声が渦巻く中、端の小さなテーブルで男が二人、実に辛気臭そうな顔でグラスを傾けていた。

「ハァ~、なぁアンタはこれからどうするんだ? そして俺はどうすればいいと思う?」

 まだ二十代の青年は、自らの短髪を両手で掻きむしりながらテーブルへと頭を打ち付けた。
 何度も繰り返される深い溜息ーーもしコレが液体であったなら、とっくにテーブルから溢れ出し彼等の足下をビチャビチャと濡らしているだろう。

 同席するもう一人の男は、自分も同じ立場ながら絶望に打ち拉がれるを酷く冷静に眺めていた。

 年齢的に肝が据わっているのか? と言えばそうでは無く、自分が嘆くより早く青年の酷い落ち込みを見た所為で気持ちが萎えてしまったのだ。
 飲み会で先にベロベロになった人を見ると、思わず介護役に徹してしまい、自分は酒に酔えなくなるーーあの現象と同じである。

「……だからどうもこうもあるかって。とりあえずイアマを出て違う街にでも行くしかないだろう? 俺も、そしてお前もだ……」

 介護役であるならばしっかりと返事は返してやらねばと、男はもう三度目となる同じ言葉を青年へと返す。

「そうか、やっぱそうなるのか……チクショウ! 折角手堅い仕事にありつけたってのに一月ひとつきも経たないうちにクビになるなんて!」

 男達はイアマの街を取り締まる衛兵だーーいや、衛兵

 衛兵とは国に雇われる騎士とは違い、その地区を治める領主に雇われている。その領地にもよるが毎月決まった額の給金が払われる為に非常に安定した職業であるのと同時に衛兵と言う肩書きが手に入る。
 この肩書きと言うのは便利な物で、大抵の無理は押し通す事が出来るし、不正をでっち上げて見逃す代わりに賄賂を貰うーーみたいな、ちょっとした小遣い稼ぎも出来ると言う優れ物だ。
 
 しかし、男達はそんな誰もが羨むような理想の職場から解雇されてしまったーーそれもたった一度の失敗の所為でだ。

「俺達に全部責任を負わせやがって、何が『夫人への報告は俺が上手くやっておくから心配するな』だよ……」
「随分とお怒りだったらしいからな……まぁ、運が無かったとしか言いようが無い」

 彼等は野良犬ストレイ・ドッグ事件の時にルーナを追い詰めていたあの衛兵達だ。

 結局あの後、犯人を捕まえる事も財布を取り返す事も出来なかった衛兵達は、夫人よりもその夫であるバルザック男爵からの多大な怒りを買い責任を取らされる羽目となった。衛兵のリーダーは降格、他二人は減給、そして盗人に騙され、まんまと無関係な者を追い掛けた挙句、警備隊長の友人が世話する少女達に怪我を負わせた責任で彼等二人には一番重い処分を下される事になる。

 貴族の怒りを買った彼等がこの街で再度衛兵職に就く事は難しく、他の職に就くとしても目をつけられた彼等を快く迎えてくれる職場は無いだろう。
 そうとなれば噂の届かない遠い街へと生活を移すより他無い。

「はぁ~運ね。俺の運は衛兵に受かった時にすっかり無くなっちまったって訳だーーおい、酒だ!」

 酒場に入り浸るくらいならサッサと違う街へ行けば良いのにと思う所だが、他の街へ行く旅費や当分の宿賃、食費などを確保するにはある程度纏まった金が要るーーしかし、彼等にそこまでの貯蓄は無い。
 結果、ジリジリと残り少ない身銭を切りながらも安酒を煽るくらいしか出来ないのが現状なのだ。

「なぁ、それにしてもラルードル御婦人ってのは随分とケチ臭い女だと思わないか? 財布の中身なんてたかが知れてるだろう?」
「ーーおいおい、声を落とせよ。その意見には完全に同意するが、俺はこれ以上貴族に関わるのはゴメンだ」

 辺りを見渡し声を落とす男に向かって青年は益々声を張り上げる。

「ハッ、こんな安酒場に貴族様は来ないだろ! それに聞かれたって構うもんか、これ以上状況が悪くなる事なんて無いんだから!」
「あのな、この場に貴族が居なくたって誰かにチクられたら不敬罪で投獄だぞ。元同僚に捕まるなんて恥ずかしいにも程がある」
「…………投獄、今より悪い状況もあったな」

 「俺は愚痴すら吐けないのかよ……」と青年は嘆き酒を更に煽る。

「はぁ~、あの大男が出てこなきゃ、餓鬼共をそのまま犯人に仕立て上げられたかもしれないのにな。隊長の知り合いは無理でも、あの孤児の餓鬼どもなら何とでもなっただろ?」
「ーー大男? あぁ、あの魔法が全く通じない奴か」

 魔法を踏み潰し叩き落とす大男、それだけでは無い、あの距離を一瞬で詰める瞬発力…………あの時、周りが止めなければどうなっていただろうと男は肩をブルリと震わせた。

「あの魔道具、闇市に行きゃまだあるかな? あれがあれば何処の街に行っても何とかなりそうだろ?」
「どうだかな、あったとしたって今のお前にゃ買えないさ……しかし、あれは本当に魔道具の効果だったと思うか?」

「おいおい、アンタが魔道具だって言ったんだぜ先輩。……他に何がある? まさか、あんな場所に大魔法士様が降臨されたとか言うなよ?」
「いや、流石にそうは思わないがーー俺が聞いていた魔道具よりも実際の効果が高くてな」

 男が闇市に流れてきていると聞いた魔道具は精々単発魔法が使える程度の物だ。よく考えれば魔法を無効化する魔道具が有るなんて話は聞いて無い。

「まぁ、仕組みは分からないが帝国ってのは大したもんだよな、魔法無効レジストだぞ? あんな魔道具が沢山あるなら共和国側は直ぐに負けちまうんじゃないかね? それなのに共闘とか言ってる貴族様がいるんだろ、全く馬鹿だねぇ!」
「おいおい、またお前は……少し飲み過ぎだぞ?」

ーーガタッ!

 貴族の悪口を聞かれたのだろうか? すぐ隣の席に一人で飲んでいた者が此方の言葉に反応してか急に立ち上がるのが見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。 それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。 特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。 そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。 間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。 そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。 【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】 そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。 しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。 起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。 右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。 魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。 記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

転生犬は陰陽師となって人間を助けます!

犬社護
ファンタジー
犬神 輝(いぬがみ あきら)は、アルバイトが終わり帰ろうとしたところ、交通事故に遭い死んでしまった。そして-------前世の記憶を持ったまま、犬に転生した。 暫くの間は、のほほんとした楽しい日常だった。しかし、とある幽霊と知り合ったことがきっかけで、彼は霊能力に目覚めた。様々な動物と話すことが可能となったが、月日を重ねていくうちに、自分だけが持つ力を理解し、その重要性に葛藤していくことになるとは、この時はわからなかった。 -------そして、関わった多くの人々や動物の運命を改変していくことも。 これは、楽しい日常とちょっと怖い非日常が織り成す物語となっています。 犬視点で物語をお楽しみ下さい。 感想をお待ちしています。 完結となっていますが、とりあえず休載とさせて頂きます。

最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?

夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。 しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。 ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。 次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。 アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。 彼らの珍道中はどうなるのやら……。 *小説家になろうでも投稿しております。 *タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。

処理中です...