上 下
181 / 279

181・懇願

しおりを挟む

 シェリーとヘイズの問答を聞きながら、ますます俺の不安が募ってゆく。当然だ、事の次第によっては折角の話が流れてしまうかもしれないのだ。

 かと言って、ギルドに登録出来る手段は浮かばないーー俺は思い切って彼等の話へと割って入る。

「あ、あのさヘイズ、そういえば俺も冒険者登録してないーーってか出来なかったんだけど……やっぱマズイの?」

 恐る恐る尋ねる俺に、ヘイズはぞんざいに片手を振りながら答えた。

「あぁ? 兄弟ブロウは俺の手伝いって事にするから別に登録の必要無えよ」
「え、そうなの? 何だ、心配して損した!」
「報酬はギルドを通して俺が受け取る事になるが、取り分は後でちゃんと分ける。まぁ、そこは俺を信用してもらうしかねぇけどな」

 通常ギルドでの依頼を受ける為には冒険者登録が必須である。しかし、ヘイズの言い方からしてその手伝いまでには細かな規定は無いらしい。

 そう言えば、運び屋ポーター役で子供達が冒険者に同行する事もあるーーなんて話をグルルガ辺りが話していた気がする。

 冒険者が依頼で何日も遠征する場合、当然ながら持って行く物資も多くなる。依頼先が馬車で通れる様な場所でない場合、人族ヒューマンよりも力と体力に優れた獣人を運び屋ポーターとして連れて行く事が多いらしいーーいざと言う時、獣人の方が切り捨てやすいと言う後ろ暗い理由もある様だが…………それは兎も角ーー。

「ーーあれ? じゃあ別に登録前のシェリーが一緒でも問題無いんじゃないの?」
「ーーだ、だよな!? アンタ、偶には良い事言うじゃねーか!」

 俺の言葉にシェリーの表情がパッと明るくなる、それとは裏腹にヘイズは露骨に顔を顰めた。
 恨めしげな目線を俺に投げかけ、ヘイズは苛立った様に尻尾を振って語気を強める。

「ーーなぁ、さっきの話は聞いてただろシェリ坊。俺はギルド云々うんぬんより魔獣人マレフィクスがーー」

 しかし、シェリーは尚も縋る様にヘイズへと懇願する。普段から強情な所があるシェリーだが、ここまで兄貴分であるヘイズに楯突くのは珍しい。

「ーー頼むよヘイズの兄貴! 魔獣人マレフィクスの事は分かってるけど、最近ちゃんとした肉なんて手に入らないんだ。それに一角兎アルミラージの毛皮があれば幼年組に冬用の新しい毛布だって作ってやれる……なぁ、頼むよ、雑用でも何でもやるからさ、な?」

 シェリーの言う通り、孤児院での肉と言えば固い干し肉ばかり……あれは肉と言うよりスープの出汁である。ジューシーな肉らしさと濃厚な脂身などは全くの皆無ーー実際出汁取った痕の昆布をしゃぶってる様なもんなのだ。

 そんな現状、今回の一角兎アルミラージがどれ程居るのかは分からないが、新鮮な肉を持って帰れるのは貴重な機会である。
 そして沢山持ち帰るなら人手は多いに越した事は無いだろう。半端な量ではこの前のパンの様にあっという間に食べ尽くされてしまう。
 取り過ぎじゃないかってくらい持ち帰らなければ、また俺の分が無くなってしまうかもしれない!

(それに、どうせならきちんと血抜きした美味しい肉が食べたい)

 久々の肉(タンパク質)、是非最高の状態で味わいたいじゃない?

 しかし、生憎俺には血抜きや皮剥ぎなどの知識がまるで無い。騎士団の戦闘訓練が終わった後、クリミアに狩人の技術スキルを習おうと思っていたのだがーー教わる前に出てきちゃったからなぁ。

「シェリーって獲物の解体は出来るんだよな?」
一角兎アルミラージはした事無いけど、まぁ他のと大した変わんねえだろーー多分いける」

(多分か……でも、俺よりマシだろう)

「なぁヘイズ、人手はあった方が良いんだろ? 手伝ってもらおうぜ。何、大丈夫だって、魔獣人マレフィクスの対応は俺に任せとけ!」

 ヘイズとしても孤児院の貧困問題や、まだ幼い弟妹分の為と言われれば無碍には出来なかったのだろう。暫しジッと目を閉じ考えていたが、大きな溜息と共にやや投げやりに両手を上げた。

「…………兄弟ブロウがそこまで言うなら……仕方ねぇ。シェリ坊、足引っ張んじゃねーぞ?」
「ーーお、おうよ! ーーったり前だ!」




 嬉し気にガッツポーズを決めるシェリーとそれを「俺のお陰で~」とのたまいドヤる声を聞きながら、ヘイズは数枚の銅貨を店主へと握らせ店を出る。

 見上げれば太陽はすっかり傾き、薄ら青い月達が遠くの雲間から覗いていた。
 
 扉を閉めた後、尚も店内から漏れ出す二人の騒がしい声にヘイズは深く長い溜息を吐くと、魔導ランプが灯る繁華街の奥へと歩き出すーー向かうは冒険者ギルドだ。

 夕刻のギルドは依頼報告で人がごった返すのが常だ。今回の様に書類の代筆などを頼む場合は閑散としている夜が良いーー何故なら、代筆を頼むとその依頼内容が周りに筒抜けになるから……と言うよりは、忙しさの所為で代筆を担うギルド嬢が機嫌が悪くなるからだ。

 向こうも仕事であるのだから、機嫌関係無くやる事はやってはくれるのだが、雑だったり間違ったりと大抵碌な事にはならない。故意か不注意か、過去には報酬金額の桁を少なくされた事もある。しかも、それが間違っているかどうかは字の読めないヘイズには確認しようが無いのだ。

(そうだな、差し入れに何か買って行くか……)

 互いが気持ち良く仕事が出来る様に配慮する事、これが如何に大事な事かと分かったのは何度目の失敗後だっただろう。

 特に今回に限ってはヘイズに取っても大事な貴族絡みの依頼である。多少の出費を伴ってでも間違いの無い文章が出来るのであればそれで良い。それにギルド嬢の好感度を上げておけば、これからも美味しい仕事を回してくれるかもしれない。

 そんな打算的な考えもあり、ヘイズは繁華街にある屋台群へとその足向きを変えるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭
ファンタジー
埼玉生まれ、ガリ勉育ちの北原麗央那。 ひょんなことから見慣れぬ中華風の土地に放り出された彼女は、身を寄せていた邑を騎馬部族の暴徒に焼き尽くされ、復讐を決意する。 お金を貯め、知恵をつけるために後宮での仕事に就くも、その後宮も騎馬部族の襲撃を受けた。 なけなしの勇気を振り絞って賊徒の襲撃を跳ね返した麗央那だが、憎き首謀者の覇聖鳳には逃げられてしまう。 同じく邑の生き残りである軽螢、翔霏と三人で、今度こそは邑の仇を討ち果たすために、覇聖鳳たちが住んでいる草原へと旅立つのだが……? 中華風異世界転移ファンタジー、未だ終わらず。 広大な世界と深遠な精神の、果てしない旅の物語。 第一部↓ バイト先は後宮、胸に抱える目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~ https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/437803662 の続きになります。 【登場人物】 北原麗央那(きたはら・れおな) 16歳女子。ガリ勉。 紺翔霏(こん・しょうひ)    武術が達者な女の子。 応軽螢(おう・けいけい)    楽天家の少年。 司午玄霧(しご・げんむ)    偉そうな軍人。 司午翠蝶(しご・すいちょう)  お転婆な貴妃。 環玉楊(かん・ぎょくよう)   国一番の美女と誉れ高い貴妃。琵琶と陶芸の名手。豪商の娘。 環椿珠(かん・ちんじゅ)    玉楊の腹違いの兄弟。 星荷(せいか)         天パ頭の小柄な僧侶。 巌力(がんりき)        筋肉な宦官。 銀月(ぎんげつ)        麻耶や巌力たちの上司の宦官。 除葛姜(じょかつ・きょう)   若白髪の軍師。 百憩(ひゃっけい)       都で学ぶ僧侶。 覇聖鳳(はせお)        騎馬部族の頭領。 邸瑠魅(てるみ)        覇聖鳳の妻。 緋瑠魅(ひるみ)        邸瑠魅の姉。 阿突羅(あつら)        戌族白髪部の首領。 突骨無(とごん)        阿突羅の末息子で星荷の甥。 斗羅畏(とらい)        阿突羅の孫。 ☆女性主人公が奮闘する作品ですが、特に男性向け女性向けということではありません。  若い読者のみなさんを元気付けたいと思って作り込んでいます。  感想、ご意見などあればお気軽にお寄せ下さい。

RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。 それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。 特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。 そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。 間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。 そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。 【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】 そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。 しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。 起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。 右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。 魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。 記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった

秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~

下昴しん
ファンタジー
武力で領土を拡大するベギラス帝国に二人の皇子がいた。魔法研究に腐心する兄と、武力に優れ軍を指揮する弟。 二人の父である皇帝は、軍略会議を軽んじた兄のフェアを断罪する。 帝国は武力を求めていたのだ。 フェアに一方的に告げられた罪状は、敵前逃亡。皇帝の第一継承権を持つ皇子の座から一転して、罪人になってしまう。 帝都の片隅にある独房に幽閉されるフェア。 「ここから逃げて、田舎に籠るか」 給仕しか来ないような牢獄で、フェアは脱出を考えていた。 帝都においてフェアを超える魔法使いはいない。そのことを知っているのはごく限られた人物だけだった。 鍵をあけて牢を出ると、給仕に化けた義妹のマトビアが現れる。 「私も連れて行ってください、お兄様」 「いやだ」 止めるフェアに、強引なマトビア。 なんだかんだでベギラス帝国の元皇子と皇女の、ゆるすぎる逃亡劇が始まった──。 ※カクヨム様、小説家になろう様でも投稿中。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

処理中です...