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175・ピリルの事情

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「兄さん、悪いけどワイらは此処でお別れや」

 ピリルは何処か急にソワソワし出すと唐突な別れを切り出した。

「え……最後まで案内してくれるんじゃないの?」

 教会の屋根は見えているので迷う事は無いとは思うが、余りに急過ぎる別れに俺は少し驚いた。

 友達ーーと言う訳では無いが、二人は俺が騎士団を抜けてから初めて出会った獣人である。只でさえ知り合いが少ない世界なのだ、そんなあっさりと別れられると寂しいじゃないか……。

「ブルッフ、バルン。バルゥブッフ、アブゥバロッゥバルルゥブ」
「いやいや、だから分からんって!」

 バルボが何かを説明してくれてる間、目を瞑って集中していたピリルの翼が淡く輝き出す。

「ーーそう言うこっちゃ。ほな、ばいなら」
「はっ? だからどう言うこっちゃなのよ!? おいってばっ!」

 ピリルはバサッとその翼をはためかせ一気に飛び上がるーーと、同時に巻き起こった旋風つむじかぜが足下の埃や枯れ草を巻き上げた。

(これは魔法?)

 あの身体の大きさで一体どうやって……いや、そもそも鶏が飛べるのかと不思議に思っていたけれど……成る程、風魔法を使って上昇したのか!
 獣人は魔力が少ないって聞いてたが、しっかり魔法を使ってる。

(魔力が多い俺よりちゃんと使えるなんてズルい!)

 ピリルはドンドン空に向かって上昇して行くと、今度は翼を大きく広げ、まるでグライダーの様に滑空し始めた。

「ワイらは大抵は最初に会った辺りにおるさかい、用事ある時は会いに来てやーーーー」

 遠くなっていくピリルの声、唖然として見上げているとバルボが俺の肩をポンッと叩いた。

「あれ、バルボは置いてかれたのか?」

 俺の言葉にバルボはフルフルと首を降り、何やらシュババとジェスチャーを始める。

「なになに? 目を閉じて両手を伸ばしてヨロヨロ周りを探る仕草? う~ん…………スイカ割り!」
「ブルッ、ブゥルゥ~」

 どうやら違ったらしいーー唇を震わせ、首を横に勢いよく振るバルボの涎が顔に掛かる。

「ーーちょっ、汚っ! 何か凄くムカつく顔してるな……」

 何度目かのジェスチャー。
 バサバサと腕を上下に降り回しながらバルボは薮や木に突っ込む、最後に沈み行く夕陽を指差した。

「……見えない? あぁ分かった! 鳥目か!」
「ブルルゥ!」

 そうかー、ピリル鳥獣人だもんな。視界が効かなくなる前に帰ったって事か。
 
 伝わった事に満足したのか、ビッと片手を上げ挨拶したバルボはピリルを追う様に走って行った。

「ちゃんと説明してから行くなんて律儀だな、そういやバルボは馬獣人……もしかして駆け足得意だったり?」

 ワクワクしながら暫くバルボが走る様子を見ていたが、一向にスピードは上がらない。それどころか疲れたのか途中から歩き出した。

 まぁ、考えてみればバルボが馬なのは顔だけだ。足は人と同じだったからスピードは変わら無いって事なんだなーー実に普通で拍子抜けした。

「あいつ、馬のお面被った只の人なんじゃないだろうな?」





 そんな訳でーー俺は今、一人で教会の入り口に立っている。目的の場所へと辿り着いたのは夕焼けが夜の空と合い混ざりあった菫色すみれいろのグラデーションが終焉に近づく頃だった。
 一日の大半を貧民街の散策へと費やした所為でもあるのだが、目的地到着まで丸一日掛かった事にこのイアマの街の大きさを感じる。

「ここが……教会?」

 何度も付近を見回すが、ここ以外に赤い屋根は見当たらないーー俺はガックリと肩を落とす。

 ヒビが走る白塗りの塀、敷地の大部分は雑草に覆われている。その中に畑らしき物も見えたが何かが育っている様には見えない。
 外に炊事場が設置されているのは他の民家と変わらないが、その大きさは小さなキャンプ場程はありそうだ。民家の炊事場は即席で作れる様な土を盛ったかまどが一つだったが、ここには石で出来たかまどが三つもある、しかも屋根付きである。

(炊き出しとかもあるのかもしれない、それならこれくらいの広さは当然か)

 最後に、一番奥のポツンと建つ古びた建物、多分あれが教会だろう。

 というのは、その見た目があまりにも俺の知っている教会とはかけ離れているからである。

 二階建ての体育館くらいはありそうな建物だが、その朽ちた壁一面には蔦が絡まってる、恐らくあれでは窓を開く事は出来ないだろう。
 蔦の中に巣があるのか、大きめのカラスみたいな鳥達が不審者を警戒するかの様にギャーギャーと喚き飛び回っていて気味が悪い。

 何だか、全体的に教会と言うより洋風のお化け屋敷と言う方がしっくりくる外観だ。厳格で神聖で何処か神秘的な感じだと思っていたのだが……そんなのは一切無い。

(騎士団って金あったんだなぁ……)

 質素な造りだと思っていた騎士団の宿舎が、まるで立派なホテルに感じる。

「さっきの繁華街で宿取った方が遥かにマシそう……」

 金にまだ余裕はあるので出来ればそうしたい所だが、追手が聞き込みに来る可能性もある。それにカイルだってきっと何かの意図が合って此処を選んだのだろう。
 そうでなければ只の嫌がらせだ。俺はそこまで嫌われてなかったと思うけどーーどうだったかな?

 教会の前で入るのを躊躇っていると、不意に耳元で声がした。

「…………あの~、何か御用ですかぁ?」
「うわぁっ!?」

 お化け屋敷を見ていた所為もあり思わず叫んでしまったーーが、見ればそこには女性が一人。きょとんとした表情で俺を見上げていた。
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