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157・応援到着

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「大丈夫だ、俺に考えがある!」

 魔道具の可能性は大いに有るが、高性能になればなるだけその値は跳ね上がる。こんな所貧民街に来る奴が持つ道具とは思えない。それに、そんな魔道具を戦時中の帝国が国外へ出す訳がない。

「所詮王国に流れてくるのは劣化版か紛い物だ、二つの異なる魔法をほぼ同時に相殺する事は出来ないだろう」
「そうか、ならあの自信はハッタリって事か! 危うく騙される処だった」

(当たり前だ、ハッタリ以外にあってたまるか!)

 瞬時に同量の魔力を相反する属性で放出する魔道具。それだけで十分凄い物だが、立て続けに別の魔法の対処まで出来るならそれはもうアーティファクト級だ。
 
「お前の氷結束縛アイス・バインドに合わせて俺が火球ファイヤーボールを撃つ。躱せば餓鬼が焼け、防げばあの男がやられる。背後の奴等衛兵も状況は理解している、きっと直ぐに追撃してくれる筈だーーよし、いくぞ!」
「分かった、氷結アイスーー」

 その時だ、背後から駆け付ける衛兵達の中から見慣れぬ一人の男が飛び出し掠れた大声で叫んだ!

「おい待て! 待ってくれ!」

 次いで、仲間の衛兵達も口々に叫び出すのが聞こえてくる。

「ストッーープッ!」
「止めろ、撃つな!」

 唯ならぬその声に、慌てて手のひらで熱くなった発動寸前の魔法をキャンセル、何事かと振り返る。

「ーー誰だアレは?」

 駆け寄る衛兵達に混ざり、ゼェゼェと息を切らしながら先頭を走るのは年配の男性だ。軽装とはいえ、日頃訓練で鍛えている衛兵達と同じ速度で走って来くるとは只者では無い。

 その男性は我々の前で立ち止まる事無く、そのまま横を駆け抜けて行く。

「お、おいっ! 貴様、何処へ行く!」 

 咄嗟に男性を止めようと振り向くとーー

「ーーななっ!?」

 何と、直ぐ目の前にあの男の顔があったのだ! それも後数センチも無い距離だ!

 思わずその場を飛び退き距離を取る、ワタワタと慌てて構える仕草は随分と不恰好に見えたに違い無い。
 男は動揺激しい此方を一瞥すると男性を追って戻っていった。

(ーーい、いつの間に?)

 見れば男が居た足下にブレーキ跡がある、さっき振り向いた一瞬でこの距離を詰めたというのか!
 恐ろしい速さだ、あのまま男と戦闘していたらどうなっていたのか考えると、収まりかけていた動悸がまた激しくなっていった。




 戻ってゆく男の背中を見ながら速まる鼓動を抑えていると、衛兵同士の口論らしきものが聞こえてくる。どうやら揉めているのは俺と共に居た新入りと班のリーダーだ。

「ーー犯人は別の奴だ、今日は帰るぞ」
「何だって今更! じゃあ他の餓鬼共は? 夫人には何と報告を?」

 新入りがリーダーに食ってかかる。

「餓鬼共はもう放した、夫人にはこれから報告する」
「餓鬼共を放した!? 冗談じゃ無い、これじゃあ苦労した甲斐が無い!」 

 それはそうだろう、あれだけ走り回ったんだ「はい、お終い」では俺も納得がいかない。

「何故いつもの様に犯人をでっち上げ無いんだ?」

 途端、リーダーは新入りの頭を片手で掴んで乱暴に胸元へと引き寄せる。そして低い声で脅す様に言った。

「おい、言葉には気を付けろ……」

 耳元で凄まれた新入りはそれ以上文句を言う事は無かった。


「あの男性は緑燕亭って宿屋の主人でな……俺達と同じ元衛兵で、うちの上司とは顔見知りらしい。あの少女達は店の従業員で身元もはっきりしている。カーポレギアの連中とは偶々此処で出会でくわしただけみたいだ。夫人の件とは関係無い」

 気を取り直す様にリーダーが経緯を説明する。

 宿屋の主人が買い物に行かせた従業員の帰りが遅いと探しに来たところ、貧民街の餓鬼と一緒に拘束されているのを見つけたらしい。
 よくよく餓鬼共に話を聞けば、今回の事件は別の者が犯人で、俺達が追っていた少女を尋問しても夫人の財布の中身は取り戻せないだろうとーー。

(はぁ、仕方ないかーーこんな日もある)

 確かに新入りが言う通り、適当に犯人をでっち上げて報告すれば「財布の中身は使っちまったらしいです」とかーーまぁ、何とでも誤魔化せただろうし、それなりの御礼も夫人からせしめる事が出来たかもしれない。
 しかし、そのでっち上げる犯人が上司の顔見知り関係者ではそうはいかない。

「夫人への報告は俺が上手くやっておくから心配するな、さぁ帰るぞ!」

 表通りへと通じる道へ向かい、俺達はぞろぞろと歩き出す。ふと見れば、屋根にあの時の餓鬼共が此方に向かって歯を剥いているのが見えた。

 戯ける様に肩を大袈裟に竦め、道端に向かって唾を吐く。

 俺の斜め前を不貞腐れながら歩いていた新入りは、餓鬼共を見るなり魔法をぶっ放そうとしている。

「やめとけ、やめとけ」
「しかし! このまま舐められっぱなしじゃーー」

 たぎる新入りの肩に手を回し、俺は小声で囁いた。

「……まだあの男が見ている」

 背後から突き刺す様な視線をずっと感じている。あの男はまだ警戒を解いてない。

(やはり、相当な修羅場を潜っているな……)

 新入りも先程の男の踏み込みの速さを見ていたんだろう、直ぐに魔力を散らすとビクビクと背後を気にし出した。

(はぁ、後で慰めてやるか……)

 新入りのメンタル管理も先輩の役目だ、酒の一杯でも奢って話して聞かせよう。

 今回は『骨折り損のくたびれ儲け』ではあったが、運は良かった。

 なにせ、あの男と戦う前に終わったんだからーーと。


 
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