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151・濡れ衣

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「じゃぁ、一体誰の財布なんだ?」

 シェリーはガウル達に目線を送るが、皆一様に首を傾げている。しかし、困惑に囚われる時間はそう長くは無かった。

「餓鬼共! そのまま動くな!」

 突如放たれた警告ーーそれは乱暴だがゴロツキが発する様な脅しとは違い何処か整然とした、まさに警告であった。

「ーーっ!?」

 ルーナはその冷たい声に、持っていた財布を思わず無意識にカゴへと突っ込んだ。

 ガチャガチャと鎧の擦れる音と複数の足音が響く、やって来たのは衛兵達だ。彼等はあっという間にルーナ達を壁際へと追いやる様に囲んで行く。

「んだよっ! 俺達は今日は何もしてねーよ!」
「そうだ、寧ろ人助けしてるんだよ!」
「ーーしてるんだよ!」

 突然複数の衛兵に囲まれ固まる姉妹。一方でそんな状況には慣れているのか、ガウル達は対して怖がりもせずに衛兵に向かって口々に文句を言い始める。

「ほ~ぅ、オマエら屑共獣人が人助けだと? もっといい嘘の吐き方をから教わった方が良いんじゃないか?」
「てめぇ! シスターを悪く言うなっ!」

 随分と大切な人なのかガウルが衛兵に向かって低く唸る、さっき練習した野良犬ストレイ・ドッグをビビらせたあの唸りだ。
 しかし、そんなガウル渾身の脅しを鼻で笑い飛ばした衛兵の一人がゆっくりとルーナの持つカゴに手を伸ばした。

「衛兵のおっちゃん……アタシ達はマジで何もしてないってーー本当にその子達の荷物を取り返してやっただけさ……」

 シェリーの言葉を聞き流し、ゴソゴソとカゴを探る衛兵は「ほらな?」と周りに見せる様に財布を上に挙げた。

「おい、こりゃ何だ?」
「へぇ? 随分とお金持ちな嬢ちゃん達だ。こんな立派な財布を持って裏路地に子供だけで一体何を買いに来たんだい?」
「そ、それはーー私たちのじゃなくて……」

 慌てて訳を話そうとするルーナの言葉を遮る様に、衛兵の一人がピシャリと言った。

「ーーそんな事は分かってる!」

 ルーナは嘗て、これ程までの侮辱と軽蔑に塗れた冷たい目で睨まれ怒鳴られた事があっただろうか?
 その鋭い怒鳴り声は、衛兵の一番近くに居たマルリが涙ぐみその場でしゃがみ込むくらいの十分な威力を持っていた。

「いいか? この財布はなぁ、ついさっき表通りで盗まれたラルードル夫人の物なんだ!」
「盗まれた…………そ、そんなっ! 私、知らない!」

 ルーナと衛兵のやり取りを聞いていたガウルの顔色がサッと青ざめる。

(ーーあの野郎、素直にカゴを返したと思ったら!)

 財布が入っていた事が偶然で無いと気付いたガウルは慌ててルーナと衛兵に割って入る。

「よりによって貴族の財布を盗るとはーー」
「ま、待ってくれ! やったのは野良犬ストレイ・ドッグの野郎だ!」

 それを見ていたもう一人の衛兵は、直ぐ横で半べそかきながらしゃがみ込むマルリの襟首を掴みながら弁明する為に衛兵に近づいたガウルに向かって魔法を放った。

「貴様、抵抗する気か! 氷結拘束アイス・バインド!」
「ーーぐがっ!!」

 ガウルの右脚が瞬時に凍り付く、それと同時に数人の衛兵がガウルに飛びかかった。 

 まさか攻撃までして来るとは思わなかった。全く予想していなかったその光景を唖然と見詰める子供達、その耳に聞き慣れた鋭い声が飛んだ。

「ーーグルルカッ!!」
「ーーッ! 濃厚な霧スイック・ミスト!」

 周囲の視界を魔法の霧で遮ったグルルカ、それを合図にカーポレギアの子供達は蜘蛛の子散らす様に一目散に逃げ始める。しかし、既に拘束されたマルリとガウルは衛兵達にガッツリと地面に押さえつけられていた。

 囚われた恐怖と理不尽な苦痛、泣き顔に歪むマルリの顔がゆっくりと霧に呑まれてゆくのをルーナは愕然と見詰める。

「ほらっ、ボサっとしてんじゃないよ!」

 半ば放心したルーナのその腕を引ったくる様に掴んでシェリーは衛兵達と反対側の路地奥へと駆け出した。

「待って! マ、マルリがっ!」
「ーー分かってるけど今はダメだ! 取り敢えずその足動かしな!」

 入り組んだ路地を何度も曲がり走る二人。背後で聞こえる魔法の詠唱と悲しい悲鳴が他の子供達が捕らわれた事を示していた。

「…………チクショウ、嵌められた!」

 恐らく、貴族のナンタラ夫人の財布を盗んだのは野良犬ストレイ・ドッグだ。いつもの様に表通りで財布をスった後に裏路地へと逃げ込み、そこでルーナ達と出会でくわしたに違いない。

「あの犬野郎、衛兵に追われる事を知っててアタシ達に罪を擦り付けやがったんだ……」
 
 この界隈で長く生き抜いてゆく為には『知恵』・『魔力』・『特技』など、何かしらの力が必要だ。
 
 小物と言えど、それなりの期間をこの路地裏で過ごす野良犬ストレイ・ドッグにだって『力』があってもおかしく無い、いや無い方がおかしい。恐らく彼は狡猾さを武器にこの理不尽な世界で生き抜いて来たのだろう。

(糞っ! アタシが行けば良かったーー)

 シェリーは後悔するがもう遅いーーいつもの残飯漁り程度ならば衛兵達に2~3発殴られるくらいで済むし、ちょっとした盗みでも袖下を渡せば目を瞑ってくれるのだがーー。

(貴族はヤバいだろ……野良犬ストレイ・ドッグのヤツ、何だって貴族なんか狙ったんだ?)

 賄賂に弱い衛兵達も貴族からの要請であれば下手な事は出来無い、多少の袖下を貰った所でバレれば首が飛ぶ。逆に貴族へ自分の有能さを見せる事が出来れば昇進への口添えをしてくれる可能性だってあるーーそんな訳で、貴族絡みの事件だと衛兵達のやる気が違う。

 つまりこの界隈で安全に過ごす為には、貴族に手を出さ無い事が絶対なのだ。

「ハァハァーーねぇ、これからどうするの? マルリは大丈夫なの?」

 足が縺れぬように必死に走るルーナが背後で捕まっているマルリを気にする様に言う。

「…………ナンタラ婦人の前に突き出されるまでは、多分殺されはしないと思うけどーー」
「ーーこ、殺されっ!? ダメっ、マルリ!!」

 慌ててブレーキをかけ、今来た道を戻ろうとするルーナ。その重くなった手を無理矢理引き摺りながらシェリーは振り返らずに怒鳴った。

「アタシだってアイツら仲間を見捨てるつもりは更々無いっての!」

 ルーナの腕を痛い位に握りしめながら、シェリーはそれでも歩みを止めようとはしなかった。

「じゃ、じゃあーー今からでも衛兵さんにちゃんと事情を話しに行こう? きっと分かってーー」
「ハッ! そんな訳ないだろ! 奴等衛兵達は物さえ取り戻せりゃ犯人なんて誰だって良いんだからーー物さえ取り戻せりゃ…………まてよ?」

ーーシェリーが不意に立ち止まる。

「なぁ……そういや、さっきアンタが見た財布の中身ってーー」
「え? う、うん……何も入って無かったけど」

「……って事は、まだ盗まれた中身は取り戻せてないって事だよな? よし、そいつを取り戻そう! そして野良犬ストレイ・ドッグ奴等衛兵達に突き出すんだ、それしかない!」
「でも、その人ってもう居ないんでしょ?」

「ーーだからアタシ達で探すんだよ! まずはさっきまで野良犬ストレイ・ドッグが居た4番通りに向かうよ!」

 こうして二人は、衛兵から逃げながら何処かに潜む野良犬ストレイ・ドックを探す為に路地裏の更に奥へと進んで行くのだった。
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