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146・ルーナ
しおりを挟む「ハァハァ、ハァハァ」
ーー右、左、また左。
もつれる足を半ば引き摺られる様に曲がりくねった路地裏を二人の少女が駆けていた。
「ま、待って……もう、無理ーー」
「もうすぐ空き家がある筈だから、そこまで死ぬ気で走って!」
ルーナの手を痛いくらいに握り、半歩前を走る褐色肌の少女は背後を振り返らずにそう言った。
一体幾つの角を曲がったのだろう? 複雑に入り組んだ裏路地は、土地勘の無いルーナの記憶を酷く曖昧にするには十分だった。
暫く走ると少女が言っていた通り二件並んだボロい古屋が見えてくる。半分開け放たれた扉に割れたままの窓、確かに空き家に違いない。
少女は中を確認する事も無く、ルーナと共に片方の古屋へと飛び込んだ。
息を切らすルーナを他所に少女は素早く扉を閉めると、フンフンと辺りの匂いを嗅ぐ様に鼻を鳴らす。
そして近くにあった椅子の脚をいきなり踏み折ると、扉が開かない様にと閂代わりに引っ掛けてから部屋の奥へと進んで行った。
「扉が閉まって居た方が人が住んでいそうだろ? 奴等はどこが空家かなんて知らないからね、時間稼ぎさーーさぁ、早くコッチだよ!」
「でも、窓が……」
その言葉に少女は立ち止まると、呆れ顔でルーナを振り返る。
「ここを何処だと思ってる? 窓が割れてる何て大して珍しくもないだろう?」
暗い部屋に残された粗末な家具は皆ボロボロで、骨組みだけのベッドなど薪にしかならない様な物ばかりだ。壁の穴を塞ぐ下品なタペストリー、床に転がる木彫りの神像、小さな椅子にやけに大きいテーブル。
統一性の無い家具の残骸は、家主が頻繁に変わっている事を暗に示していた。
ガラクタを蹴り飛ばしながら奥へと進んで行く少女、おずおずと辺りを見回しながら後を付いて行くルーナ。
ーーそんな二人の少女の格好は随分と対照的だ。
小綺麗で動きやすそうなワンピースに緑色のエプロン、安物だがしっかりとした皮の靴。きちんと結われていた髪は必死に走った所為で解けかけてはいるが、その綺麗な栗色はクリッと大きな目のルーナにとても似合っていた。
一方、褐色の少女はと言えば、薄汚れた金髪、汚れた七分丈のズボンに着古したタンクトップ、靴は履いておらず、人が見れば10人中8人は顔を顰める格好である。
しかし、切長で琥珀色に輝くその目には、どこか大人びた色気が漂っていた。
「ーーいいかい? これから言う事を良く聞きなーーシッ!」
乱雑に纏められた頭から、ちょこんと覗くフワフワした耳が不意にピクッと動いた。
ーーガンッ!!
幾許もなく、何かを蹴っ飛ばした様な乱暴な音がした。次いでドカドカと部屋を歩き回る複数の足音と低い声が直ぐ側の壁一枚裏側から聞こえてくるーー追手が隣の古家に入ったのだ。
思わず身体を硬くするルーナの頬を少女は両手で優しく挟み込むと、ルーナの怯える藍色の瞳を覗き込む。
「あんたの名前は?」
「…………ルーナ」
「よし、いいかいルーナ、黒いマントの大男を探すんだ。癪だけど、あんたの妹を助けるにはそれしかないーー」
ガクガクと震える自分の肩を抱きブンブンと首を振るルーナ。まだこの街に来て日が浅い彼女は地図が無ければお使いすら満足に出来ないのだ。
それなのに、入り組んだこの貧民街で知らない誰かを探すなんて無茶もいいとこだ。
しかし、そんなルーナの気持ちなどお構い無しに少女は話を続けるーーいや、例え気持ちが分かっていたとしても今はこれしか手段が無いのだ……。
「アタシが何とか時間を稼ぐから、ルーナはそこの隙間から外へ逃げて」
少女が指差す方を見ると、暗い部屋に薄っすらと外の光が漏れていた。よく見れば、確かに壁の板の下側には裂け目がある。
「む、無理だよ、私……出来ないよ!」
「出来る出来ないの話じゃ無いーーやるの! じゃなきゃ、あんたの妹は牢獄行きだよ、アタシの兄妹達と一緒にね!」
少女は背中でうんっと壁板を押し、裂け目の隙間を広げると渋るルーナの尻を叩くーーその時、少女の耳は扉の閂が叩き折られる音を聞いた。
「ヤツらが来た! いいかい、大男に会ったらこう言うんだーー兄妹達が衛兵に捕まった、野良犬を捕まえてーーってね、分かった?」
「う、うんーー」
ーードカドカと乱暴な靴音が近付いて来る。
「じゃあもう行って! アイツは多分孤児院に居る、まずは尖った赤い三角屋根を目指して!」
「ま、待って、あなたの名前はーー」
「……シェリーよ、じゃまたねルーナ」
シェリーにグイっとお尻を蹴押され裂け目から押し出されるのと同時に背後で怒声が響くーー追手が少女が居る部屋に押し入って来たのだ。
何かが派手に壊れれる音と、シェリーのくぐもった呻き声を直ぐ背中の壁越しに聞きながら、ルーナはジリジリとその場から離れる。
(うぅ、何で? 何でこんな事になっちゃったんだろう……)
大きな目に浮かぶ涙を埃と泥で汚れた袖でグイと拭うとルーナは一心不乱に駆け出したーー壁に囲まれた狭い路地の空、その合間に見える赤い尖った屋根を目指して。
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