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128・嫌がらせ
しおりを挟む互いに肩をぶつけ合い、罵り合いながらも同じ歩幅で橋へと歩いて行く二人。
歳の近いジャンとリャクはいつもあんな感じではあるが、殴り合いの喧嘩をしてる所は見た事が無い。
「相変わらず仲良いね、あの二人……あれ、お嬢?」
テオは何やら難しい顔をしているイリスに気が付いた。こんな顔したイリスを見るのはここ最近無かった事だ。
(局地的な雨…………魔法である事は間違い無いけれどーー水魔法士が居る分隊ってまだ残ってたかしら?)
未来視で見えたのだから何者かが雨を降らせるのは確かだ、しかし水魔法士が所属する上位分隊は粗方倒した後である。
そう、イリスは今まで対戦してきた上位分隊の構成や属性は記憶しているが、最下位であるジョルク分隊の事など全く知らなかったのである。
(攻撃には程遠い小雨程度だし、あの二人なら何の問題も無いわ……万が一の為にザービアには見張りについてもらってるから奇襲にも対処出来る……考え過ぎよね)
イリスは自分の未来視と予測の齟齬に違和感を感じたが、その気持ちの悪さを気の所為と飲み込んだ。
「大丈夫……何でもないわ、テオ」
「そう? なら良いけど……何かあったらオイラにも言ってくれよ? そうだ、お茶でも淹れようか」
未だ眉間に皺を寄せているイリスを気遣い、テオはとてとてカップに茶を注ぎ手渡した。
「ありがとう」とカップを受け取るイリスにテオは「へへっ」と鼻を擦ると酒瓶から紫色の液体をカップに並々と注ぎ自分もテーブルに付いた。
「はぁー、一週間の禁酒はやっぱり厳しいや! オイラ帰ったら強い火酒を沢山呑むんだぁ!」
葡萄とアルコールの混じった匂いを吐き出しながら禁酒の辛さを語るテオーー知らぬ人が聞けばアル中の戯言にしか聞こえないが彼はドワーフハーフである。
葡萄酒など水の様な物で彼らの中では酒のうちに入らないようだ。
「そうね、何かを我慢するって大変だもの……」
イリスも軋んだ自分の銀髪を指に絡めながら遠い目をする。生活魔法で清潔という魔法もあるのだが、泥だらけのジーパンに除菌・消臭効果の有るスプレーをする様な物で、こびり付いた汚れは落とせないーー単に有害な物を無害にする程度の魔法だ。
地面に溜まった水を飲む際には重宝する魔法だが、綺麗サッパリと身体の汚れを落としたいイリスにとっては気休めにもならない。
(はぁ、そろそろ正門に二人が着く頃ね。念の為もう一度未来を……)
イリスはギュッと目を瞑ると魔力を目の裏側へと集中させるーー
……霧の様な細かい雨、崩れる瓦礫……
見えた未来に思わず引き攣った声が出た。
「ーー!? まさか嘘でしょ?」
「お、お嬢?」
勢い良く椅子から立ち上がるイリスを見て、テオは思わず釣られて自分も立ち上がった。その拍子に椅子が膝裏に押されてバタンと倒れる。
「大変! 橋を……橋を壊す気だわ!?」
「えぇ? 橋って正面の?」
拠点の占拠ーーそれは拠点を守り維持すると言う事。
多少建物に穴が開く位なら問題は無いが、拠点として機能しなくなるのは大幅な減点に繋がる。
拠点へと通じるたった一つの橋を落とされるのは当然減点の対象となる。
「直接じゃ敵わないからってーー嫌がらせする気ね……テオ、私達も行くわよ!」
「わ、分かった! オイラの上着はーーどこだっけ?」
倒れた椅子の下敷きになっている上着を引っ張り出し、テオに放りながらイリスは扉へ駆け寄った。
(大丈夫、テオが居れば土魔法で橋は修復出来る!)
破壊される前に土魔法で直す、もしくは強化すれば問題無いーー只、完全に橋が落ちてしまうと試験終了までに橋を掛け直すのはいくらテオでも難しいだろう。
大丈夫、まだ修正可能な未来だと、イリスは勢いよく扉を開け一直線に正門へ向かって行った。
「ザ、ザービア! オイラ達も出るから後は宜しく頼むよ!」
階上に向かって大声で呼び掛けながらテオはイリスの後を追うーー閉じる扉の隙間から微かに「おう!」とザービアの声が聞こえた。
◇
「いいですかヨイチョ、貴方にはまず雨を降らせてもらいますよ」
ずり下がる眼鏡を直しながら、さも当然の様に言うヘルムにヨイチョは驚いた。
「えっ……いや無理だよ、僕には雨なんて降らせられないよ?」
ヘルムの作戦で雨が必要なのは分かったが、ヨイチョは水魔法士では無い。生活魔法で溜池を作るくらいなら可能であるが雨となるとお手上げだ。
「そんな事は分かっていますーー雨を降らせるのはジョルクと協力してです。一種の混合魔法みたいな物ですよ」
つまりこうだ、ヨイチョが大量の水を作りジョルクがそれを風魔法で上空へと撒き散らす。局地的で短時間ではあるが擬似雨を降らせる事が出来るという訳だ。
「なぁ、雨降らせて……それからどうすんだ?」
「勿論、その後があります。ジョルクは正面の橋を壊して下さい」
「なぁ!? は、橋を壊すのか?」
「そうです、崩落させる勢いでやって下さい」
「ちょ、ヘルムさん? そんな事して減点されないのか?」
一本しか無い橋だ、そんなの壊したら多分怒られるだろうよ……それに俺達はどうやって向こう側に渡るんだよ?
「心配ありません、橋が壊れて減点されるのは向こうです。尤も、橋を壊す前に止めに来るでしょうが」
「あはは、確かに。向こうには『先見の目』があるんだしね!」
「ーーえっ? じゃあ意味無いじゃん!」
「それで良いんですよ、私達に有利な未来へとイリスを誘導するのが目的です」
有利な未来へ誘導? 手順は兎も角、作戦の内容はは全く理解出来なかった。
しかし、ヘルムは随分と今回の作戦に自信が有る様で、ドヤ顔で眼鏡を拭きながらこう宣言した。
「まぁ見ていなさい、イリスの『先見の目』は私が完璧に攻略してみせますから!」
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