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115・夜明け
しおりを挟むゆっくりと靄が薄れゆく先をクリミアは半ば放心した様に眺めていた。
ビエルの魔法は集落の全てを呑み込む前に消えたーーしかし、だからと言って集落が無事かと言えばそうではない。
一時的とはいえ強力な広範囲魔法同士が融合したのだ、その影響力は集落に大きな傷跡を残していた。
ほぼ砂地となった地面には、倉庫付近から拡がったまるで雪の結晶の様な模様が色濃く刻まれているーーおそらく雷撃が地面を這った跡であろう。
集落を頑強に護っていた防御壁や物見櫓などは今や一つも見当たらず、建物があった場所の瓦礫にはまだ火が燻っているーー集落に有った全ての物体が元の形を保っては居なかった。
初めて見たビエルの広範囲魔法砂塵嵐、徐々に見えてきた集落の壊滅的な被害状況にジョルクとギュスタンは暫し茫然と立ちすくむ。
「何にも無くなっちまったなぁ……」
「……これが団長の実力……たった一発の魔法がこれだけの……」
目標とする第一騎士団よりも遥か下に見ていた第三騎士団ーーしかし、その第三騎士団の団長が放った一発の魔法はギュスタンの常識を覆す破壊力であった。
「すげぇなぁ、普段の団長はムスッとした寡黙なおっさんなのになぁ」
「…………俺は、自分の力を過信していたのかもしれん」
ギュスタンが目指す「貴族主義」、それは力の無い平民を力有る貴族が守るという構図であった。
ーーしかし、実際はどうだ?
拉致された団員を探す事も、集落に潜入する事も、強化した壁を破壊する事も、ギュスタン一人では何一つ解決出来なかった…………磁力魔法士との戦いでは、平民のクリミアに逆に守られる有様だ。
(力の無き正義など何も成さない! もっと、俺はもっと力をつけなければ!)
次第に白けてゆく夜空を見ながらギュスタンは拳強く握り締めたーーその隣にスッとジョルクが並ぶ。
「ーー取り敢えず終わりでいいんだよなぁ? クリミアさんは心配してるけど、兄貴は多分無事だろうし……全く、今回はギュスタンが居てくれて助かったぜ!」
「…………ふん、それは皮肉か?」
「皮肉?」
「俺など……何の役にも立たなかっただろうが……」
ーージョルクの何気無い言葉が癇に障った。
ジョルクの索敵魔法は今回かなり有用であった、あれが無ければ夜の森の中、ここまで来る事は出来なかっただろう。
一方、自分には何が出来たか? 何も出来なかったではないか! そんな俺に居てくれて良かっただと?
格下から哀れみを掛けられたーーまるでそんな最低な気分だ。
「ーー何言ってるんだギュスタン? お前が俺に必殺技を教えてくれたから素早く魔法を撃てる様になったんだぜ? あの硬い壁壊せたのだってお前のお陰ーー」
「ふん、何を言うかと思えばそんな事か……別に親切で教えてやった訳では無い。お前を上手く使ってやろうと思っただけだ」
あの時、ジョルクに助言したのは陽動作戦をーー自分の役割を遂行する為だ。平民の力を借りる事に若干の葛藤はあったが、今有る手札で最大の効果を出さねばならなかったのだから仕方がない。
特に今回は訓練では無く実戦であるーー「歩」が「金」へと成り上がる可能性が少しでも有るなら助言くらい当然だーー結果、それが作戦の成功に繋がるのだから。
「…………それでもだ、それでもなんだよギュスタン……なぁ、知ってるだろう? 俺が今までどんな目で見られてきたかを……」
「…………ふん、お前はそんな事を気にするタイプに見えなかったが?」
まぁ、そうなんだけどなぁ! とジョルクは豪快に笑った。
万年最下位と蔑まれてきたジョルクーーそんな彼に好んで近付く者も無く、今まで適切な助言を与えてくれる人物も居なかった。いや、正確には居たのだが、ジョルクが取り合わなかった……と言うのが正しい。
「うちの分隊にはまともに攻撃魔法使えるヤツが居なかったしなぁ……それに、俺の気持ちを分かってくれるヤツも居なかった」
「……お前の気持ち?」
「あぁ! 他の奴らはゴニョゴニョした気持ち悪い詠唱の仕方を教えてくるけど……英雄はカッコ良くなきゃ駄目だろう? やっぱ、詠唱だってそうだよなぁ!」
呆れ顔のギュスタンを見たジョルクは、頭をゴシゴシと掻きながらバツが悪そうな顔をする。
「……まぁ俺だって分かってたさ。俺の詠唱は魔法が発動するまでに時間が掛かり過ぎるって事はなぁ。だけど、俺はあれ以外に格好良いやり方を知らなかったんだ!」
「ーーそれを俺が教えたと言う事か」
「あぁ! あれは革新的だったぜ! 俺は今回の訓練で何倍にも成長した! 朧げだった英雄への道も見えてきたんだ、兄貴とギュスタンのお陰だなぁ!」
「ーーふん、英雄か……せいぜい励め」
そういえば戦果や功績によって、平民から貴族に取立てられた事例もあったなーーと、ギュスタンは隣に立つジョルクを見てふと思う。
(将来の貴族ーーと思えば、平民と並び立つのも悪く無い……か)
ギュスタンの苛立ちは、いつの間にか消えていた。
◇
一方でクリミアは彼の訓練参加を止めれば良かったと悔いていた。
(あの時……「まだ早過ぎるからダメ」ってーーどうしてカイルさんに言えなかったんだろう)
実はクリミアは、カイルから彼を戦闘訓練に参加させると聞いた時、二つ返事で賛成したのだ。
訓練の結果次第では彼の騎士団入りが決まる可能性があると聞き、ウルトと二人喜んだ事を思い出す。
共にあのパカレー兵達との戦闘を経験した彼ならばと過度な期待を持ってしまったーー考えれば彼はまだ、魔法の一つも使え無かったというのに……。
夜の闇と靄が徐々に薄まって行く中、僅かな可能性に賭け集落跡を見回すクリミアの目が違和感を捉える。
何も無い平坦な場所にポツリと不自然に盛り上がり震える黒い砂山…………それは以前、ウルトを庇い倒れた彼の大きな背中と重なった。
「ーーっ!!」
先ほどの衝撃でボロボロにほつれた胸当てを脱ぎ捨て、無言で駆け出すクリミア。
「おいっ、まだ危ないんじゃないか! 何処に…………あ、アレはまさか!?」
信じられないと目を見開き固まるギュスタンの肩を満面の笑みでジョルクがドンッと突く。
「痛っーーおいっ、何だジョルク!」
「ーーギュスタン、そういやさっき言ったよなぁ、兄貴の事を何だと思ってるんだ? ってなぁーーそんなの決まってる!」
クリミアが駆けて行った方角を見ながらジョルクは自信満々に言い切った。
「ーー英雄さ!」
弾む声でそう言ったジョルクは、クリミアの後を追う様に駆け出して行った。
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