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113・融合

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 人は一体どんな時に恐怖を感じるのだろうか? 

 例えばそれは頭に銃口を突きつけられた時、もしくは首無しでも襲ってくる兵士に出会った時……。

 ーーいずれも人が恐怖を感じるには十分な理由だろう……しかし、それが自体が恐怖の本質では無い。

 頭に銃口が向けられるのが怖いのでは無く、その先の死が怖いのだーー死は、死んだ者しか分からないから。天獄地獄、もしくは永遠なる無なのか、死の正体を知る生者は居ないーー間も無く自分に訪れるであろう未知なる未来に人は恐怖を覚えるのだ。

 首無しで襲って来る兵士が恐ろしいのでは無い、「首無しは死んでいる、決して動く事は無い」と思っている予想に反し、動き続ける事に恐怖を感じるのだ。

 つまり、多くの人にとっての恐怖とは自分が知らない事、そして自分の常識外にある事だ。暗闇が怖いのも、見えない闇の中が分からないから怖いのである。

ーー知らない事、理解出来ない事、常識外の事は恐ろしい。

 それは幾度の戦場を渡り歩いた傭兵のゾレイにも当て嵌まる。
 

「な、何だテメェは…………何で死なねぇ!?」

 数多くの死を見てきたゾレイが、死んだ、殺したと確信したにも関わらず、未だあの暴虐の黒い靄の中で人の形を保っているーーそれだけでも理解不能であるのに、それは未だ動いて何事かを呟いている……そんな光景を体験し恐怖を覚えない者が居るだろうか?

ーー有り得無い!

 『壊滅』の魔法がどれ程出鱈目な威力を持っているかゾレイは知っているーー第六工兵部隊が作り上げたあの壁を撫でる様に塵に変えたのだ、複数分隊が連続して攻撃しても耐え切る程の硬さを持つあの壁を!

 その攻撃を見たゾレイはすぐさま抵抗を諦め逃げに徹した。

ーー絶対に抗え無いと理解したから
 
 逃げるか立ち向かうか、その決断を今までの経験から瞬時に割り出すーーその結果の逃げだ。

 それはある意味『壊滅』の魔法に絶対な信頼を寄せたとも言える。そしてその魔法の威力を逆手に取り、攻撃手段として使うのは狡猾なゾレイならではの作戦であろう。

 だが、そんな圧倒的破壊力を持つ靄の中であの男はーーまだ生きているッ!

「ば、化け物がっ!」

 言い様の無い恐怖と焦りに駆られたゾレイは魔力が少ないにも拘らず半ば無意識に靄の中へと魔法を撃ちまくる。

黒棘ネグロニードルッ! 黒棘ネグロニードルッ! 黒棘ネグロニードルッ!」

 初めて殺意を持って人を殺す時、その殆どが相手が確実に死んだか判断でき無い為に必要以上に攻撃を加えると言う。

 ーーあの化け物は 正に今のゾレイも同じ気持ちなのかもしれない。

 だが、ゾレイの魔法の全ては当然の様に靄に阻まれるーー靄を使って男を殺すつもりが、皮肉な事にその靄のお陰でゾレイの攻撃は届かない。

「クソッ! クソッ! コレならどうだ! 黒槍ネグロランスッ!」

 埒が開か無いと、直接攻撃を試みるゾレイーーその手には砂鉄で出来た長い槍が握られる。槍を生成し続けながら突けば届くのではーーと、ゾレイが黒槍を掲げたその時!

 頭上から物凄い轟音と閃光が目の前にーー落ちてきた。

ーーバリバリッ! バリバリバリッ!!

「ーーッ!!」

 ーービエルの砂塵嵐サンドストームが遂に空に浮かぶ雷球インドラに接触したのだーー。




 今や今やと解放を待ち侘び狭い球体の中で蠢いていた雷龍、その側面を遂にビエルの魔法が捕らえた。

 魔法攻撃は、その反属性の魔法で相殺する事が可能だが、魔力が同等以上で無ければ打ち負けてしまう。逆に反属性で無くとも、その魔法の何十倍もの魔力を込めた攻撃であれば、その魔法を呑み込む事が出来る場合もある。

 焚き火を消す為には水を掛けるのが適当だが、掛ける水量が少なければ火を消す事は出来ない。また、焚き火に風を送れば火は更に燃え上がるが、それが突風ならば火は吹き消えるだろうーー魔法も同じ道理である。
 

 中級威力の魔法を何度も繰り返し蓄積させる事で作り上げた雷帝インドラではあるが、ナルの魔力とビエルの魔力では差は歴然。
 圧倒的な魔力量を誇るビエルの砂塵嵐サンドストーム雷帝インドラの発動を抑え、呑み込んでしまうのは当然であった。

 しかし、砂塵嵐サンドストームがここまでに破壊してきた土壁や巻き上げた地面の中には、磁力魔法士であるゾレイが意図的に集めた砂鉄が大量に含まれているーーその事が原因で思わぬ事態が起こる。

 なんと雷帝インドラ砂塵嵐サンドストームの魔力に呑み込まれる事無くーー融合したのだ!

ーーそれは時間にすれば一分も無かっただろう。

 大量の砂鉄が吹き荒れる砂嵐の中を雷龍が閃光と共に駆け巡ったのはほんの一瞬……しかしその一瞬の破壊力は凄まじいものであった。


ーーバリバリッ! バリバリバリッ!!


 雷帝インドラは、砂塵嵐サンドストームの中で一斉に散開、凡ゆる方向へと雷龍が分裂して行った。そして未だ靄に取り込まれていない建物にも、その放電により深刻なダメージを与え出した。
 周囲には幾つもの火柱が立ち上がり、大地は震えた。

 そんな最中、直ぐ側で電気を通す鉄鎧アイアンアーマーを纏い鉄槍を掲げたゾレイが無事な訳が無い。

「ーーッ!!」

 自分自身が避雷針となったゾレイに雷龍が直撃するーー幾分か分裂した雷帝インドラではあるが、先刻の衰退の腕輪を装備していたナルの雷魔法をいなすのとは訳が違う。
 更に言えば、今のゾレイは恐怖で冷静な判断力に欠けていたーーいや、例え冷静であっても結果は変わらなかっただろう。

「ーーオガガァアアッ!!」

 雷の電圧は約一億ボルト、家庭用電圧の100万倍相当が一瞬でゾレイの身体を駆け抜けて行ったーー

 鉄鎧アイアンアーマーはその余りの熱量にひしゃげ、赤く爛れてぽたりぽたりと垂れ落ちる。その中からは肉が焦げた臭いと燻んだ煙が漂う……唯一素肌が覗く目元は炭化し、川塩焼きにした川魚の目玉の様に白く濁った眼球が溢れた。

ーーガラッシャーン!

 ゾレイの身体は燻りながら、力無く地下へと落ち崩れた。

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