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112・瞬発力

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(ーーあの靄は何だ、魔法だよな? 触れた先から建物が消えてるじゃん! かなりヤバいな……)

 外に出た砂鉄の塊(赤ん坊)を追い、地上へと這い出た俺が見た物は……付近の建物を消しながらこちらへと迫る黒い靄だった。

 木を! 壁を! 建物を! 黒い靄はまるで撫でる様に崩しては消して行くーーまるで砂で出来たオブジェを波が攫って行くみたいに。

 余程の馬鹿か破滅願望者でも無ければ、自分達も巻き込まれる様な魔法を放つ訳が無い……と言う事はパカレー軍の仕業じゃないよな。
 じゃあ誰がーーまさかジョルクが覚醒したとか?

(竜巻っぽいから風魔法系にも見えるけど、いくら何でもそんな訳無いよなーー)

 そんな訳はないだろうが、「違う!」と断定出来ない怖さがジョルクには有るんだよなぁ……。
 
 兎も角、必死で赤ん坊を追い駆けるーーだが、ちょこまかと不安定な軌道で動き回るもんで中々捕まえる事が出来ない。

「ちょっ、待てよ! めっちゃ動くじゃん!」

 ハイハイ覚えるより前にこんなスピード体験しちゃって大丈夫だろうか? 

 ーーいや、絶対駄目だろ! 揺さぶられっ子症候群ってテレビで見た事あるぞ、赤ん坊が激しく揺さぶられると、脳細胞が破壊され、脳は低酸素状態になっちゃうって!

「ーー早く捕まえないと!」

 その時、ふと地下室から頭だけを覗かせた男が見えた。ニヤリと嫌な笑いを向けた男は魔法を唱える。

磁力マグネット吸引サクション!」
「アイツ、まだそんな元気がーー」

 途端、黒い塊赤ん坊が、事もあろうに靄目掛け一直線に向かって行くでは無いか!

「冗談だろっ!?」

 魔法無効レジストが出来る俺と違い、いくら硬い砂鉄で覆われてるとはいえ、あの靄の中に取り込まれれば中の赤ん坊は一溜りも無い!

「むうぉぉおお!!」

 ーー走るっ! 走るっ! 怠い腕を振り、素足で硬い土を蹴る、全身を使って最速の自分を作り出す!

 素足だから小石がめり込んで痛いとか言ってられない! 

 体の大きなマッチョは一見動作が遅いイメージがあるかもしれないーーだが、実際は異なる。
 日頃から体重の倍以上はあるバーベルを背負い屈伸するその足腰は尋常な強さでは無い。
 例えばハンマー投げで有名な某選手は体重が100kg近く有るにも拘らず100mを10秒台で走り抜けるというーー瞬発力ならば短距離選手にも劣らないのだ。

「ーー届けぇッ!!」

 ビーチフラッグばりの飛び込みで何とか砂鉄の塊赤ん坊に指を掛る事が出来た俺は、そのままフットボール選手の様に抱え込んで背中から転がるーーが、既に黒い靄は触れる程目前に迫っていた。

(クッソ!ーーもう目の前かよッ!)

 体勢を立て直し、安全地帯まで戻るには時間が足りない!

「ーー痛ッ! イタタタッ!?」

 程なく靄に足の爪先から脛までが取り込まれるーーバチバチと細かな砂粒が皮膚を打ち付けるの感覚が分かる。靄自体は魔法だからか効かないのだが、靄がこれまでに破壊した小さな瓦礫や破片が、暴風に乗って俺を打ち付けるのだ。

 こうなっては、俺に出来る事はーー抱えた赤ん坊を靄に触れぬ様に身体を丸めて庇う事だけだ!

「ぬぉぉおお! お前、絶対許さんからなぁっ!!」

 怨嗟の声を上げながら地面に突っ伏した俺は、そのまま黒い靄に飲み込まれていったーー。




「ーーは、ははっ! やった、やってやったぜ!」

 男が『壊滅』の魔法に呑み込まれるのを見届けたゾレイは歓喜に震える。

 ーー全てが賭けだった。

 男が面識の無い赤ん坊を追い掛け外へと出る事も、目視出来ぬ赤ん坊を勘頼りに動かし男を翻弄させた事も、あの靄の破壊力を見ても男が赤ん坊を追って行くかどうかも…………どれも分が悪い賭けではあったが、どうやら今日のゾレイはツイているらしい。

 更にゾレイは磁力魔法を微妙に調整し、赤ん坊を男がギリギリ追い付ける距離に保つ事に気を使った。
 余りに速く赤ん坊が靄に到達してしまえば男は救出を諦めるだろうし、遅すぎれば靄から逃げられてしまうからだ。

(これ程魔法制御に精神を削られた戦闘は初めてだぜーーだが、達成感も過去イチだ)

 後はあの靄を地下室で隠れてやり過ごすだけだ、入り口を砂鉄で塞いでしまえばーー。

「あのガキが居てくれて良かったぜ……ネビロスに助けられたーー」
「……………ぉ……」

ーー不意にゾレイは口を噤み、耳を澄まし、靄に目を凝らす。

(何だ…………気のせいか?)

 靄の中は薄暗いが、飲み込む建物の輪郭は辛うじて分かる。靄の中で建物が崩れていく様子が見えるからこそ『壊滅』の魔法の恐ろしさと危険性が視覚的に理解出来たのだ。

ーーその靄の中で何かが……動いていた。




 有り得無い事だ、有ってはなら無い事だ! ゾレイは自分も気付かぬうちに強く梯子を握った。体の震えは止まらない、寧ろガタガタと歯が鳴る程に強くなっていく。

ーーこれは……この感情は恐怖?


 俺は傭兵だ、傭兵はあちこちの国を渡り歩くーー何せ戦争屋の俺達だ、その国の闇に触れる事は日常茶飯事、雇われる事も少なくない。

 今まで数々の死を見てきたし、俺も碌な死に方は出来ない事位は分かっていた。だがそこに恐怖は無ぇ、何故なら俺は常に死ってヤツを受け入れていたからだ。

 贅の限りを尽くした領主様だろうが、生まれた時からゴミを漁っていた俺だろうがーー人なんてヤツは例えどんな人生送って来たって、不意の一撃で死んじまうのがこの世界だ……。

 『壊滅』の魔法? ーーあぁ、ありゃ確かに凄ぇわ。

 防御魔法も関係なく全てを削る砂の暴挙。石も塀も家も人も何もかもを呑み込み無に帰す、まさに絶望ってヤツだなーー噂通りってなもんだ。

 だがな、そんな解り切った事はどうでもいいーー今は、この体の震えは何故とまらねぇのかって話だ。


「何で……何でお前はその中でまだ、!?」
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