上 下
111 / 281

111・それぞれの状況

しおりを挟む


「ーー強化だッ! 急げ、靄は直ぐ其処まで迫って来ているぞ!!」

 ネビロス率いる第六工兵部隊はビエルの攻撃を受け、早々に正門から撤退、本部代わりに使用していた村長宅へと退避していた。

(クソっ、あの威力ではとても拠点全体を守るの事は不可能だッ!)

 味方本隊の到着を待ってビエルを挟撃するという考えは最早無理だ。そしてこの拠点を放棄し撤退すると言う考えもーー。
 靄に囲まれてしまってはもう逃げ場は無い、撤退するには決断が遅過ぎたのだ。

 残るは……何としてでも今を凌ぎ生き残る事。

(あれだけの魔法を放ったのだーー『壊滅』の魔力も尽きている筈だ)

 この場さえ凌れば、魔力の尽きた『壊滅』に一矢報いる事が出来るかもしれない。もし仮に此処で第六工兵部隊が全滅したとしても、後から来る本隊の戦闘が楽になるのであればそれで良い。

 その為にネビロスが取った行動は徹底した防御体制ーー防御が長引けば長引く程に『壊滅』はこの範囲魔法の維持と制御の為に魔力を注ぎ続けなくてはならないからだ。

 残った工兵はネビロス含め七人、拠点集落全体の防御は無理でも、この一軒家を七人でガチガチに硬め、崩れる先から補修していけばーー。

「良いか! 靄は螺旋状に迫ってきている! ここが円の中心で無い限り、四方からの同時攻撃は無い! 崩れてく壁だけに集中すれば良いのだ!」

 アッサリと自分達が強化した壁が崩され、仲間の身体が塵になるのを目の辺りにした工兵達の血の気のない顔を見てネビロスは懸命に鼓舞する。

「出来るッ! 我々ならば出来る筈だッ! あの辛かった訓練を思いだせッ!」

 しかし、工兵達は誰一人声を上げる事は無かった。ネビロスに言われるがままに粛々と壁を強化し続けるーー迫る死への緊張感を誤魔化す様に。

「ーーき、来ました! 西の壁です!」

 青い顔をした若い工兵が叫ぶ様に報告する。

「来るぞっ、準備しろ! 呼吸が続く限り詠唱するのだッ!」

 三人がかりで強化魔法を放つ、その間を残りの三人が詠唱し魔力を練るーー交互に魔法を放ち常時壁を生成強化してゆく《魔法二段打ち作戦》である。

「靄が……止まった?」
「お、おぉ! いける! いけるぞ!」

 間髪入れずに生成される土壁には黒靄も手こずる様だ。ジワリジワリと侵食してはいるが確実にスピードは落ちている。
 土壁に強化魔法を付与しながら指示を出すネビロスは此処ぞとばかりに声を張り上げた!

「ーー『壊滅』といえ所詮は一介の魔法士に過ぎない! 対して我等は七人だ、我等の力を合わせれば防げぬ攻撃など無い! いずれこの靄も効果は切れる、それまでだーーそれまで耐えるのだ!」




「マジで死ぬかと思ったぜ、こんちくしょう……」

 ヒューヒューとおかしな音を立てる肺に、骨が砕け使い物にならなくなった両腕。腰骨も折れたのか身体をまともに起こす事すら出来ない。
 口内の錆びた鉄の味は、飲んでも吐いてもひっきりなしに溢れてくる。

ーーだが、俺はまだ生きている。

 危なくあの世への階段を登りかけたゾレイだったが、土壇場で起死回生の一手を思い付く。それは赤ん坊を鉄鎧アイアンアーマーで覆い、磁力で操って地上へと放り出すという作戦だ。
 予想通り、男はゾレイを締め付けていた腕を慌てて放すと一心不乱、赤ん坊を助けに地上への梯子を登って行った。

(全く、自分のガキでも無ぇってのに執着しやがって……お陰で助かったがよぉ)

 今はまだ、戦闘時特有の高揚感と緊張感が痛みを麻痺させてはいるが、正気に戻れば激痛に一歩も動けなくなるのは予想出来た。

(やれる事は今済ましとかなきゃならねぇ)

 ゾレイは再び鉄鎧アイアンアーマーで身体を覆うーー負傷した箇所を補う為だ。

(このままだと、いずれアイツは此処に戻って来ちまう。そうなりゃ今度は確実に殺されるなーー何としても今の内に手を打っとかなきゃ……)

 鉄鎧アイアンアーマーを纏ったゾレイは、酷くぎこちない動きで梯子に手を掛ける。そうして頭だけを地上に出すと赤ん坊の位置を確認した。
 真っ黒な砂鉄に包まれた赤ん坊は彼方此方と駆け回り、それを男が追い駆けているのが見える。

「ーーよしよし、ガキはまだ捕まってねぇな?」

 黒い靄は直ぐ其処まで迫って来ているーー。

「…………そうだな、あの靄にガキを突っ込んだらアイツはどう出るかね?」




「なぁクリミアさん……言った手前なんだけどさぁ、やっぱり無理じゃーー」
「きっと大丈夫! 彼だって風魔法でドーンって飛んだんでしょ?」
「ドーンって……そんな簡単な話じゃないと思うのだが……」

 クリミアは自分の背中に氷盾アイスシールドを貼る事でジョルクの風魔法の威力を推進力だけにする事を提案ーーそのスピードでギュスタンの二連撃で出来る靄の隙間を飛び抜けようと言うのだ。

「あれは兄貴だから出来たんじゃねぇかなぁ……」

 兄貴は英雄だしーーと渋るジョルクを他所にクリミアはタイミングを見計らう。

「ーーもうっ、うだうだ煩いっ! 決心鈍るからやめてよね! 良い? 一発勝負だから、しっかりバッチリタイミング合わせてよ? ーー失敗したら毎晩枕元に立ってやるんだから!」

「ーーふん、何を言っても無駄らしい……ジョルク、しっかり合わせろよ? 俺は人が近くに居ると眠れないんだ、失敗は出来んぞ。」
「あぁ大丈夫だ、今の俺にはギュスタンに教えて貰った必殺ポーズがあるからなぁ! いつでも素早く魔法を撃てるぜ! ……でも俺、クリミアさんが毎晩枕元に居るのも悪くねぇと思うんだけどなぁ」

 ーーギュスタンは爆破魔法にいつも以上の魔力を込める、少しでも爆風が靄を払う様にと。

 ーージョルクは即座に魔法を放てる必殺ポーズを考える、0.1秒の誤差がクリミアの生死を別けるのだから。

「ーー行くよ!」

 クリミアは靄に向かって駆け出した!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...