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105・砂塵嵐【サンドストーム】
しおりを挟む「頃合いか……」
集落周辺を囲む十分な魔力を確認した後、ビエルは魔法発動のタイミングを見計らう。
目の前には敵の拠点、周囲に味方は居ない。常人ならば孤立無縁の絶望的状態と言ってもいいだろうーーだが、ビエルにとってはこれが最も実力を発揮出来るシチュエーションである。
ビエルは通常戦闘時には後衛に徹している事が多い。それは指揮官として戦局を把握し指示を出す為でもあるが、本気で魔力を込めた攻撃魔法は周囲の味方までも飲み込み恐れがある為でもある。
経験を積んだ騎士ともなれば、魔法一発に込める魔力量の調整などそれ程難しい事では無い。しかし、保有する魔力量が膨大で有ればある程、細かい調整が難しくなるのもまた事実。
分かりやすく言うと、ビエルは他の魔法士と比べて使う魔力の単位が異なるのだ。
通常の魔法士が自分の魔力量を調整する時、1g単位での制御しているとするならば、ビエルは1Kg単位で制御している感じだーーつまり1kg以下の魔力の扱いが非常に難しくなる。
防御魔法としてならば、魔力を込めればそれだけ硬くなるので土壁などには適している。先程の磁力魔法士が放った黒棘を防いだ様に、手の平サイズの硬い土壁を素早く出す事も可能だ。
しかし、逆に攻撃となればその威力が仇となる。近距離は勿論の事、中距離でも範囲やタイミング次第で自分や仲間にも影響を与えかねない。
この様に、個人で膨大な魔力を保持する魔法士達の中には、集団では無く一個人として戦う方が戦闘力が高い者も居るーーその為、彼等は単独で行動している事が多い。
ビエルの場合は、その面倒見の良い人柄と統率力、後衛としても優秀な土魔法士と言う事で騎士団長として集団を率いているが……。
壁内で急に勢いづいた工兵達が、壁の強化に励んでいるのをビエルは冷めた目で見ながらボソリと呟いた。
「ーー砂塵嵐」
途端、漂う周囲の魔力がゆっくりと具現化してゆく。
「……今更何をしようが無駄だ、お前達が助かる唯一の方法はそこからさっさと逃げ出す事だったのだがなーー」
まぁ、逃すつもりも無いが……とビエルは数歩後退し、その場で腕組みして集落を見据えるーー事の顛末を見届ける為に。
「……団員達の仇は、討たせてもらうぞ」
◇
「ーーあん? 黒い……霧?」
正門の上に立つ工兵の一人が異変に気付いた、徐々に立ち込める黒い靄の様な物が自分の手が届く程近くまで迫っている事に。
「……なんだ? こんな靄みたいなものが本当にーー」
ただの好奇心ーーあれだけ恐れられた『壊滅』の魔法だ、もっと凶悪で、圧倒的で、破壊的な……そんな恐ろしい魔法を想像をしていた。
しかし、目の前にあるコレはどうだ……只の靄だ。
肉を抉る鋭さも無く、目を見張るスピードも無い、不安定で強風でも吹けば直ぐに消えてしまいそうな黒い靄が、只そこに漂っているだけである。
自分の想像とあまりにかけ離れた見た目に思わず彼はその靄に…………触れてしまった。
「ーー熱ッ!?」
まるで熱した真鍮を触ったかの様な感覚に慌てて手を引く工兵。
「熱ッチィな、何だこれ?」
フーフーと吐き出す息で手を冷そうとするのだが息が掛かる感覚が鈍い。不思議に思い傷口を見やるとーーある筈の手が見当たらない、指が見当たらない、有るのは手首の無い腕だ。
(何……だ、コレ?)
混乱する頭で傷口をジッと見ていると、白い脂肪の断面から赤い小さな斑点がブツブツと湧き出てきた。そしてあっという間に一つに繋がると、まるでそこに心臓が有るかの様にドクドクと血が溢れ始めた。
「…………お、おぉお俺の手がァッ!?」
絶叫を皮切りに、黒い靄は動き出すーー初めはゆっくりと、そして徐々にその速度を上げながらーー。
広範囲魔法《砂塵嵐》は靄で囲む魔法では無い。ビエルの魔力で作られた極小の砂粒がこの黒い靄の中を常に高速移動しているのだ。
しかもこの砂粒、一つ一つの形が鋭利な菱形である為、鑢の様に触れた物体を根こそぎ削り取る性質を持っているのだ。
黒靄は集落の中心へと螺旋状に回転しながら少しづつ小さくなってゆく。
「ヒィ、助けーー」
逃げ場の無い壁上に立っていた工兵は、そのまま黒い靄に飲み込まれて行った。
「ーーあの靄には触れるな! 後退だ、本部まで一時後退ッ!! ……まさか、これ程の威力とは」
あれ程積み上げた鉄壁が次々と靄へと飲み込まれて行く。飲み込まれた先がどうなっているかは想像したくもない。体制を立て直す為にネルビスは工兵達に退避を指示する。
「おい、急げッ! ほら、退避だ、退避!!」
「おい押すなよ! 何だよ? 一体何が起こってるか誰か説明してくれなきゃ分かんねえだろッ!」
まだ状況を把握出来てない若い工兵は、自分を押し退けた古参の工兵の肩を掴むとそう息巻く。
古参の工兵は、まだ不慣れな戦闘に気が昂り興奮している若い工兵の手を払い退けるとそのまま胸ぐらを掴んで前に引き摺り飛ばす!
「ボサっとすんな、サッサと行けッ!」
更に、古参の工兵はそのヨタつく背中を蹴り飛ばした。
「テメェッ! ちょっ、待てって! だからッ!」
「いいから早く走れッ! この馬鹿野ーー」
振り返った若い工兵の目の前で、古参の工兵はまるでその身を塵に変え靄に同化したかの様に消えて行った。
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