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93・雷帝【インドラ】

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「ゼェゼェーーちょっタンマ、もう無理ぃ……」

 流石全身を効率良く鍛える事が出来るバトルロープ、疲労感が半端無い。ものの数分で滝の様な汗が身体中から吹き出してくる。

 幸いな事に、何度も転ばされたナルも疲れたのか反撃はまだ無い。だがここで俺はバトルロープの致命的な弱点に気付いてしまう!

(……しまった! 魔法を撃たせないとナルの魔力減らないじゃん……)

 バトルロープが行う連続攻撃が凄過ぎて、ナルに反撃の隙を与える事が出来無かったのだ。
 何て事だーーナルの魔力を消耗させる為の遠距離攻撃だったのに……久々のバトルロープでつい堪能してしまった。
 
「ロープスラムは威力が強すぎてナルが消し飛ぶ、スネークウェーブは一方的過ぎてナルが攻撃出来ない……うーん、強過ぎるなバトルロープ……」

 「大は小を兼ねる」と言うが、加減が出来ない力は扱いが難しい。
 ロープスラムは練習次第であのなんて芸当も出来そうだがーー今は無理だ、きっと取り返しのつかない事になる。

ーーだが心配無用! バトルロープを使った種目はまだまだある! 

「ここは基本に帰ってオルタネイトウェーブかな。こいつでちょっかい掛けながらナルの魔力を減らしていこう」

 オルタネイトウェーブとはロープ二本で縦の波を作る様に左右交互、腕を上下に振るトレーニングだがーー今はロープが一本なので単純にロープを上下に振る運動になる。
 先程ロープスラムの様に高くから叩きつけるのでは無く、細かい波を沢山作る様に腕を短く振るのが特徴だ。


「筋肉魔法オルタネイトウェーブ!」

ーータシタシタシタシ

 小気味良いテンポでロープを上下に振り、腰程の高さの波を作りながらナルの方へと横移動させていく。
 こんなんでも先程の足払いの効果か、ナルは躍起となってロープを狙い攻撃し出したーーそういえば、ナルの魔力ってどれ位あるんだろ? これも2分位で腕に限界が来そうなんだが……。




ーー全く訳が分からない!

 ネビロスは過去に経験したどのパターンとも違う相手に困惑していた。 

(大抵の場合、知り合いが襲って来たのなら、止めるか逃げるかの2パターンなのにーーあの男、出会いから全てこっちを殺す気で攻撃を仕掛けてくる!)

 ネビロスはこれまで、相手側からの攻撃を極力受けない方法として攻撃対象の身近な人を傀儡化して襲うという方法を使ってきた。
 これにより相手は情によって反撃を戸惑うのだ。そうして何よりーー親愛な人に成す術もなく殺されてゆく人々の顔を見るのは実に楽しかった。

 しかしこの男は違う! 倉庫であれだけ激昂していたというのに、躊躇なく人形ナルに突撃して来たーーまるで人質の意味が無い。
 おまけにこの魔法(?)だ、落ちていた家畜の綱を振り回すーーこの単純な行為が馬鹿みたいな破壊力を持って襲いかかる。

(魔法ってあんなのだっけ?? あれって何系統なの?)

 男が言う通り、最強に近い雷魔法というアドバンテージを全く活かす事が出来ないのが歯痒い!

「デモ! コノ! ツナガ! ナクナレバ!」
「いいんでしょっ! 雷撃ライトニングボルトッ!」

ーーズドォン! ズドォン!

 先程よりも小さな波を立たせながら迫る綱を何度も雷撃が襲う! だが、元より雷はその性質上、指定した場所へ落とすのは困難を極める。動きながら波打つ綱に当てる事は難しかった。

(ーー何て制御の難しい魔法なんだ……ちっとも言う事を聞きやしないっ!)

 ネビロスは傀儡化した者の魔法を使用する事が出来るが、威力や制御、使用出来る魔法の種類はその者に依存する。ナルは雷魔法を使う事に消極的だった事もあり制御は良いとは言えない。

(そうだ、縄を狙うから上手くいかないんだ! この辺り全部をぶっ飛ばす広範囲魔法を使えばいいんだ!)

「サァ! オマエノ サイダイ マホウ ヲ ミセテ ヤレ!」

 人形創作者パペットクリエイターがナルに向かって囁く。

(この人形ナルは惜しいけどーー何かもう全部面倒になっちゃったし!)

 当たり前の事だが、広範囲魔法を撃つ時、魔法士はその魔法効果の範囲外に居るのが常識である。しかし今回の指定範囲はナルを中心とした自滅覚悟の物であった。

 虚な目をしたナルは両手を上げボソボソと詠唱を呟き始める。
 か細く、いつもよりもゆっくりとした詠唱ーーそれはナルの心の抵抗であったのかもしれない。

ーー雷雲にいくつもの雷が生まれてゆく。

 ナルが発動しようとしている魔法は別に特別な物では無い。只ひたすらに雷撃ライトニングボルトを唱え、生成した後に放つ事をキャンセル、雷雲の中に蓄積していくと言う単純な物だーーしかしその効果は絶大である。


 『蠱毒こどく』という呪術を知っているだろうか?

 毒針や強靭な牙を持つ虫や小動物など百虫を同じ容器で飼育し、互いに共食いさせ、果てに残った一匹をとし、それを使って相手を呪い殺すおぞましき呪術だーーまさにこれは雷龍を使った『蠱毒こどく』であった。

 生成され続ける雷龍達は、狭い黒雲の中で生まれては喰らい、互いを糧とし、より巨大に育つ。

 通常の『蠱毒』と違う点があるとすれば、虫と違って雷は食われてもその膨大なエネルギーを消滅せずに脈々と受け継がれる事であろうーー共食いというより同化と言うべきか……。

 やがてその蓄積されたエネルギーは、巣であり胎内である雷雲を消し飛ばし、夜空に光る三つ目の月かと思う程の球体として現れる。



ーー局地型広範囲魔法『雷帝インドラ』ーー



 巨大な線香花火の火種の様にバチバチと紫電を周囲へと走らる巨大な球体ーーあの雷が渦巻く大きな火種がポトリと堕ちたその時ーー魔法士本人は疎か、敵も味方も集落ですらその存在を保つ事は難しいであろう。

 ツーっとナルの鼻から血が垂れ地面に落ちるーーこの最悪な魔法は重ね掛けすればする程威力が増す、これ程の規模で放つに為には代償として大量の魔力が必要とされる。
 それこそサーシゥ王国でも上位の魔力量を誇るビエルの様な者でなければ、これ程の広範囲魔法を扱う事は不可能だ。

ーーでは、特別魔力量が多い訳ではないナルはどうやって『雷帝インドラ』の威力をここまで高める事が出来たのかーー。

 限界を超えた魔力の放出は、体調不良や貧血、酷い時には昏倒するなど命を守る為のリミッターが働き強制シャットダウンされるのだが、催眠状態である今のナルには自分を守る為のリミッターが効かない。ナルは生命活動に必要な魔力までも振り絞って魔法威力を高めているのだ。

「アハハハ! スゴイ! スゴイゾ! ミンナ キエチャエ!」

 ナルの目から落ちる雫が足元の血溜まりへと滲んで消えた。
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