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87・工兵の矜持

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 ~騒ぎがまだ大きくなる少し前~


ーートントン ギィッ

「ーー飯の最中か? 悪いが入るぞ」

 ノックが鳴ると同時に扉が開くーーどうやらノックのぬしは室内に居る相手の返事など求めてはいないようだ。
 集落にある民家の一室、そこで四人の工兵達が具の少ないスープを啜りながら無遠慮な訪問者に目線だけを向ける。
 
「あぁ? あの倉庫での絶叫や大きな騒音は今に始まった事じゃない。いつもよりちょっと激しいくらいであんな場所にわざわざ行きたくないね!」

 一人の工兵が硬い黒パンをちぎりながら不機嫌そうに言う。その横柄な態度からは傭兵であるネビロスへの蔑みと自分達が手掛けた壁への絶対な自信が見て取れた。

 正門からは激しい攻撃音が鳴ってはいるが破られてはいないーーいや、破られる筈が無い! そして、破られてないのならば……集落の中に敵は居ないのだ。

 彼らは、まさか敵が既に侵入しているなどとは少しも考えてはいなかったのである。

 それにだーーネビロスが作った不気味な何か人形が暴れ喚くのは一度や二度では無い。当然、今回の倉庫での騒ぎもまた、ネビロスの人形が騒いでるのだろうと工兵達は考えていたのだ。

「ーー分かるさ、だが隊長からの命令でな。西の壁が崩落したーーなんて話もあってな、俺もこれから其方を見に行かなきゃならないんだ……人手不足なんだよ、悪いが頼むぞ」

 ネルビスからの命令を四人に告げに来た工兵はそう言うとさっさと行ってしまったーーきっと西の壁を見に行ったのだろう。

「俺たちゃ非番だっつーの!」
「どうせ大した事じゃない、隊長は真面目過ぎるよな?」

 しかし、命令と言われれば仕方無いーー軍属である俺達には上官の命令は絶対だ、勝手な事ばかりする傭兵風情とは違う。
 
 溜息を吐きながら残りのスープを飲み干すと工兵達は渋々立ち上がる。
 ブーツの靴紐をゆっくり時間を掛けて結ぶーーが、いくら時間を掛けても命令が覆る訳では無い。

「あの人形野郎ーーマジ迷惑だぜ」
「でも、今の奴の格好見たか? 中々可愛らしいよな?」
「曹長! ロリコン野郎発見でありますっ!」
「ーーいいから準備しろ。さっさと終わらせてさっきのカードの続きでもしようぜ」




 倉庫で暴れる不審者の対処を命じられた俺達は、向かう途中、必死の形相で走るネビロスに出会う。

「あっ、お前達! 丁度良かった、僕達が魔法を使う時間を稼いでよ!」
「アイツヲ! トメロ! ジカンヲカセゲ!」

 正直ムッとしたーーが、ネビロスの背後で崩れた倉庫の壁の隙間をガラガラと素手で広げ出てきた大男を見てそれどころでは無いと判断する。

「おいおい、何だアレはーーまた変な人形作りやがって!」

「違うよ! あんな不恰好な人形、この僕が作る訳無いじゃん!」
「ソウダ! バカカ! シンニュウシャダ!」

「~~ッこの野郎!!」
「ーー構うな! 直ぐに土壁アースウォールを展開! ーーおい、傭兵野郎、時間は稼いでやるからささっと仕事しろッ!」

「五月蝿いなっ! 雷魔法は準備に時間が掛かるんだよ!」
「オマエハ! ダマッテ! カベツクレ!」

 そう言って逃げてゆくネビロスの背中を軽蔑の目で睨み付けながら、倉庫から出てきた男に向かって魔法を放つ。

土壁アースウォール

 すぐに男の行く手を遮る様に地面より土壁が迫り上がる。残りの三面を塞いでやればーーそこはもう土壁で出来た簡易な牢獄となる。

「ーー邪魔だ、オラァ!!」

ーードッ! ザザァーー

 しかし、何故か男の掛け声と共に土壁はその形を崩してしまった。

「……はっ? いくらあいつネビロスが嫌いだからってお前ーー手を抜き過ぎだろっ!」
「手なんて抜いてねーし!」
「はっはっ、飯の途中だったから魔力が乗らねぇんだよな?」
「お前達っ、ふざけるな! 任務はしっかりこなせ! 土壁アースウォール!」

 そんなお気楽な工兵達の態度は二度目の土壁アースウォールが男の掌底一撃で破壊された所を目の当たりにした事でガラリと変わる。

「一撃で曹長の土壁アースウォールを……」
「ば、化け物だ……」
「ひ、怯むな! 我ら第六工兵部隊の意地を見せてやれっ!」
「作れ! 作れ! 作れ! もっと、もっとだ!」

 我ら第六工兵部隊が作る土壁アースウォールを一撃で突破する男に戦慄を覚える。
 強化魔法を付与して無いとはいえ、そう簡単に突破出来る強度では無い筈なのに……。

「ーーだが、壁一枚で駄目なら二枚、三枚! 何重にも設置すれば問題無い! 我ら工兵の生成速度を甘くみるなよ!」

 しかし、何度作っても一瞬で崩される土壁は男の歩みを若干遅らせてるに過ぎない。
 作れど作れど壊される土壁、余りの脆さに自分達が生成しているのが一体何なのか分からなくなってくる。

「ーー何だってんだ? 俺が……俺達が作ってるのは豆腐か何かなのか……」
「違う! 断じて違うぞ! 心で負けるなーー我らが造るは堅牢な土壁! あらゆる攻撃を凌ぐ鉄壁の土壁だ!」

 作る先から壊される土壁、無限に繰り返される作業感、詠唱する喉も掠れ、もう土壁を作る意味を見出せなくなってきたその時ーー遂に根を上げたのか男が近くの民家へ飛び込んだ!

「に、逃げたぞッ」
「見ろっ! 奴も限界だったんだ!」
「よし、あの建物の入り口を塞いでしまえ!」

 一気に萎えた気持ちが昂るのを感じるーーやはり我らの作る土壁に意味はあったのだ!
 最早、ネルビスの為に時間を稼ぐとかどうでも良かった。これは防壁を作る事に特化した部隊の、我ら第六工兵部隊の誇りを掛けた戦いだ!

 家の扉は直ぐに四重の土壁で塞がれる、次は裏口だ……と指示を出そうとしたその時。

ーードゴーンッ!! バゴーンッ!!

「な、何!?」

 厳重に塞いだ正面の扉でもなく、裏口でも無い! 民家の壁を突き抜けて男が飛び出してきた! と思ったら、男は直ぐ隣の民家の壁を破って家へと入ってゆく。

「あ、あっちの家だ! 塞げ! 塞げ!」

ーードゴーーンッ!! ドゴーンッ!

「待て、こっちだ! こっちを塞げ!!」
「居ない! この家じゃないぞ?」

 信じられない事に、男は民家の壁を破りながら進んでゆく! 厄介なのは、家の中の男が何処から出てくるのかが分からない事だ。
 あっちの家かと思えばこっちの裏口から向こうの家へと走り、かと思えば突然壁を破って次の家に進んでしまう。

「ーー破茶滅茶だっ!?」
「俺は、も、もう無理だ……限界だ……」
「あれは……いくら何でもーー出鱈目過ぎるだろう」
「こ、こんなの対処のしようが無いじゃないか……」

 魔力も気力も尽き果て、その場に膝を着く様に崩れ落ちるーー工兵四人の心は完全に折れた。
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