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69・再会
しおりを挟むーー身体が重い…頭も痛い。服の中にびっちりと入り込んだ土が気持ち悪い…。
指先一つ動かせないこの状態で咄嗟に口元にエアポケットを作れた事だけがバクスの幸運だった。
しかし、全身にのしかかる土の重量は肺を満足に膨らます事すら許さない、そして何時間もの間身動きが出来ない状態は拷問に近い苦痛を伴った。意思が闇に落ちてから一体どれ程の時間が経ったのだろう?
「…………ううっ…眩しいーー」
「ーーふん、やっと起きたか」
「……はぇっ!? ギュ、ギュスタン様!?」
そんなバクスが気が付いて最初に見たのが至近距離でこちらを覗き込むギュスタンの顔だった。
目が覚めたら畏敬する貴族様が間近で自分を見ている状況ーーバクスにとって混乱の極みだ。
「クックック、助けた俺を無視するとはな」
「えぇ!? あ、す、すいませんっマルベルド様?? 助けて頂きありがとうございますっ! この御恩は後程必ずーーえぇと、サイラス坊ちゃんは?」
バクスは長時間に渡る土の拘束で固まった身体を摩りながら助けを求める様に辺りを見回す。
「サイラスなら下の川辺に居るぜ? なぁ、一体何があったんだ?」
「お前はジョルク? 何でギュスタン様と一緒に??」
自分の尾行対象と雇い主が一緒に居る事に益々混乱するバクスを落ち着かせながら、俺たちはヘルム達と合流する為に川辺へと降っていった。
◇
「サイラス坊ちゃんっ!!」
「バ、バクス!! お前生きてたのか! 心配したぞ!!」
「ーーえぇ! 穴が埋まった時は死ぬかと思いましたよ! でもギュスタン様に助けて頂きましたよ!」
まだ身体が思う様に動かないバクスを背負ながら降りて来た俺は、一先ずサイラスの所へバクスを連れて行った。
再会を喜ぶバクスとサイラス、あと知らない女の子。まるで生き別れた家族にでも会えた様な感動の場面に苦笑する。
(ーー随分と大袈裟だな…)
日本人は感情を表に出す事が苦手な人種らしい。確かに洋画なんか見ているとオーバーアクション気味な表現に違和感を感じる事もあるしな。 だからと言ってそれが嫌な訳じゃない、素直に感情を表す彼等に俺は好感を持っていたし、羨ましくもあった。
(…折角人生やり直せる機会なんだ、俺ももっと感情豊かな人間を目指そうかな)
思えば俺が愛読していた漫画の主人公達は皆、自分の感情をダイレクトに表現していた気がする。俺も「もっとオラに力をっ!!」とか言ってみたいーー幸いこの世界には以前の俺を知ってる者は居ない。ーーキャラ変するなら今なのでは?
「HA HA HA やぁお疲れヘルム! 凄いね此処…俺の知らない間に天変地異でもあったのかい?」
し、失敗だ……精一杯の陽キャをイメージしたら海外ドラマに出てくる様な胡散臭いキャラになっちまった……。
やはり慣れない事はするもんじゃ無い、そもそも30越えたオッさんが今更人格変更だなんて、自己啓発セミナーにでも通わなきゃ無理だわ。
「ーーやっと来ましたか! ジョルクは何処です?」
「えっ? あぁ、ヨイチョの所に行ったぞ。ーーえっと、燻製なら……もう無いぞ…」
上から見ても酷かったが実際にこの場に来るともっと現状は酷かった。あちこちの地面からは鋭い土槍が飛び出し、地面は抉れている。
ここに来る間に通った焚き火跡には大量の血痕や焼け焦げた跡、空の軽鎧などがあり激しい戦闘があった事は一目で分かった。
ーーそれでも俺はまだ、この時点で既に死人が出ている大変な状況だとは理解していなかったんだ。
「そんな事はどうでも良いです! ナルが居なくなりました、すぐにジョルクに索敵させて下さい!」
「ーーえ、ナルが? 成る程…それでヨイチョが慌ててたのか…」
どこかのんびりと構える俺の腕を乱暴に掴みながらヘルムが口調を荒くする。
「ナルは恐らく襲撃者に連れ去られました、一刻を争いますよ!」
「ーーえっ何、襲撃者? 襲撃者っ!?」
キャラ変どころの話じゃなかった…。
◇
ギュスタンが指輪に魔力を込める、キーンと高い音が鳴り出したかと思うとバシュッっと指輪から空に向かって何か光の塊が飛んで行った。
「ふんっ、これですぐに正騎士が来てくれる筈だ」
「良かったんですか? バクスの指輪ではなく貴方の指輪を使ってしまって……」
「構わん、サイラスが腕輪を外した時点でリタイア確定だ。それにあの状態では、な…」
ユニスに事の詳細を聞いた後、仲間が三人も殺されていた事を知ったバクスの落ち込みは酷かった。アルバが集めてきた彼等の鎧を前に項垂れ涙を流している。とても声を掛けれる雰囲気ではなかった…。
一方でヨイチョの動揺も激しい。何せあんなに残酷な事を平気でやる奴にナルを攫われたかもしれないのだ、居ても立っても居られないだろう。
「ふんっ、しかし何故その女が攫われたと思うのだ、誰も見てはおらんのだろう? 怖くなって逃げた可能性だってあるではないか」
「…っ!? ナルが一人で逃げちゃう事なんて無い! そりゃぁ偶に迷子になっちゃう事はあるけど…僕に何も言わないで居なくなるなんて事は絶対に無いんだ!」
確かに怖がりのナルは幼馴染のヨイチョの側に居る事が多い。一人で行動するのは……トイレの時くらいか? 後は誰かしらの背後に隠れひっそりと居る感じで一人で遠くに行く様な事は俺がナルと出会ってからは皆無だ。
「ーーまぁ根拠としては弱いですが……襲撃者の死体が無くなっていました…」
「なぁ、じゃあアレは? あの串刺しになってるやつ…襲撃者じゃないのか? なぁ」
ジョルクはズタボロになった人らしき物を指差して言った。 ーーあれは本当に人なのか? 足や腕が無くてまるで人形みたいにも見えるけど……。
「ーー襲撃者は二人居たんですよ…」
「すまない、俺達がちゃんと確認すべきだった」
アルバとミードが遺品の回収を…と、現場に戻った時には既に襲撃者の姿は無く、ナルが居なくなったのも同時期だという。
「二人か…襲撃者ってのは勿論、俺達みたいな見習い団員じゃ無いんだよな?」
襲撃者と戦闘した者が一同に首を振る。ならば考え得られるのは山賊か? 以前カイルが山賊討伐の話をしてくれたっけ。いずれにせよ、今は正騎士の到着を待つしか無いか…。
現時点で有効な手立てが見つからず、正騎士を待つだけという半ば諦めに近い空気の中、ヨイチョが声を上げた。
「ーー助けなんて待ってられない! 僕がナルを助けに行く!」
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