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66・磁力【マグネティズム】

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「…こ、これは…い、一体どう言う事…なのだ?」

 棘付き鎧がゴテゴテに張り付き、行き過ぎた前衛アートみたいなオブジェを目の前にしたアルバは困惑に首を捻る。

 それはそうだろう、男が最後に放った渾身の魔法、それにより全ての鎧が一斉に襲い掛かったのはーー術者である男だったのだから。

 雷鳴が響いた瞬間、宙に浮く全ての鎧がビタッとその動きを止めたかと思うと、物凄い勢いで吸い込まれる様に一斉に男に向かって行ったのだ。
 そして出来上がったのが、あのオブジェである。

「やっぱり…磁力マグニティズム魔法士ウィザードだったんだ…」

 丘からナルを連れて降りて来たヨイチョは無残な姿の男を見ながら呟いた。

「おぉ平民、無事だったのか!」

 ミード貴族が平民の、しかも彼の忠告を無視して怪我を負い、戦闘にも碌に参加出来なかった自分の無事を喜んだ事にヨイチョは少し驚いた。

(ーー絶対、何か文句言われるかと思ったのに…)

 そもそも「貴族主義者」が平民に話しかけるのもヨイチョの想像と異なる。

 ギュスタン分隊は「貴族主義」を公言している為、平民出身の見習い団員達の多くはトラブルに巻き込まれ無い様敢えて彼等との距離を取っていた。しかし、平民であるバクスを必死に探すサイラスの姿、尊大な言い方は兎も角ーー自分達にも平然と話し掛けるミードやアルバを見て自分が偏見を持って彼等を見ていたんじゃないかとヨイチョは自分を恥じた。

「お、おい、お前、どういう事なんだ?あいつはやっぱり死霊魔法士ネクロマンサーじゃ無かったって事か?」

「それは…上から見てて分かったんだ、動いていた鎧は全部部位だった。それにあの黒い棘…あれは砂鉄だったよ」

 磁力マグニティズム魔法士ウィザードはその名の通り「磁力」を操る。男は磁力を使って軽鎧の鉄部分を強力な磁石に変えていた、だから同じ鉄部分に引っ付いて離れなかった。
 砂鉄で出来た黒い棘は磁力によって形を形成されていた、その磁力が地面にある他の砂鉄を徐々に引き寄せていた為、まるで成長してるかの様に見えたのだ。

「な、成る程ーーだ、だが俺の炎が効いたのは何故だ?」
「あはは、磁石って高温になると一時的に磁力が無くなるんだよ。あれを見たから磁力を使ってるって確信出来たんだ!」

 磁力魔法は攻撃魔法では無く分類としては生活魔法に入る、砂鉄から鉄を作る製鉄所などで働く者達が主に学ぶ魔法だ。生活魔法特化のヨイチョは学園で講義を受けていた為磁力の特性を良く理解していた。

「じ、磁力か…全然分からなかっーーい、いやっ、俺もあいつが死霊魔法士ネクロマンサーじゃ無いのは分かっていたけどな?」
「…電撃と磁石かーー成る程、良く思い付いたものだ」

 磁石は高温で磁力が弱まる、では逆に強めるには?

ーーそう、電気だ。

 男が魔力全開で磁力を高めた所に、ナルが電撃を与える事で更にその磁力を高めたのだ。
 
 結果、引かれ合うのはより強力な磁力を持つ物同士。己れの磁力が高まり強力な電磁石になってしまった男に磁力強化された軽鎧が向かったのは至極当然の結果である。
 ヨイチョは男が操るその磁力を逆手に取ったのだ。

「あはは、僕は指示しただけで雷魔法をピンポイントで当てたのはナルのお手柄だけどね」
「ーーえ、えへへ」

「ふ、ふ~ん、そうなのか。お前達、平民の癖に中々頭が回るじゃないか、まぁうちのサイラス程じゃないがな……そ、そうだっ、サイラス!」
「ヤバい!急げっアルバ!」

 先程の戦闘中に男が言っていた不穏な言葉を思い出す。

『お前さん方のお仲間はやられたみたいだぜ?』

 アルバとミードは自身の手当てそこそこに川辺へと駆け出した。

「そ、そうだ!僕達もヘルムを助けに行かないと!」
「う、うんっ!」

 ヨイチョ達も瓦礫に埋もれたであろうヘルム達を助けに川沿いへ向かうのだった。

(えへへ、良かった…ちゃんと皆んなの役に立てたんだもん!)

 褒められて喜ぶナルは与えられた仕事をやり切った高揚感と襲撃者の恐怖から逃れられた安堵感で少し気が緩んでしまっていた。

 でなければ、きっとあんな事にはならなかった筈なのだから…。




ーーガラッガタンッ 

(……善人気取りの…にいちゃんにやられたか…)

 場に人気ひとけの無くなったのを確認した男はヨロヨロと軽鎧の山から這い出した。

 まだ見習いであるヨイチョ達は経験が無い故に一つ重大なミスを犯してしまった。

ーーそう、戦場において、相手の生死を確認しないのは致命的だ。

 やられた振りをした相手に後ろから撃たれる何て事が無い様に、最も警戒しなくてはならない事だからだ。
 
 男は電撃によって自分の磁力が増したのを感じた瞬間、地面から大量の砂鉄を召喚し身に纏った。更に自身の磁力を反転し、飛んで来る鎧の威力を磁力の反発で最小限まで抑え込む事に成功した。

 咄嗟にここまでの魔法制御が出来る者はそう居ない、大体の者は気が動転してしまうからだ。
 対処が出来ると言う事は事前に想定していたか、もしくは過去に同じ経験をしていながら生き残った歴戦の戦人ソルジャーだ。

 それでも何本かの棘は刺さったし、電撃のダメージは喰らってしまった。控えめに言ってボロボロだ、これ以上の戦闘は男に取って無意味だった。

「生きてる限りじゃねぇ、だが今回は引いとくか。あ~ネルビス隊長殿にどやされるなこりゃ」

(だが、いくつか気になる情報も手に入れたしな。ーーしかし「貴族」ねぇ、ちーっと嫌な予感がするなぁ)

「全く、なかなか死なねぇもんだーーな?お互いによぉ」

 男が目を細め眺める先には、川辺で可愛らしい人形を拾うナルの姿があった。
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