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53・死屍累々
しおりを挟む「な、なんだ…これはッ!?」
ーーその光景を一言でいうならば『地獄』。
まだ誰も見た事の無い場所ではあるが、見る者10人中10人が異論を唱える事は無いだろう。
隆起した地面、あちこちに飛び散る肉片、潰れ裂けた肉の残骸、重なる死体…。
サイラスはムワッと体に纏わりつく夥しい血の臭いに喉まで込み上げる胃の中身を必死に飲み込む。
「う、ウゲェーー」
堪え切れず嘔吐するアルバを他所に、サイラスは辺りの肉片を片っ端からひっくり返し始めた。
「ーーバクス…バクスはどこだッ!!」
「お、おいーー」
一心不乱に死体を漁るサイラスとそれを止めるミード、あまりの光景に放心しているナルとそれを庇う様に抱きしめるヨイチョ、今この場で唯一正気を保っているのはヘルム一人だった。
「猛獣?…いや、これは土魔法を使った跡ですか…」
先端こそ折れ朽ちているが、地面から飛び出した槍状の起伏は範囲魔法土槍の跡に違い無い。
魔法が発動したのは焚き火の中心ーー間違いなく人が集まった所を狙って放たれた殺意のある攻撃である。また、潰れた肉片から攻撃はその一度では無く、別系統の魔法攻撃も使われた事が分かる。
そして何より意図的に積まれた死体が獣の仕業を否定する。
(獣なら先ず内臓を食い荒らすと聞いた事がありますし…どう見ても人の仕業。ーー山賊?)
「ヒイッ!だ、誰かいるぞ!?」
胸の悪さに川沿いまで逃げたアルバの叫び声が響く。
急いで駆けつけると顎を砕かれ、左足に黒い棘が刺さっている女性が草場の陰で震えていた。顔の形こそ変わってしまってはいるが、サイラスにはこの女性に見覚えがあった。
「おいお前、確かバクスの分隊に居たな?何があった?バクスは何処だ?」
血が流れ過ぎたせいか、それとも凄惨な出来事にショックを受けたせいか女性の焦点は定まらずガクガク震えるだけでサイラスの呼び掛けには反応しない。
「おいっフリード、ーー貴様、回復魔法士ならばさっさと自分の仕事をするがいい…チッ、見てられんっ!」
「……傷を見ます、触りますよ?」
ヘルムは女性の元へしゃがみ込むと素早く傷の程度を確認してゆく。
不自然に腫れた顎、この様子では歯の何本かは折れているに違い無い。それと中指程もある黒い棘が左の脹脛を貫通し、傷口には氷が張り付いている。
恐らくこの氷は自ら止血の為にやったものだろうが、長い間冷やした為に凍傷になっている…このまま時間が経てば壊死する可能性がある。命に別状は無いが重傷であるのは間違い無い、早急に治療が必要だ。
(まずは何があったのか話が聞きたいですね…)
ざっくり診断を終えたヘルムは、まず砕けた顎の修復に掛かる。これではとても話す事が出来ないからだ。だが、ヘルムが治す事が出来るのは身体であって精神は専門外。
(顎を修復したとしても、この様子では話を聞くのは無理かもしれませんね…全く最悪だ)
「誰か指輪を…正騎士を早く呼んで下さい!」
ここまでの事態だ、最早訓練をリタイアとか言ってる段階では無い。すぐに正騎士を呼ぶ様に伝えるが…。
「指輪はギュスタンが持ってるのだ、貴様の指輪で呼べばよいではないか…」
「ーーこっちの指輪はジョルクが持ってます、参りましたね….」
互いの分隊長を連れて来なかったと言うミス。しかし、誰がここまでの事態を想定出来たであろうか、直接バクスから救難通信を受け取ったサイラスですら予想出来無かったのだ。しかし、それだけにサイラスの自責の念は重い。
「チッ、ジョルクだと? 何故貴族のお前が分隊長を務めんのだ! 平民などにーー」
「サイラス…落ち着けっ!」
「……ぁ…ぁっ」
その時、遠くで聞こえた小さな声をサイラスは聞き逃さなかった。声は焚き火跡のすぐ横に積み上げられた死体の中からだ!
サイラスはすぐに駆け寄ると、血に染まる手を気にせず必死に一箇所に纏められた歪な肉の積み木を崩し始めた。
すると直ぐに中からグッタリとした男が出てきた。血だらけのその顔は最早誰かも判別出来ないが…まだ息がある!
「生きてる! は、早く治せ!治してやってくれ…頼む!」
少し離れた川沿いにまで聞こえる程の大声でヘルムに治療を頼むサイラス。平民や他の貴族がいる中で決闘相手に助けを懇願するなど、平時ではサイラスのプライドが許さなかったであろう。
「心配せずとも治しますとも。それが私の、回復魔法士の仕事ですからね…」
そんなサイラスの必死な声に、ヘルムは女性の治療の手を止めずに呟いた。そしてまだ時が止まったまま立ち尽くす二人に向かって声を荒らげる。
「ヨイチョ!いつまでそこで突っ立っているのですかっ! そっちの人の傷口が分かる様に血を洗い流しておいて下さい。ーーそしてナルっ!」
「あ、ひゃいっ!?」
急に名前を呼ばれて飛び上がるナルに、ヘルムは人気の無い所へ雷を落とす様手早く支持を出す。落雷の音はきっとジョルク達に異常を知らせてくれる事だろう。
(正直、二人を治療するのは魔力的にキツいですね…)
軽傷者なら兎も角、恐らくどちらも重傷。怪我の程度によってはどちらかを見捨てる事も考え無くてはならない。そして、その判断は此処に居る唯一の回復魔法士であるヘルムがしなくてはならない。
(ーーあぁ本当に…最悪っ、最悪っ、最悪だっ!)
ここ最近ずっと鳴りを潜めていたネガティブな感情が、ここに来てジワジワと心を侵食してゆく。
不快さと不安さと命を選別する事への重圧に、噛み締めた唇から血が滲むのも気づかないヘルムの顔色はどちらが治療を受けている側なのか判別できぬ程に悪くなっていった。
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