上 下
51 / 276

51・バクスの災難

しおりを挟む


 ーー父の仕事の関係でノルジット家に出入りし始めたのはいつ頃からだっただろうか…。

 あの頃、長男であるバクスは父に同行し商人のイロハを教わっていた。バクスの父がひょんな事からノルジット男爵との縁が繋がり、『ノルジット家御用達』の商人として屋敷の出入りを許される様になったのは最近の事だ。
 御用達とは階級の高い貴族の屋敷に出入りが許された特別な商人達の事である。御用達商人は商人の中では格が高く、商人として目指すゴールの一つとされている。

「いいかバクス、苦労して取り入ったこの『ノルジット家御用達』という立場は俺の代で終わらせるつもりは毛頭無い。お前も今からよ~く顔を売っておくんだぞ?」
「男爵様に?でも父さん、男爵様とお話する時はいつも外で待ってろって…」

 バクスの父がノルジット家で商談をする時、バクスは決まって部屋の外で待たされる。流石に大事な男爵様との商談に子供を同席させる訳にはいかない。

 では何故バクスの父は商談にも同席出来ないバクスをわざわざ連れてノルジット家に来るのか?

「あっ、来たのかバクスっ!今日は何を持ってきたんだ?」

 後から唐突に甲高い声を掛けて来たのはノルジット家の三男サイラスだ。茶色の巻き毛と幼い面立ち、小柄な所為か女の子に見間違えられる事も少なく無い。実際バクスも最初の頃、女の子向けのお人形をお土産として献上し癇癪を起こされた経験がある。

「おぉサイラス坊ちゃん!お邪魔しております。今日の御召し物もお似合いですな!今日もバクスと遊んでくれるのでございますか?」
「あぁ、いいぞ!今日はバクスに見せたい物があるんだ!」

 サイラスはバクスの二つ下で歳も近いせいかよく懐いてくれている。屋敷に来た時は必ず顔を出せと言われている程だ。燥はしゃぐサイラスの様子を見ながらバクスの父はバクスの肩に手を置いて耳打ちする。

「バクス、お前が顔を売らなきゃいけない相手はだ。」
「未来の……男爵様…」

 そう、バクスの父は自分の子をノルジット家の子供達と幼い頃から引き会わせる事で将来的な商会の立場を磐石とする事を企んでいた。

 これは別に特別な事では無い、貴族には二代三代にわたり繋がりのあるお抱え商人が居るのは普通である。

 大っぴらには言えないが…そこそこの貴族であれば皆、少なからず裏の顔が有り裏の取引があるものだ。それは賄賂であったり、通常では手に入らないご法度の物の調達や禁止奴隷の売買などとても公おおやけには出来ない様な事もある。
 その際にアッチコッチと商人を変えてしまうと秘密が漏れる事もあるだろうし、内容によっては商人に弱味を握られて立場が逆転してしまう可能性だってあるのだ。
 その様な事が無い様に、長い年月を掛けて貴族と商人は密接した信頼関係を築いていくのだ。

「本当は長男のヨアヒム様が良いんだが……まぁ、サイラス坊ちゃんと仲良くしていれば、面倒見が良い男だと印象が良くなるかもしれんしな?しっかりやれよ!」

 長男のヨアヒム様は既に18歳、10歳だった私が相手するには少し無理がある。次男のユージン様は王都の魔法学校におられる為、滅多にお会いする事は無い。そうなると必然的にサイラス坊ちゃんと親交を育む事になる。

「バクス!今日は俺の馬を見せてやる!すっごいデカいんだぞ?」

 踊る様な軽やかなステップを踏みながら進むサイラスは上機嫌だ。

「あぁ、あの栗毛のドール種ですね!父も手に入れるのに苦労したようですが喜んで貰えて幸いです」

 先程まで上機嫌だったサイラスは急にはたと止まると不機嫌そうに振り返り、バクスをキッと睨み付ける。そして右手に持っていた馬の調教用鞭を床に叩き付けた。

「何だ、せっかく驚かせようと思ったのに!」
「そ、それは…すみません!で、ですが、うちの商会から買われたのですから私が知っていても…」

 それはそうだ、その馬を納入した時にはバクスも居たし、なんなら道中その馬の世話をしていたのもバクスなのだから。

「五月蝿いっ!そうだバクスお前、記憶を消せ!」
「えっ?ーーいや、それは…」

 無茶苦茶な提案に一瞬目の前が遠くなるが、目尻に涙を溜めながら喚くサイラスを見ては蔑ろにはできない。

(あぁ、また余計な事を言ってしまった…)

 バクスには相手の心情を考えずに余計な一言を言ってしまう悪い癖があった。「商人としては致命的だ」と父からも再三直す様言われてはいるのだが、不思議と悪癖ほど中々直るものでは無い。

「お前が馬の事を忘れれば驚かせる事が出来るだろう?さぁ、消せ!今すぐ消せ!」



 ‥…あの後、記憶を無くしたふりをした私がサイラス坊ちゃんの馬を見ながら、またうっかり「もっと大きな馬もいますけどね」などと口走った為にえらい事になったんだっけ。

 「誕生日までにその馬を見つけてこい!」と…。

 父は馬を探すのに随分苦労した様だが、それに見入るだけの大金を男爵様からせしめる事ができ、「良くやった、流石俺の息子だ!」と褒めてくれた。だが、それが私が商人としての最初で最後の成功だった。

 私の商才の無さを早々に見抜いた父は商会を引き継ぐのは長男の私では無く弟に託した。正直、つい余計な事を話してしまう自分の性格では海千山千の商人世界ではやっていけないだろうし、弟には確かに商人としての才能があった。
 悔しい気持ちもあったが、少しホッとしたのも事実だ。

 その後、暫く家業を手伝っていたバクスが運良く騎士団に入団。新たな人生の幕開けに希望を抱いていたが、なんとここでサイラスと再会してしまう。ここからがバクスの災難の始まりだった。

 以前の様に様々な我儘をぶつけてくるサイラス、しかしここでサイラスを無下に扱うとノルジット家御用達として頑張っている父や弟に迷惑が掛かってしまう。

 ーーこうしてバクスは騎士団に居ながらサイラスの御用聞き商人みたいな立場になってしまったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...